人間の関与なし、AIのみで真贋鑑定された水彩画が予想の2倍で落札。「精度は極めて高い」
アート制作や美術品の修復、古文書の解読など、AIの応用範囲は急速に広がっている。そんな中、スイスで行われたオークションで、史上初めてAIのみが鑑定した作品が落札された。この試みを行った関係者への取材をまとめた。
11月23日、スイス・チューリッヒのゲルマン・オークションハウス(Germann Auctionhouse)で、AIのみが鑑定した作品が競売にかけられた。同社は、やはりスイスを拠点とし、AI鑑定サービスを提供するアート・レコグニション社と提携し、ロシア人アーティスト、マリアンネ・フォン・ヴェレフキンによる水彩画の来歴確認を実施。最高予想額9000ドル(約135万円)の2倍近い1万7000ドル弱(255万円)で落札された。
アート・レコグニションはこのオークションで、ルイーズ・ブルジョワによる1945年の無題のデッサンと、ミンモ・パラディーノのミクストメディア作品の真贋判定にも関わっている。ただしこの2作品については鑑定家による通常の確認も行われ、ブルジョワの作品は3万1500ドル(約473万円)、パラディーノは2万1500ドル(約323万円)で落札されている。
ゲルマン・オークションハウスのファビオ・シドラーは、US版ARTnewsの取材にこう答えた。
「アート・レコグニションのアルゴリズムの有効性と正確さが、提携を決めた理由です。我われが提携したことで、他のアートディーラーにもAI鑑定を取り入れる動きが広がるかもしれません。そう思える理由はたくさんあります」
また、ブルジョワとパラディーノの作品に対してアート・レコグニションが発行した鑑定書により、「真正性の裏付けがさらに確固としたものになります」と付け加えた。
アート・レコグニションのCEOで共同設立者のカリーナ・ポポヴィッチは、同社が使用しているのは「独立型のAI」だとUS版ARTnewsに説明。つまり、データセットの選択と組み合わせは人間によるものだが、「真正性の評価に人間の判断は一切関与していない」という。
同社が提供するのは2タイプのAI鑑定で、高額のものでは真贋鑑定の精度がパーセンテージで提示され、アルゴリズムのトレーニングデータ、パフォーマンス指標、筆跡マップに関するデータなどの詳細なレポートが付与される。一方、安価なタイプでは作品の真贋のみを判定する。鑑定の精度が95パーセントを超えるときは、専門家に意見を聞く必要はないだろうとポポヴィチは言った。しかし、80パーセントを下回る場合は、顔料等の材料分析や専門家の評価も加えるよう勧めることが多いという。
アート・レコグニションの作品鑑定にかかる費用は、1点あたり2200ドル(約33万円)前後だ。ポポヴィッチによると、コレクターが10点、20点と持ち込む場合は割引が適用される。ゲルマン・オークションハウスに対しては、パイロット版として無償でサービスを提供しているため、鑑定結果の精度がどれくらいかのパーセンテージは提示していない。この点についてポポヴィチは、今回落札された3点の鑑定の精度は、全て「非常に高い」と明言した。
US版ARTnewsでは、夏にもポポヴィチに取材をしている。そのとき彼女は、美術品鑑定は「AIだけに頼るべきではなく、美術品の鑑定の未来はAIと専門家の協力にあると考える」とし、詳しい説明を求めると「判定が難しいのは、たとえば5種類のカタログ・レゾネ(アーティストの総作品目録)が存在するアメデオ・モディリアーニのような場合」だと答えた。アート・レコグニションが美術品鑑定に用いるデータセットでは、アート市場で認められているカタログ・レゾネを各作家1点に絞って採用しているという。
ポポヴィッチはさらに、ゲルマン・オークションハウスがAI鑑定を信用したことで、アート市場に変化がもたらされるかもしれないと話す。
「以前は、美術品の売買前に来歴を証明できるのは人間の鑑定家だけでした。今後は、AIが市場での取引に大きなインパクトをもたらす可能性があると期待しています」
フォン・ヴェレフキンの無題の水彩画を落札した人物は、匿名を条件にUS版ARTnewsのメール取材に応じ、フォン・ヴェレフキンの典型とは言えないこの作品を、AIが本物と認識したことに感心したと述懐。さらにこう続けた。
「疑いを持つのもいいことですが、開かれた精神で、新しい手法に興味を持つのもいいことです。私の理解では、AIは他の業界でも、特にパターン認識のタスクで活用されています。ですから、美術品におけるパターン認識のタスクでAIを活用できない理由はありません。結局のところ、芸術作品の鑑定にAIを用いることの是非は、誰かが個人的にどう思うかではなく、『しかるべきコミュニティ』に受け入れられるかどうかでしょう」
ゲルマン・オークションのシドラーは、作品の鑑定にAIのみを使用することについて「批判的な意見」があったとしても驚かないと語る。
「それでも、アート・レコグニションの画期的なメソッドを私たちが採用したというニュースは、大枠ではポジティブに受け止められると考えています」
確かに、美術品をAIだけで鑑定することに懸念を示す美術史家もいる。イギリスを代表する美術史家で、失われていたオールドマスターの絵画を複数発見したベンダー・グロブナーもその1人だ。彼はこう指摘する。
「AIは、どのアーティストが何を、いつ描いたのかを認識する上でますます重要な役割を果たすようになるでしょうが……AIによる鑑定についてこれまでの実績を見ると、控え目に言ってもまだ不安定です。おそらく、それと同じくらい重要なのは、市場はまだコンピュータの出す結果を受け入れるようになっているとは言えず、学術研究や人間の目、技術的分析による判断を好むという事実です」(翻訳:清水玲奈)
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