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AIでアート業界の権力構造を変革? アート資産を「客観的かつ透明性をもって」査定するサービスが台頭

「AIとアート」と言われてすぐ思いつくのは、猛スピードで進化を続ける画像生成AIかもしれない。しかし最近は、アートコレクションの資産価値の査定や管理にもAIを利用したサービスが生まれている。US版ARTnewsでは、最新デジタル特集号「AIとアートの世界」のために、AIを用いたアート査定サービスを提供する複数の新興企業を取材した。

ドイツのマイセン大聖堂で中世のステンドグラスを検分する修復家。Photo: Sebastian Kahnert/picture alliance via Getty Images

不透明なアート作品の査定にAIを活用

これまで長い間、アート市場は口コミや評判、専門知識、そして「文脈」に左右されるアナログな世界だったと言える。その伝統的な業界構造は、一部の有力者たちが情報を独占することを許してきた。だが近年、NFTプラットフォーム、オークションのライブ配信、オンライン販売、資産の分有化など、新しいテクノロジーを使った取引が台頭し、かつての権力構造を覆しつつある。

その流れをさらに加速させそうなのがAI技術だ。最近登場したいくつかの新興企業は、過去の販売データや市場動向をAIで分析し、これまでより迅速かつ正確にアート作品の査定ができるよう専門家を補佐するサービスを打ち出している。

美術品鑑定の専門家であるキャロライン・テイラーは、オークションハウスやアートディーラーといった当事者が作品の査定に関与し、その資産価値を守ろうとするのを目の当たりにしてきた。メトロポリタン美術館や大手オークションハウス・フィリップスでのインターンシップからキャリアをスタートさせた彼女は、ドイツ銀行でキュレーターとして勤務した後に独立し、アートアドバイザーになった経歴を持つ。業界の現場を経験した彼女は、US版ARTnewsにこう語る。

「鑑定士になる過程でこの業界の慣行を知り、ショックを受けました。査定を請け負っている会社は作品販売にも関わっている。だから、何年か働いているうちに中立的な査定などあり得ないことがはっきり分かったのです」

その解決策として、テイラーは2021年にアプレイザル・ビューロー(Appraisal Bureau)を設立した。テクノロジーを駆使した中立的な査定を標榜する同社は、AI技術を取り入れた独自のソフトウェアプラットフォームを運営。このプラットフォームは鑑定士の右腕として、継続的かつ動的な評価で所蔵品の管理を手助けしてくれる。テイラーによると、ギャラリーは作品販売に関与しない企業とのデータ共有には積極的だという。アプレイザル・ビューローはその中立性によってギャラリーと強力な関係を築いているため、個人の販売データにアクセスすることができる。それが競合他社よりも正確な査定を可能にしているとテイラーは説明する。

AIを用いてアートの資産価値をデータで説明

アート作品とその来歴情報をブロックチェーンに記録・保存するアートリー(Artory)も、データに基づいた査定サービスを提供する企業だ。同社の設立者ナンネ・デキングはこう指摘する。

「最も重要なのは専門知識。データテクノロジー企業の設立者としてそう断言できます。AIが役に立つのは、適切な知識を持つ人がデータを見ている場合だけです」

アートリーが緊密に連携しているのが、美術品鑑定企業のウィンストン・アート・グループだ。同グループは、数十年にわたって蓄積された個人の売買データを使って査定と評価の正確性を高めている。このデータに加え、アートリーは公開オークションの販売データも利用。成長を続ける同社のデータセットには、現在4000件のオークションハウスで行われた4400万件以上の取引情報が含まれている。 

2016年の立ち上げ以来、アートリーは15億ドル(直近の為替レートで約2200億円)に相当するアート作品や収集品の検証、ブロックチェーンへの記録、トークン化を行い、査定に利用できる膨大なデータを蓄積してきた。アートリーの社名を知らないアート関係者も、そのデータに接したことはあるかもしれない。同社のデータは、アートエコノミストのクレア・マッキャンドルーが執筆し、多くの関係者が参考にしているアート・バーゼルUBSのグローバル・アート・マーケット・レポートにも使われているからだ。

