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「世界は危機に直面している」。マリーナ・アブラモヴィッチの初NFT《The Hero(英雄)》に込められたメッセージ

6月中旬、世界的なパフォーマンスアーティストのマリーナ・アブラモヴィッチが、初のNFTプロジェクトを発表した。NFTについて懐疑的な発言をしていたアブラモヴィッチが、なぜ新しい分野に取り組んだのか、作品で伝えたいメッセージは何かなどを聞いた。

マリーナ・アブラモヴィッチ(2018年撮影) Dusan Reljin/Courtesy of CIRCA

NFT化されるのは、アブラモヴィッチの最も個人的なパフォーマンス作品の1つ、《The Hero(英雄)》(2001)だ。

もとの作品では、アブラモヴィッチが白馬にまたがり、優雅にたなびく白い旗を掲げている。背景には、広々とした空の下に木々が並ぶスペインの風景がある。当時死去して間もない父親へのオマージュとして作られたこの作品は、映画として公開されている。アブラモヴィッチの父親は、第2次世界大戦中、旧ユーゴスラビアの国民的英雄だったという。アブラモヴィッチ自身は、1946年にベオグラード(現セルビア)で生まれた。

今回のNFT化は、ロンドンのアート・プラットフォームCIRCA(カルチュラル・インスティチュート・オブ・ラディカル・コンテンポラリー・アート)と共同で取り組んだもの。6月13日から8月13日まで、ロンドンのピカデリーライツ、ニューヨークのタイムズスクエア、そして韓国ソウルのCOEX K-POPスクエアなど、世界各地の街頭スクリーンで上映される。

アブラモヴィッチはさらに、2011年発表の「An Artist's Life Manifesto(アーティストの人生についてのマニフェスト)」を再構成した「The Heroes' Manifesto(英雄たちのマニフェスト)」を執筆している。新しいマニフェストを用意したのは、今日の世界は芸術性よりもヒロイズムを緊急に必要としているからだという。

《The Hero》のNFTは、大量の電力消費を必要とせず環境への負荷が少ないとされるプルーフ・オブ・ステーク型のブロックチェーン、テゾス(Tezos)のプラットフォーム上で発行される。初NFTプロジェクトの詳細は、6月18日にアート・バーゼルで行われた、CIRCAのアーティスティック・ディレクター、ジョセフ・オコナーとの対談で明らかにされた。

ARTnewsはそれに先立ってアブラモヴィッチにメール取材を行い、彼女が最近取り組んでいる「現代におけるヒロイズムのあり方」について、そしてそのテーマをNFTでどう展開するのかを聞いた。

──《The Hero》(2001)がNFT化されます。NFTは賛否両論がある一方で人気もありますが、この発展途上のテクノロジーを取り入れようと考えたのはなぜですか? また、《The Hero》とNFTの関係についても教えてください。

NFTを作ろうと思っていたわけではなかったので、私たちにとっても驚きの展開です。《The Hero》はもともとPAL規格(スクエアフォーマット)で撮影されたので、横幅が広いピカデリーサーカスのスクリーンをこの美しい風景で埋めるためには、さまざまな作業が必要でした。見る人を包み込むような映像にするため、1コマずつスクリーンの比率に合うよう処理していくのに何カ月もかかったんですよ。アイデアは思わぬ時に降ってくるものでなければならないというのが私の持論ですが、1コマ1コマ見ていく中で、新しい何かが浮かび上がってきたんです。

たとえば、風になびく旗の動きが、1コマごとに新たな美しさと特徴を持つことを発見しました。同じコマは2つとありません。風と旗、それらが一緒になって踊り、まるで呼吸する有機体のように動いているんです。私たちは、1つの作品から、何千もの異なるNFTを生み出せる。それは、とても現代的なことだと思います。

テゾス(Tezos)ブロックチェーン上でNFT化された《The Hero》(2001)の静止画 Courtesy of CIRCA

──2月のガーディアン紙のインタビューに、NFTについての質問がありました。それに対してあなたは、新しもの好きではあるけれど、このメディアに関しては良いアイデアやすばらしいコンテンツを見たことがないと答えていましたね。また、NFTはいくら儲かるかという話ばかりだが、自分はお金のためにアートを作ることはないと発言していました。その後、どんな心境の変化があったのでしょうか。

《The Hero》を撮影した2001年は、まだ誰もスマートフォンを持っておらず、ソーシャルメディアも存在しませんでした。それから20年経って世の中はすっかり変わり、私はこの古い作品を新しいメディアでどう表現できるか試してみようと思ったんです。そして、《The Hero》が作られた頃はまだ生まれていなかった若い世代に、どう語りかけられるだろうかと自問しました。作品を作る時は、未来のことを考えなければなりません。アートは常に前を向いているべきです。

