ARTnewsJAPAN

500年隠されていた中世の壁画をフルカラーでデジタル復元。英仏の芸術的交流を示唆

フランス西部、アンジェの大聖堂で500年以上にわたり人の目に触れていなかった中世の壁画がデジタル技術で復元され、そのフルカラー画像が公開された。イギリスハミルトン・カー研究所会報が詳細を伝えている。

フランス・アンジェの大聖堂で1270年頃に描かれた壁画。Photo: © Lucy Wrapson and Chris Titmus, Hamilton Kerr Institute, University of Cambridge

フランス・アンジェの大聖堂で13世紀末に描かれたと見られる壁画は、15世紀半ばに起きた火災の後にしっくいで上塗りされ、1786年までには木の建具で覆われることになった。それが幸いし、フランス革命時の破壊行為を免れている。1980年、その狭い場所を倉庫として使っていた神父が壁画を発見。専門家による修復が行われたが、当時の状態は白黒画像で部分的にしか記録されていなかった。

今回、デジタル処理で復元されたフルカラー画像では、聖マウリリウス(フランス語では聖モリール)の生涯と奇跡の物語が生き生きと描かれているのが分かる。聖モリールは5世紀のアンジェの司教で、その聖遺物が大聖堂内の銀の容器に納められている。伝説によれば、聖モリールは死んだ子どもを蘇らせることに失敗してイングランド王国に逃れ、贖罪のために王の庭師となった。のちに子どもが実は生きていたことを知った聖モリールは大聖堂に戻ってその子を祝福し、子どもは聖ルネとなったという。

壁画は今も、聖歌隊席の一部を構成する壁の羽目板で覆われている。そのため、イギリスの美術史家と保存修復の専門家で構成された研究チームは、壁画の全体像を捉えるのに10年以上の月日を費やした。湾曲した壁を撮影した写真は8000枚以上にのぼり、それをデジタル処理で丹念につなぎ合わせて復元されている。

アンジェのあるアンジュー地方は、12世紀から数世紀にわたってイングランドを支配したプランタジネット朝の本拠地だった。大聖堂の絵は、プランタジネット朝のイングランド王、ヘンリー3世の異母姉(妹)であるイザベラ・ラ・ブランシュ、あるいはその息子のモーリスが描かせたものと推測されている。

研究チームはまた、この壁画は2つの画家グループによって油彩で描かれたと考えており、饗宴の場面に描かれた若い王の姿と、ロンドンのウェストミンスター寺院にあるヘンリー3世の墓の肖像彫刻には類似点があると指摘。当時、イングランドとフランスの間で海峡を越えた行き来があったことから、こうした類似は偶然ではなく、大聖堂の壁画の素材や様式はヘンリー3世の宮廷のものと密接な関係があると見られている。(翻訳:石井佳子)

from ARTnews

あわせて読みたい