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「世界で最も美しい美術館」最優秀賞の建築家、坂茂のソーシャルグッドな美術館5選

世界的な建築賞「ベルサイユ賞」2024で、広島県の下瀬美術館が「世界で最も美しい美術館」に選ばれた。瀬戸内海の多島美を表現し、水に浮いて動くギャラリーなどイノベーティブな側面もある下瀬美術館を設計した建築家、坂茂のミュージアム作品5選を紹介しよう。

瀬戸内海の島々を望む海岸沿いに立地する下瀬美術館。Photo: 🄫SIMOSE

ユネスコ本部が創設した建築賞「ベルサイユ賞」は、10周年を迎えた2024年、従来の空港やホテルなどの部門に加え、美術館・博物館カテゴリーを新たに設けた。その栄えある第1回の最優秀賞であるベルサイユ賞に輝いたのが広島県大竹市の下瀬美術館。設計したのは、プリツカー賞や高松宮殿下記念世界文化賞などの受賞歴がある国際的な建築家の坂茂だ。

1957年生まれの坂茂は、1984年にニューヨークのクーパー・ユニオン建築学部を卒業し、1985年に坂茂建築設計を設立。再生可能で安価な紙管を利用したシェルターや仮設住宅など、建築を通じた被災者支援を精力的に行っていることでも知られる彼は、早くから持続可能性や建物と周囲の環境との調和、地域コミュニティとの結びつきを追求してきた。

1995年から国連難⺠⾼等弁務官事務所(UNHCR)コンサルタントも務め、同年、NPO法人「ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)」を設⽴。2003年にポンピドゥー・センター・メスのコンペを勝ち取り、2014年には世界各地で紙の住宅による災害被災者支援を続けていることが評価されてプリツカー賞を受賞した。なお、VANでは現在、能登半島地震の被災地支援プロジェクトやウクライナ難民支援プロジェクトが進行中だ。

そんな建築家の社会的責任を重視する坂の設計思想が反映された美術館・博物館から、厳選した5館を紹介する。

下瀬美術館(広島県大竹市)

夕暮れに浮かび上がる可動展示室の幻想的な光景。Photo: 🄫SIMOSE
エントランス外観。ミラーガラスが用いられ、周囲の景観が映り込む。Photo: 🄫SIMOSE
エントランス内部。放射状に広がる天井部分の構造が広がりを感じさせる。Photo: 🄫SIMOSE
宿泊施設「Simose Art Garden Villa」の水辺のヴィラ。Photo: 🄫SIMOSE
坂茂のトレードマーク、再生紙の紙管を用いたヴィラの内部。Photo: 🄫SIMOSE

下瀬美術館は、建築資材の製造や建築物の構造設計を行う地元広島の企業、丸井産業の創業者である下瀬家のコレクションを保存・展示する施設として2023年3月にオープンした。海に面したこの美術館の一番の特徴は、水盤上に配置された可動展示室だ。カラーガラスで覆われた色とりどりのキューブが水に浮かび、展覧会の企画に応じて組み替えることができる。ベルサイユ賞受賞時に坂は「環境を最大限に活かした」とコメントしているが、美術館には珍しいカラフルな色合いが、瀬戸内海の空や海の青に映えるさま、陽が落ちてライトアップされたキューブがランタンのように水面に映るさまは息をのむほど美しい。

同美術館にはまた、オーベルジュタイプの宿泊棟(Simose Art Garden Villa)が併設されている。こちらも坂茂の設計で、10棟の別荘のようなヴィラに滞在することができる。

ポンピドゥー・センター・メス(フランス・メス市)

屋根のカーブが特徴的なポンピドゥー・センター・メスの外観(2014年5月撮影)。Photo: Pierre Suu/Getty Images
六角形に編まれた木造の大屋根は、竹で編んだ中国の伝統的な帽子がモチーフ。Photo: JOKER / Paul Eckenroth/ullstein bild via Getty Images
チューブ状のギャラリーの終端部は、ガラス面のピクチャーウィンドウになっている。Photo: Andia/Universal Images Group via Getty Images
3つのギャラリーチューブの窓は、それぞれメスの街にあるモニュメントの方角に向いている。Photo: Pierre Suu/Getty Images

フランス北東部のメス市に、ポンピドゥー・センターの分館がオープンしたのは2010年。坂茂のほか、フランスのジャン・ド・ガスティーヌ、イギリスのフィリップ・グムチジャンによる共同設計で建てられたこの美術館で目を引くのは、中国の竹編み帽子に似た独特な屋根だ。この屋根には耐候牲に優れ、かつ透光性のある膜材が使用され、自然光を取り入れた開放的な空間だけでなく、夜には内部の柔らかな光が建物全体を包む美しい景観を実現している。

ポンピドゥー・センター・メスでは、屋根や壁の断熱性を高めてエネルギー効率を向上させたり、貯めた雨水を庭で再利用したりするなど、持続可能性への配慮がそこここに見られる。また、大きなガラス窓からはメス市の大聖堂などのモニュメントを眺めることができる。

