ARTnewsJAPAN

2024年のアート×ファッション注目コラボを専門家がレビュー。「インスタ的なコラボからの脱却を」

今年も話題が途切れることのなかったアートとファッションのコラボレーション。本記事では、気鋭アーティストとキュレーターが対談し、2024年に行われたコラボの中から5つの事例を紹介する。

Photo Collage: Daniela Hritcu

クロエ・ワイズがまだ画家としてのキャリアをスタートしていなかった10年前、彼女はウレタンで本物そっくりなベーグル・サンドを作り、それにシャネルのロゴとストラップを取り付けてハンドバッグにした。ワイズからこの「ベーグルバッグ No.5」を借りてイベントに出席したモデルで俳優のボビー・サルヴォー・メヌエスは、ちょっとした悪ふざけのつもりだったが、思いのほかバッグが大きな反響を呼んだ。ファッション界は、自分たちをネタにしたアート界のジョークに大喜びしたのだ。

ワイズが無許可でハイブランドのロゴを使った「ブレッド・バッグ」を作って以来、アートとファッションのクロスオーバーは、より正式な形で急速に広まっていった。ファッション業界でキャリアをスタートさせた評論家でキュレーターのイェッペ・ウーゲルヴィグは、このテーマで博士論文を書いたほどだ。

2024年にも、多数のアートとファッションによるコラボレーションが生まれた。ニューヨークにあるワイズのスタジオで今年発表されたコレクションを改めてチェックしながら、アート×ファッションの歴史と未来についてワイズとウーゲルヴィグが対談した。

1. ロバート・メイプルソープ × ルドヴィック・ド・サン・セルナン

Photo: Collage Daniela Hritcu

イェッペ・ウーゲルヴィグ(以下、JU):アーティストとブランドとのライセンス契約は今では当たり前のように行われていますが、その始まりは1990年代で、ロバート・メイプルソープによるカラーの花の写真の使用許可を得た陶磁器メーカーが、ディナープレートセットを作ったのが最初の事例です。それが彼の生前最後の作品になったとも言われています。

クロエ・ワイズ(以下、CW):先日パリのディズニーランドでデザイナーのルドヴィック・ド・サン・セルナンに会ったのですが、ロバート・メイプルソープの作品を取り入れた自身のジャケットを着ていたので、ちょっと触らせてもらったんです。とても柔らかくて高級感がありました。洗練されていてセクシーなコレクションですね。メイプルソープの作品から花やXのチーフを取り入れているだけでなく、彼の精神を捉え、それを新たに服というモノとして再解釈しています。

JU:確かに。メイプルソープは最も頻繁にコラボされているアーティストの1人ですが、彼の社会的、政治的、文化的な文脈は無視されがちです。でも、このコレクションにはSM的な要素があります。とはいえ、お仕置き部屋に入る時にルドヴィック・ド・サン・セルナンの服を着る人はいないでしょうけれど。

CW:着てもいいと思います。オイルまみれになってもカッコよく見えるはず。

JU:赤いワンショルダーのトップスしかり、このコラボレーションは、直球すぎない形でメイプルソープの世界観を表現しています。アーティストのカルト的な人気に頼るだけのコレクションが多い中、最近では珍しい本物のオマージュだと思います。

CW:いま「オマージュ」という言葉が出ましたが、それについて話したいと思っていました。(この記事で取り上げている)コラボレーションの中には、アーティストが積極的にデザイン関わっているものと、故人であるアーティストにデザイナーがオマージュを捧げている、あるいはアーティストにインスパイアされたものがあります。一方、ルドヴィックのこのコレクションには、ライセンスされた画像を適切な形で使うだけにとどまらない独創性があります。もしメイプルソープが生きていたら、きっと気に入るのではないでしょうか。

JU:メイプルソープは自作をもとに商品を作ることに前向きで、前述の食器もそうですが、それを示す歴史的証拠も残っています。写真作家だった彼は、そのキャリアを通してプリントの数を厳格に管理し、希少性を作り出す必要がありました。同時代のキース・ヘリングも死の間際にメイプルソープと似たようなことを考えていました。エイズで先は長くないと知った彼らにとって、作品を商品として大量生産・販売することは、それを世界に広める1つの方法でした。ここではフィストファックの写真ではなく花の写真が使われていますが、「美」を表現するのがファッションのあるべき姿なので、間違っていないと思います。

2. リー・クラズナー × ウラ・ジョンソン

Photo: Collage Daniela Hritcu

JU:服にペインティングをプリントするというアプローチは、そろそろ賞味期限切れかなと思っています。すでにあなたが4年前に、フランスのブランド、エチュード(Études)とのコラボレーションで見事にそれをやっていますから。

CW:同じペインティングでも、抽象と具象では全然違います。抽象的な柄は昔から服に使われていますが、私のコラボ作品の場合は具象画を使っているので奇妙な感じになりました。着た人の体の上に別の体のパーツが重なって見えるからです。とはいえ、リー・クラズナーの抽象画をプリントしたウラ・ジョンソンの長袖のドレスはとても美しいですね。本当に絵画を身にまとっているみたいです。絵に動きが与えられ、生き生きとしている。

JU:しかし、単にプリントデザインの工程を省いただけだと言えませんか?