アートリーやアプレイザル・ビューローの成功は、アートが超富裕層にとって人気のアセットクラス(株、債券、不動産など投資対象の種類)になっていることと関係している。昨年US版ARTnewsが報じたように、アートの世界と金融の世界はますます一体化しているのだ。アートリーのデキングはこう説明する。

「私の主な目的は、アート作品を所有している人々が手持ちの作品の価値を理解できるようにすること。今すぐそれを売却できるよう手助けをするということではなく、作品の持ち主や、彼らの資産を管理しているウェルス・アドバイザー、あるいはファイナンシャル・アドバイザーに対し、金融の世界でも通じる言葉でアートコレクションの価値についての確かな指針を与えることです」。

重要なのは人間の専門知識とAIの分析力の掛け合わせ

やはりテクノロジーを活用した査定サービスを提供するARTDAIの設立者、ジェイミー・ラフルールは、アート作品の販売に携わっていた経歴を持つ。彼は2000年にニューハンプシャー州ポーツマスでバンクス・ギャラリーを立ち上げ、2017年にプライベートディーラーとなった。それと同じ時期にARTDAIを設立しているが、原動力となったのは、そこにシンプルかつ深いニーズがあると感じたからだ。大規模なアートコレクションを適切に管理するためには深い専門知識が必要で、そうしたサービスをスケールさせるのは一筋縄ではいかない。

当時のことをラフルールはこう語る。

「私はプライベートディーラーとして複数のクライアントの大規模コレクションを管理し、事実上のキュレーターのような役割も担っていましたが、自分だけでは業務をこなしきれないと思うことが度々ありました。全体ではなく、コレクションごとの管理対象作品が、それぞれ500から3000点もあるからです」

アートリーやアプレイザル・ビューローと同様、ARTDAIも人間が持つ専門知識とテクノロジーの効率性を融合させている。ラフルールが身をもって経験したように、コレクターや保険会社、金融機関などに代わってにコレクションを管理するには、美術品そのものに対する深い造詣だけでなく、膨大な量のデータを扱う能力も必要だ。そして、AIを活用したデータドリブンな洞察を提供するARTDAIの目的は、人間に取って代わることではなく、人間の仕事を補完することにある。

ARTDAIのモデルは、さまざまなソースから得られた膨大で混沌とした市場のローデータ(加工されていないデータ)を取り込み、独自のアルゴリズムを適用する。そうすることで、意味のある実用的な方法でコレクションを整理・分析するように設定されている。ラフルールいわく、同社のモデルは人間の判断に取って代わるのではなく、それを強化するものであり、市場の複雑さを十分に反映した評価を下すという。

ここで紹介した新興企業は、客観的なデータを用いてアート市場を開かれたものにしようとしている。つまり、アート作品の評価基準を誰もが理解できるようにしたいと考えているのだ。一方、オークションハウスは今のところ、まだそれを受け入れていないように見える。オークション大手3社に取材を試みたが、いずれの会社もAIを使った査定についてのコメントを避けている。

だがそれも時間の問題だろう。ARTDAI、アートリー、アプレイザル・ビューローの3社はすでに銀行や投資会社、保険会社、有力コレクターなどを顧客としている。いずれは1社が優位に立ち、瞬く間に市場を席巻するかもしれない。ちなみに、オンラインメディアPuckの記者、マリオン・マネカーは、2007年にまで遡る市場のマクロトレンドを分析した最近のコラムで、ARTDAIの実力に言及している

AIはすでに来歴の追跡や市場予測、不正検知などの分野で広く活用されている。こうした用途でも、作品の査定と同様、企業が追求しているのはハイブリッドなアプローチ、つまりAIの分析力と人間の専門知識の補完的な組み合わせだ。(翻訳:野澤朋代)

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