ヒップホップ・ジュエリーに秘められた、拒絶と自己実現の歴史。NYで開催中の企画展レビュー
エイサップ・ロッキー、2パック、ノトーリアス・B.I.G.などヒップホップ界の大スターにゆかりのある豪華なジュエリーから、ヒップホップの進化の軌跡を辿るユニークな企画展が、ニューヨークのアメリカ自然史博物館で開かれている。それらが持つ「装飾」以上の意味とは?
ヒップホップ・カルチャーとジュエリーの歴史的関係
生まれて初めてゴールドのアクセサリーを贈られることは、若い黒人女性にとって一種の通過儀礼と言っていい。それは、自分たちがどこから来たのか、いったい何者なのかを示す家族の記念の品であり、人生でかけがえのないアイテムになる。
多くのブラック・ディアスポラ(*1)の人々にとって、ジュエリーは自分のアイデンティティの象徴であり、富と成功を示すものでもある。宝飾品を贈る習慣は昔から世界中で見られるが、今の時代で最も象徴的かつ人々が憧れるジュエリーにはヒップホップ・カルチャーから生まれたものが少なくない。そこに影響を与えているのは、ヒップホップを代表するアーティストやファンたちだ。
*1 アフリカ大陸からアメリカなど世界各地へ移住した/させられた人々の末裔。アフリカン・ディアスポラとも言われる。
こうしたヒップホップ・カルチャーとジュエリーとの関係に光を当てた企画展、「Ice Cold: An Exhibition of Hip-Hop Jewelry(アイス・コールド:ヒップホップ・ジュエリー展)」が、現在ニューヨークのアメリカ自然史博物館で開催されている(2025年1月5日まで)。
この展覧会は、初期のヒップホップ・アーティストとそのオーディエンスが、自分たちを疎外し、認めようとしない社会の中でどう自己を表現したのか、ジュエリーがそれにどれだけ重要な役割を果たしたかを解き明かそうとしている。そこからは、50年にわたって蓄積されたヒップホップ・ジュエリーのレガシーが、現代の、とりわけ黒人コミュニティのファッションやスタイル、富や地位の表現にいかに影響を与え続けているかが見て取れる。
「Ice Cold」(*2)展のキュレーションを担当したのは、この展覧会のタイトルと同名の著書があるジャーナリストのヴィッキー・トバック、ヒップホップの重要なレコードレーベルを立ち上げたケヴィン・“コーチK”・リー、そして映画監督のカラム・ギルだ。展示室には、ロクサーヌ・シャンテのネームプレートネックレス、ノトーリアス・B.I.G.のジーザスピース(キリストの頭部を模したペンダント)、タイラー・ザ・クリエイターのベルホップチェーン(ホテルのベルボーイ型のチャームをつけたカラフルなネックレス)など、1970年代以降のヒップホップのパイオニアたちがデザインし、身に着けたアイコニックな作品の数々が並ぶ。
*2 「Ice」は、ヒップホップのスラングでダイヤモンドなどの宝石を指し、「Cold」は「イケてる」という意味で使われることがある。
ヒップホップ・カルチャー独自の「ジュエリー言語」
アメリカ自然史博物館に新設された宝石と鉱物のホール(ミニョーネ・ホール)で開かれているこの展覧会では、伝説的なチェーンやリング、グリル(歯にかぶせるアクセサリー)など68点の魅惑的なジュエリーを見ることができる。クイーン・ラティファやビズ・マーキー、アウトキャストなどの曲が流れる展示室には、2パックやグッチ・メイン、ミッシー・エリオットからカーディ・Bまで、ヒップホップ界で最も「icy(たくさんのダイヤでゴージャスにキメた)」なアーティストたちの写真が並ぶ。
各セクションには、「Hey Young World(ヘイ・ヤング・ワールド)」「In Our Lifetime(イン・アワ・ライフタイム)」「Code of the Streets(ストリートの掟)」など、ヒップホップの曲名やアルバム名にちなんだタイトルが付けられ、ヒップホップの進化の軌跡を辿りながら、それぞれの時代を象徴するジュエリーを紹介している。
キュレーターの1人であるヴィッキー・トバックは、US版ARTnewsの取材にこう語った。