大分県立美術館(大分県大分市)

白で統一された大分県立美術館(OPAM)の開放的な外観。Photo: ©Hiroyuki Hirai
夜の美術館外観。外壁の意匠は大分の伝統工芸である竹細工を思わせる。Photo: ©Hiroyuki Hirai
開かれた美術館を象徴するガラス張りの明るいアトリウムとカフェ。Photo: 大分県立美術館提供
特徴的なアトリウムの水平折戸。折戸を開くと美術館の外と内がつながるパブリックスペースになる。Photo: 大分県立美術館提供
館内の展示風景。大分ゆかりの作家の作品を中心にしたコレクション展のほか自主企画展も行われる。Photo: ©Hiroyuki Hirai

2015年に開館した大分県立美術館(OPAM)の設計コンセプトは「街に開かれた縁側としての美術館」。敷居が高いと思われがちな美術館のイメージを一変させるガラス張りのファサードやアトリウムなどの開放的なデザインが特徴で、構造体がそのまま意匠の一部となっている特徴ある外壁は、大分の伝統工芸である竹細工を思わせる。

地域とのつながりを重視している同美術館では、無料で入場できる2層吹抜のアトリウムやミュージアムショップ(1F)、カフェ(2F)など、市民が日常的に利用できる施設を備えている。また、アトリウムの道路側は全面開放可能なガラスの水平折戸になっており、折戸を開けると外と内を行き来できるパブリックスペースになる。

アスペン美術館(アメリカ・コロラド州)

格子状のファサードが印象的なアスペン美術館の外観(2016年10月撮影)。Photo: FG/Bauer-Griffin/GC Images
夜のアスペン美術館。ガラスのカーテンウォールから漏れる光が美しい(2015年12月撮影)。Photo: Riccardo Savi/Getty Images for The Aspen Art Museum
合成樹脂加工の突板を編んだスクリーン(2019年6月撮影)。Photo: RJ Sangosti/MediaNews Group/The Denver Post via Getty Images
美術館の内部は3層吹き抜けの大階段が来館者の動線になっている(2019年6月撮影)。Photo: RJ Sangosti/MediaNews Group/The Denver Post via Getty Images
最上階(3階)の屋外テラスからは周囲の山々が望める(2014年撮影)。Photo: Nic Lehoux/View Pictures/Universal Images Group via Getty Images

アメリカ屈指のスキーリゾートとして知られるコロラド州アスペンに、坂茂設計の美術館がオープンしたのは2014年。木の板を格子状に編んだようなアスペン美術館の箱型の外観は、レンガ造りの建物が多い街並みや周囲の緑豊かな環境と違和感なく調和している。この外壁の耐久性と不燃性を確保するために用いられているのは、再生紙を接着剤で固めて表面に薄いベニヤ板を張った材料だ。3階建ての同美術館の最上階には多目的スペースやカフェがあり、屋外テラスからは山々の絶景が望める。

アスペン美術館は現代アートの展示のみならず、教育活動にも力をいれており、地域の文化をリードする存在となっている。また、アスペンでは毎夏アートウィークが開催され、アートフェアやガラディナー、チャリティオークションなどのイベントに、国内外からアーティストやギャラリー、コレクターなどが詰めかける。

豊田市博物館(愛知県豊田市)

豊田市博物館の全景。向かって右は豊田市美術館。Photo: ©Hiroyuki Hirai
夜間のエントランス外観。特徴ある木の柱と格子梁が屋根を支える。Photo: ©Hiroyuki Hirai
博物館と隣接する美術館をつなぐ「えんにち空間」。Photo: ©Hiroyuki Hirai
常設展示室を見下ろすパノラマスロープ。Photo: ©Hiroyuki Hirai
紙管をふんだんに使用した暖かい雰囲気のカフェ。Photo: ©Hiroyuki Hirai
ランドスケープデザイナー、ピーター・ウォーカー設計の庭園。Photo: ©Hiroyuki Hirai

豊田市博物館は2024年4月に開館。ニューヨーク近代美術館(MoMA)の増改築や、東京国立博物館の法隆寺宝物館などを手がけたことで知られる谷口吉生設計の豊田市美術館に隣接する場所に建てられ、絶妙なコントラストと一体感を生み出した。同館も「市民に開かれた」博物館を目指し、明るく開放的な空間を実現している。館内には豊田市産の木材や、坂のトレードマークでもある再生紙の紙管が利用されているほか、蓄電池付きの太陽光発電機も設置。新築の美術館・博物館として初めて、環境省のZEB Ready認証(*1)を取得した。

*1 快適な室内環境を実現しながら消費するエネルギーをゼロにすることを目指した建物。

豊田市博物館は、閉館した豊田市郷土資料館、豊田市近代の産業とくらし発見館の機能を継承した施設で、地域の歴史や自然を知り、体験するための場所となっている。博物館の庭園デザインは、美術館と同じランドスケープ設計家のピーター・ウォーカーによるもの。両館と庭園が織りなす景観の連続性を楽しむことができる。

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