CW:これは単に絵をプリントにしたというだけではないと思います。パワフルな女性デザイナーのブランドと、生前は見過ごされていたリー・クラズナーというパワフルな女性画家を結びつけようとしているのではないでしょうか。アートの世界では、これまで過小評価されていた故人や年配の女性作家に光を当てる流れが続いていますが、私はこれに大賛成です。少し飽和気味ではあるけれど、そうした流れが止まらないのには理由があります。マルニだったら、こうしたタイプのコラボレーションを大成功させられるでしょうね。

JU:抽象画を服のパターンに落とし込むと、両者の違いはどこにあるのかという疑問が湧いてきます。ファッションの生地のパターンも、抽象画と同じくらい素晴らしいのではないでしょうか。

CW:このコレクションに関しては、あまり理屈っぽく考えすぎなくてもいいのかもしれません。おそらく、これがなければ抽象画のパイオニアと言われるクラズナーを知ることはなかった人々に彼女の仕事を紹介している。それで十分でしょう。

JU:宣伝効果、そしてブランドのイメージ戦略を狙ったものですね。アート界の人々に訴えるコレクションではないかもしれませんが、母がこの美しいドレスを着たところを見てみたいです。

3. アンベラ・ウェルマン × ミュグレー

Photo: Collage Daniela Hritcu

JU:これも絵をプリントするタイプのコラボですが、うまくいっていると思います。

CW:ハマっていますね! アンベラ・ウェルマンの絵はとてもダークで歪んでいてセクシーで、まるでエロティックなゴヤのようです。ミュグレーは、バットマンのセクシーなダークサイドを体現したようなブランドなので、いい組み合わせだと思います。

JU:プリントの質もかなり良さそうです。リアルな身体とプリントされた身体が重なりあう様子、さらに絵画に描かれた変形していく身体のモチーフが、このコラボを成功に導いています。色だけではありません。

CW:これを見て、(クレージュと)コラボしたときにデザイナーとの対話の中で服を作り上げていったことを思い出しました。絵のどの部分を服のどこに配置するかは全て私が決めたのですが、手間はかかりませんでしたし、深く考える必要もありませんでした。お互いに阿吽の呼吸で、この絵が体の上で動くのを見たいね、という感じで進められたんです。

JU:その考え方は、特に現在のペインティングブームにおいて、多くのコラボレーションの原動力になっていると思います。デザイナーたちは、どうすれば人間の身体が絵画の中に入ることができるのか、どうすれば絵画を着ることができるのかと考えながら服を作っています。このコレクションはアートの世界でも通用すると思います。こういうものを見るといつも、「誰に向けて作られているのだろう?」と考えるのですが。

CW:私向きですね! パンツのお尻の部分にある、Tバック風のデザインが最高です。

4. スン・イーティエン × ルイ・ヴィトン

Photo: Collage Daniela Hritcu

JU:2003年の村上隆ルイ・ヴィトンのコラボレーションは、アートとファッションの歴史において最も重要な出来事の1つだと思います。日本のスーパーフラットを商品として展開するのは納得できるアイデアでした。なので、このような分かりやすくてポップなコラボがまた出てきて嬉しかったです。

CW:ピンクのウサギのハンドバッグは完璧! 耳の間のモノグラムが秀逸です。

JU:ヴィトン・マークの目も! アヒルの財布が欲しいです。

CW:知り合いのコレクターの中に、このバッグが似合いそうな人が何人かいます。おそらく、すでに持っているかも。これはいいですね。顧客がこのバッグを必要としていると想定したルイ・ヴィトンは正しいと思います。

JU:このバッグをデザインした人は、アーティスト・ハンドバッグの先駆者であるルイ・ヴィトンの歴史を踏まえた素晴らしい仕事をしています。それに比べてドレスのほうは、詰めが甘い気がします。