「身を飾り、世界に向けて自分をアピールすることは、とても人間的な行為です。そして、ヒップホップや黒人の文化においては、そこにさらに何層もの意味が重なります。リミックスやカスタマイズ、ほかの誰も持っていないものを持つことなど、ヒップホップ・カルチャーはその音楽を構成する要素や、それに影響を与えた思想を取り入れた独自の『ジュエリー言語』を発展させました。ヒップホップは誰よりもうまく、大きなスケールでそれをやったのです」
トバックの言葉を体現するアクセサリーの1つが、T-ペインの《Big Ass Chain(どデカ・チェーン)》だろう。約200カラット分のダイヤモンドが散りばめられたこのペンダントは、4.5キログラム以上の重さがある。また、古代エジプトの女神マアトをかたどったエリカ・バドゥの22金のグリルや、スリック・リックのトレードマークであるプラチナとダイヤモンドのクラウン(ラッキー・クラウンズのターニャ・ジョーンズが制作)とアイパッチも、その華麗さで見る者の度肝を抜く。
ヒップホップ・アーティストのためにデザインされ、特注された豪華で高価なこれらのジュエリーは、オーディエンスにメッセージを伝えるためのものでもある。それは、どんな生まれかに関わらず、彼らが想像を絶するほどの富と成功を手にする才能と資格があるというメッセージだ。
ヒップホップ・ジュエリーをテーマに4話からなるドキュメンタリーシリーズ『Ice Cold』を監督した共同キュレーターのカラム・ギルはこう説明する。
「ヒップホップのアーティストや関係者には、ジュエリーのことをトロフィーと呼ぶ人が多いと思います。それは表現の一形態であり、称賛であり、物語を語るための装置なのです。ジュエリーが持つそうした機能は世界中の文化に共通するものですが、ヒップホップは、あらゆるものに対してそうだったように、その規模を芸術的に、視覚的に、象徴的に拡大したのだと思います」
メインストリームのカルチャーから疎外された黒人やラテンアメリカ系の人々によって広まったヒップホップは、ジュエリーの可能性をも広げてきた。それにも関わらず、有色人種に対するダブルスタンダードは、今もヒップホップ・ジュエリーの受け止められ方に影響を与えているとギルは言う。
「ヒップホップ・ジュエリーにせよ、エリザベス・テイラーが所有するコレクションにせよ、宝飾品にはさまざまな用途があります。成功の証として、あるいは特別な瞬間を祝うため、そして人々を団結させるためなど、その普遍的な用途は、白人であろうと、黒人であろうと、褐色の肌の人々であろうと変わりません。世界共通なのです」
「ジュエリーは表層的な飾りではない」
「Ice Cold」展は、自らもレジェンドとしてヒップホップの歴史に名を刻んだジュエラーたちの功績にも注目している。スポットライトに照らされ、大きなガラスケースの中で時が止まったように輝いているのは、ベン・ボーラーやジェイコブ・“ザ・ジュエラー”・アラボといった巨匠の手がけた逸品だ。彼らとヒップホップ・アーティストたちとのコラボレーションは、ジュエリーデザインとヒップホップが手を携えながら進化してきたことの証しでもあるが、その背景には常に、注目されることへの欲求があった。
「Ice Cold」展で紹介されているジュエラーの1人にブルックリン育ちのジョニー・ネルソンがいるが、彼は自らの作品をジュエリーとヒップホップ、そしてブラック・ディアスポラの共生関係へのラブレターだと言う。
2018年に彼が制作した《Fingers of Def Four-Finger Ring(イカした4指リング)》は、その名の通り4本の指に嵌める14金の指輪だ。マルチフィンガーリングのコレクション「Mount Rushmore(ラシュモア山)」(*3)シリーズの1つとして作られたこの指輪に並んでいるのは、ヒップホップ界最大の影響力を誇るノトーリアス・B.I.G.、2パック、オール・ダーティ・バスタード、イージー・Eの顔をかたどったもの。ブラスナックルという指にはめる武器をジュエリーに昇華させたこの作品は、ヒップホップ界の権力の象徴でもある。
*3 サウスダコタ州のラシュモア山では、山肌に4人のアメリカ大統領の顔が彫られている。
