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モネやゴッホの名作を腕時計に。ヴァシュロン・コンスタンタンとメトロポリタン美術館が「Masterpiece on your Wrist」プログラムを始動

2019年にルーブル美術館とのパートナーシップを結び、顧客向けプログラム「Masterpiece on your Wrist(あなたの腕に傑作を)」を開始したヴァシュロン・コンスタンタン。同社はこのプログラムをNYのメトロポリタン美術館とも締結。最高峰の職人技によりMET所蔵の芸術作品を文字盤上に再現する。

Masterpiece on your Wrist(あなたの腕に傑作を」は、ごく簡単に説明をすれば、購入者が「メトロポリタン美術館内(MET)に所蔵されている芸術作品を1つ選び、エナメル技法を用いて、世界で一本のユニークピースを製作する」という試みだ。

言葉にするのは容易だが、実現はもちろん至難の業だ。

誰もが知る傑作とはどんな芸術作品なのか。どんな職人やブランドであれば、その作品を腕時計の中に複製する許可を得ることができるのか。あるいは許可を得たとしても、巨匠による卓越した傑作を腕時計の小さな文字盤に再現することは技術的に可能なのか──あらゆる側面での極めて高度な条件が合致しなければ成立し得ないプログラムなのだ。

これまで、そんな高次元でのコラボレーションをルーブル美術館と実現してきたヴァシュロン・コンスタンタンと今回新たにパートナーシップを締結したのは、ご存じメトロポリタン美術館(以下、MET)。1870年開館の長い歴史と、5000年前にまで遡る美術品を含む数百万点もの所蔵作品数を誇るNYの巨人だ。

アートに対する敬意。伝統や文化、技術の保護と継承。歴史に培われた豊かなヘリテージ。多くの価値観を共有するヴァシュロン・コンスタンタンとMETの出会いは、ある意味自然なことだったのかもしれない。そしてこの先両者は「Masterpiece on your Wrist(あなたの腕に傑作を)を皮切りに、多彩なプロジェクトを展開していく予定だ。

メトロポリタン美術館、キャロル&ミルトン・ピートリー・ヨーロッパ彫刻コートの風景。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin

さてここで「Masterpiece on your Wrist(あなたの腕に傑作を)というプログラムを、もう少し具体的に説明しておこう。

このプログラムはそもそも、目の肥えた時計愛好家のために唯一無二のタイムピースを提供するためのもの。ここでいう唯一無二とは何か。それは世界有数の美術館に所蔵されている、国を超えて世界にとって最重要な文化遺産とも言える名作を、エナメル文字盤で再現したユニークピースのことだ。本来であれば、そんな世界的に重要な芸術作品を個人が所有するなど考えにくいが、このプログラムを通じて購入者はそれを実現することができる、なんとも壮大なプロジェクトだ

それを実現する技法のひとつが「エナメル細密画」。エナメルの基礎となる層の上に、手描きの細密画を施すのだ。色ごとに薄い層を個別に塗布し、焼成を繰り返して固定し、最後は透明な釉薬で表面を覆って保護する。深く美しい色味と躍動感を表現するこの細密画は、ヴァシュロン・コンスタンタンの中でも限られた職人の手によってのみ完成するという。

もうひとつの技術が「グリサイユ・エナメル」だ。濃色のエナメルの基礎を背景に、半透明のリモージュホワイトの薄い層を何回も塗り重ねていく。豊かなグラデーションを持つグレーの影が、オブジェに輝きと立体感を与えるのだ。

またMETとのこのコラボレーションでは、ユニークピースの購入者だけが体験できる専門家による美術館のプライベートツアーが用意されているほか、ヴァシュロン・コンスタンタンのジュネーブにあるマニュファクチュール工房)で、時計師や職人たちに直接会う機会が設けられる。

つまり「Masterpiece on your Wrist(あなたの腕に傑作を)の購入者は、唯一無二のユニークピースだけでなく、それを実現するに至った背景を学ぶことのできる豊かで稀少な経験も得ることができるというわけだ。

腕にまとう近代アートの傑作

クロード・モネ《睡蓮の池に架かる橋》(1899)バージョン(サンプル)。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin
ウィンスロー・ホーマー《北東の風》(1895 - 1901)バージョン(サンプル)。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin

今回公開されたサンプルは、巨匠たちによる4作品。それぞれの作品と、ユニークピースの完成予想について詳らかにしていこう。

まずは印象派を代表するクロード・モネの《睡蓮の池に架かる橋》(1899)。熱心な園芸家でもあったモネがフランス・ジヴェルニーにつくった睡蓮の池と太鼓橋、そして光の反射を縦長のキャンバスに描いたあまりに有名な作品だ。モネならではの色彩と筆遣いがどのように文字盤に再現されるのか、大いに期待したい。

続いては19世紀のアメリカ写実主義の巨匠、ウィンスロー・ホーマーの《北東の風》(1895 - 1901)だ。ホーマーは四季を通じて、晩年を過ごしたメイン州プロウツネックの海景を描いたが、本作に表現された自然の猛々しさは、ヴァシュロン・コンスタンタンの静謐なイメージのプラチナケース、ブルーのベルトを組み合わせることで一層際立って見える。

3本目はフィンセント・ヴァン・ゴッホ。亡くなる1年前の1889年にサン=レミの精神病院で静養を始めた直後に描いた《糸杉のある麦畑》だ。METでは昨年、この糸杉が画題となったゴッホの44作品を集めた展覧会「Van Gogh’s Cypresses(ゴッホの糸杉)」を開催している。画面右にそびえる糸杉。黄金色の麦畑。ゆっくりと揺れるオリーブの木。空に渦巻く雲。当時の不安定な精神状態がそのまま映し出されたようなこの夏の風景を、「エナメル細密画」の技法を駆使して再現する。

フィンセント・ヴァン・ゴッホ《糸杉のある麦畑》(1889)バージョン(サンプル)。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin
オーガスタス・セント=ゴーデンス《ディアーナ像》(1925)バージョン(サンプル)。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin

最後の4本目は絵画ではなく、彫刻作品が選ばれた。19世紀に活躍したアイルランド系アメリカ人の彫刻家、オーガスタス・セント=ゴーデンスが月と狩猟を司るローマの女神を描いた《ディアーナ像》だ。ゴーデンスが手掛けた唯一の女性裸体像であり、シンプルでエレガントなラインで構成された力強い作品だ。

《ディアーナ像》にはいくつかのバージョンがあり、METが所蔵するのは、18931925年までマディソンスクエアガーデンの塔の上に設置されていた高さ13フィート(約4メートル)の第二版ディアーナ像の半分のサイズ。文字盤で彫刻の立体性を表現するのに用いられるのは、ヴァシュロン・コンスタンタンが培ってきた「グリサイユ・エナメル」の技法。濃色エナメルのベースの上に、精緻かつ豊かなシルエットのディアーナ像が浮かび上がるだろう。

ここで紹介している4本のタイムピースはあくまでサンプルだが、購入者は美術館のプライベートツアーで実際に所蔵作品に触れ、背景を学んだうえで作品を選び、その後、メゾンの時計職人たちとデザインやケースの素材、ベルトの色などを決めていくのだという。

Photo: Courtesy of Vacheron Constantin

この Masterpiece on your Wrist」のタイムピースに搭載可能なキャリバーは3種類。トラディショナル・ミニットリピーター・トゥールビヨン手巻き)に搭載している「キャリバー 2755 TMR」、パトリモニー・エクストラフラット・ミニットリピーター手巻き)に搭載している「キャリバー 1731」、そして、これまでレ・キャビノティエのアートピースなどに搭載してきた「2460 SC」から選ぶことができる。購入者と時計職人たちが対話を重ね、文字通りのユニークピースが完成するのだ。

1755年創業の世界最古のマニュファクチュール、ヴァシュロン・コンスタンタンが続ける芸術的探求と革新的チャレンジは、METとのパートナーシップによりさらに発展していくだろう。

今回紹介した「Masterpiece on your Wrist(あなたの腕に傑作を)は、その取り組みの一例だ。美術館への支援活動、美術教育支援、「アーティスト・イン・レジデンス」(アーティストを招聘し、滞在制作の機会を提供するプログラム)など、ヴァシュロン・コンスタンタンの多岐にわたるアートプロジェクトに、今後も注目していきたい。

Text: Tomoshige Kase Edit: Maya Nago