CW:でも、それが私の好きなところなんです。私たちはそんなに大量のファッションを必要としていませんが、今はどんなアイテムも低価格で生産できる仕組みがあります。スン・イーティエンの作品と同様、このコレクションは、かなりシニカルな方法でそれを表現していると思います。ラグジュアリーだけれども貴重な感じがしない。そこがすごくおもしろい。

JU:東アジアの都市では、有名ギャラリーとハイブランドのショップが隣り合っています。ロンドンでもそうです。ファッションとアートが共存するライフスタイルがあるように感じます。

CW:両者の間に見えない境界線があるふりをするよりも、そのほうが正直ですよね。

JU:ソウルの江南を歩いていると、裕福な若者たちがアートとファッションを楽しんでいるのを目にします。彼らは美術館で高尚な絵画を見た後に、ショップを訪れて服を買う。そうやって両方の世界をシームレスに行き来しているんです。

CW:まさに江南スタイル! イーティエンの作品を知ると、このコレクションがさらに好きになるでしょう。彼女は優れた画家で、シンプルなアイデアをインパクト高く表現しています。(バービーのボーイフレンドの)ケンの頭部を描いた絵がありますが、あれでドレスを作ってほしかった。ただ、空気を入れて膨らませるビニール人形を描いた超リアルな絵は、カンバス上の方が良く見えますね。服にプリントされると、下手な写真に見えてしまう危険性があります。それにしても、このアーティストはチャンスを見事に活かしている。彼女のような若手がブレイクするのは嬉しいことです。

5. ジョーン・ジョナス × レイチェル・コーミー

Photo: Collage Daniela Hritcu

CW:最後に楽しみな組み合わせがきました。

JU:ジョーン・ジョナスは大好きだし、このコレクションの服も確かに素敵です。でも、そもそも彼女はファッションに興味があるのでしょうか? 気候変動と自然についての彼女のトークイベントに行ったばかりなので、ファッションブランドとのコラボには正直、違和感を抱いてしまいます。

CW:でも、レイチェル・コーミーは大手ブランドではありません。

JU:ニューヨークのダウンタウンに拠点を置く2人の女性同士、ということみたいですね。でも、ジョーン・ジョナスに限らず、アーティストとブランドのコラボレーション全般に対して思うのは、服に作品をプリントする以上のことをしてほしいということです。アーティストとデザイナーが一緒になって、形のあるファッションアイテムを作らないと。

CW:ただ、レイチェルはこの作家のアーカイブをよく調べている。それがコレクションから伝わってきます。

JU:確かにそうですが、ジョーン・ジョナスとコラボしたというよりは、レイチェル・コーミーがジョナスのアーカイブを研究して作ったコレクションという色合いが強い気がします。彫刻や絵画、映像作品など、領域横断的なジョナスのアプローチを紹介するニューヨーク近代美術館(MoMA)の回顧展を見たばかりなので、もっと違う方法でコラボレーションできたのではないかと思ってしまいます。

CW:確かに、コラボレーションというよりは、インスピレーションと言ったほうが近いかもしれませんね。アーティストのスタジオをあちこち探索して回っているうちに、何かが降りてきたというような。オマージュを捧げる方法としては面白いと思います。

JU:創造性とオープンさを持つデザイナーに向けて呼びかけたいことがあります。それは、ブランドのイメージ戦略であれ、プロダクトのデザインであれ、アーティストとタッグを組む際には、歴史が分かる文献を参照しながら、もっと多様な方法を検討してほしいということ。アーティストが作ったイメージをパターンとして服に取り込む方法は、インスタグラム的で、あらゆるものをコンテンツ化する今時の風潮を反映していますが、そこから脱する方法はたくさんあるはずです。

CW:そういう意味で言うと、最初に見たメイプルソープとルドヴィック・ド・サン・セルナンのコレクションが最も成功しているコラボかもしれません。ライセンスされたイメージを用いるだけでなく、このアーティストの肉体が持っていた存在感や、彼のエネルギー、そしてキャラクターを体現していますから。

JU:60年代にマン・レイが手がけたジュエリーのような形で、ジョーン・ジョナスのジュエリーラインを作ってほしいですね。

CW:私たちが求めているのは、アーティストの作品をファッションアイテムというモノに変身させてほしいということなのかもしれません。

JU:アートは単なるイメージではないですからね。アーティストやデザイナーには、とことん遊んでもらいたいです。

CW:こうやって話していると、まるで私たちがデザイナーにアーティストになってほしいと要求しているように聞こえそうです。

JU:むしろデザイナーがアーティストに、彼らが夢にも思わないような生産設備を使う機会を与えてほしいところです。(翻訳:野澤朋代)

from ARTnews

あわせて読みたい