ヒップホップとそのカルチャーに対するネルソンのリスペクトが表れているもう1つの作品が、ミッシー・エリオット、ローリン・ヒル、ビヨンセ、クイーン・ラティファ、メアリー・J.ブライジ、エリカ・バドゥの顔をあしらった14金のネックレス《Women in Hip-Hop and R&B Necklace(ヒップホップ・R&B界の女性アーティストのネックレス)》(2021)だ。ネルソンが手がけたこの作品に関連するネックレスや指輪、髪飾りは、デザイナーのカービー・ジーン=レイモンドが率いるブランド、パイアー・モス(Pyer Moss)のファッションショー「Collection 3」(2019)でも紹介された。
これらのジュエリーに登場する女性たちをネルソンはこう称えている。
「彼女たちはみな輝いていて、一人ひとりが独自の方法でヒップホップに貢献しています。それぞれにパワフルな、まさにレジェンドと言うべき存在です」
自分もかつてヒップホップ・アーティストだったネルソンは、LL・クール・Jなどに触発されてジュエリーを作り、それを身につけるようになった。ジュエリーは黒人コミュニティにとって単なる表層的な飾りではない──彼のジュエリーデザインに対する情熱は、そんな考えに根ざしている。
アメリカで組織的に抑圧されてきた黒人たちは、富を生み出し、それを次の世代へと継承する機会を奪われてきた。この国でジュエリーを身に着けることは、日々繰り返される儀式であると同時に、黒人がこれまで数々の困難を乗り越えてきたこと、そして今も戦い続けているのを称えることにほかならないとネルソンは考えている。
「お金を得るためにはお金持ちのように見せなければなりません。たとえお金を持っていなくても、持っているように振る舞わなければならないのです。それは自己実現的な態度でもあります。世界に向けて自分の存在を打ち出し、自分たちの内にあるものを形として表すのです」
著名なTVプロデューサーでジャーナリストのシャーリー・ニールは、近々刊行される著書『AfroCentric Style: A Celebration of Blackness & Identity in Pop Culture(アフロセントリック・スタイル:ポップカルチャーにおける黒人の存在とそのアイデンティティを称える)』の中で、社会におけるジュエリーの役割に関するこうした捉え方は、アフリカで何世紀も前から受け継がれてきた伝統にそのルーツを求めることができると指摘。その部分でこう述べている。
「ほかの多くの文化と同様、アフリカに住んでいた私たちの祖先は何世紀にもわたって富の象徴である宝石で身を飾ってきました。アフリカ系アメリカ人のヒップホップ・アーティストたちが、ジュエリーを『きらびやかな装飾品』以上のものだと見抜いたことを誇りに思います。彼らにとってそれは、単に注目を集めるためのもの、あるいは富の尺度だけに留まりません。自分たちが生まれながらに持っている権利だと考えているのです」
「ジュエリーは自己実現や自己決定のためのツール」
ヒップホップは、ジュエリーやファッション業界に大きな影響を与えてきた。にもかかわらず、いまだにそうした業界で利益を得ている人々に多様性があるとは言えない。ジュエラーのネルソンはこう分析する。
「私がいるこの業界は、私たちのために作られたものではありません。むしろ、私たちの文化から奪っています。この業界を仕切っている人たちは私たちの文化を取り入れて儲けていますが、私たちには何の見返りもありません。それを買う私たちは消費者であることに慣れきってしまっていますが、私たち自身も作る側になれるのだと示すことに価値があると思います」
これまで長い間、ヒップホップの創始者たちは逆境と拒絶に直面してきた。しかし、ゴーストフェイス・キラーのイーグル・ブレスレットから有名なロッカフェラ・レコードのネックレス、パブリック・エネミーのレザー・メダルまで、ヒップホップやブラック・ディアスポラの文化におけるジュエリーは、金銭やプライド以上のものを表している。それは、諦めずに挑戦し続けることの象徴であり、自己実現や自己決定のためのツールでもある。
共同キュレーターのギルはジュエリーの持つ意味をこう語った。
「ジュエリーは私たちが思っているよりもずっと深く、アメリカ社会に根付いています。ヒップホップ・カルチャーの外にいる人々にとってジュエリーが何を意味するのかを理解し始めたとき、それがどれほどの力を持つのかを実感できるようになるでしょう」(翻訳:野澤朋代)
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