Web3(*1)について、またそこで若い人たちがしていることについて、いろいろ読みましたが、これこそ間違いなく未来だと思います。私はメールを打つのがやっとですが、彼らは先端技術を使って人助けをし、熱帯雨林を救うために何百万ドルもの資金を集めています。彼らはヒーローです。私が70年代にパフォーマンスアートで限界を超えようとしたのと同じように、彼らは未来を切り開いている。当時の私は皆からクレイジーだと言われ、私のしていることを理解してくれる人はほとんどいませんでした。


*1 ブロックチェーン技術に基づく次世代のインターネット。現在主流のWeb2.0がプラットフォーム企業にデータや権限などが集中する中央集権型であるのに対し、Web3(Web3.0)は分散型の仕組みでユーザーの自律性が増すと言われている。関連する技術や概念にNFTやDAO(分散型自律組織)などがある。

NFTが手頃な価格で買えて、環境負荷が少ないということも私にとって重要な点です。今回、CIRCAと共に開発したアイデアは、テゾスのブロックチェーン上で展開されるパフォーマンスです。これまでの私のパフォーマンスと同様、リスクを伴いますが、それは主に観客に関するものです。実験というのは、初めての領域に踏み込むことだから、失敗の可能性は高い。成功するかどうかは分かりませんが、未知の世界に立ち向かう勇気を持つことはとても重要です。アーティストは、リスクを取ることをやめてはいけないんです。たとえ75歳になってもね。

──あなたは《The Hero》で英雄の概念を考察しました。なぜ、このタイミングで再びヒーローに焦点を当てようと思ったのでしょうか。

私は、これまで作ってきた作品のそれぞれに、いくつもの人生があると考えています。《The Hero》は、もともと第2次世界大戦でユーゴスラビアの英雄となった父に捧げた作品でした。CIRCA 2022のプロジェクトに参加しないかと誘われたとき、すぐにこの作品のことが思い浮かんだんです。

今、私たちは強烈なイメージを必要としています。そして、馬に乗った《The Hero》のイメージには大きな力があります。私たちは第3次世界大戦、それも核戦争の危機に直面している。誇張しているわけではありません。私の生まれた地域以外の人々は、プーチンの怖さを理解し切れていない。彼にとって、弱さを見せることはあってはならず、そのエゴはまるでヒマラヤ山脈のようです。米国にはない武器を持っていて、もし米国に追い詰められたら、ためらわずにそれを使うでしょう。その結果どうなろうと、彼にとっては知ったことじゃないんです。

私たちは今、本当に危機的な状況に置かれています。こんな時だからこそ、私たちはこの白馬と白い旗を見直すべきなんです。目の前に広がる美しい土地、そして私たちを救うことができるのはヒーローです。全てを犠牲にできるヒーローだけが私たちを救えるんです。

ニューヨークのタイムズスクエアに流れる《The Hero》(2001)のイメージ

──《The Hero》では、NFT版と、数カ月間にわたり世界各地で上映される映像作品の両方で、同じ印象的なイメージが使われています。あなたは堂々とした様子で白馬にまたがり、旗を掲げながら遠くを見据えています。なぜ、世界に向けてこのビジュアルを発信しようと思ったのでしょうか。

このイメージで一番大事なことは、馬に乗っているのが男性ではなく、女性だということです。この映像は数カ月間、毎日世界中に流れます。そのこと自体が過激なのです。ダライ・ラマ法王も「男ではなく、女に生まれ変わる」と言っていました。ついに、という感じですね。これまでとは違うタイプのエネルギーが台頭しているからでしょう。

私は、芸術家とは社会に奉仕する者であり、ある種のメッセージを伝える義務があると本気で思っています。第2次世界大戦中、何人のアーティストが恐怖を表現し、現実を反映した表現をしていたでしょうか? 1940年から1944年までの戦時中、マティスは花だけを描いていました。私にとっては驚きです。彼が美について語っていたということが。

CIRCA 2022のプロジェクトでは、たてがみを風になびかせた馬のイメージを提示しています。旗が風に吹かれ、静かな風景が広がる。ヒーローは前を向き、私がインドで執筆した新しいマニフェストを朗読する音声が流れます。この作品には何かとてもポジティブなものがある。私はそれを世界と共有したいと思いました。どんな恐ろしい光景よりも、このイメージを見せたいのです。

──21世紀の初めにこの作品で理想的な英雄像を演じた時の気持ちはどんなものでしたか。また、世界中でこの映像を見る人々に、あなたのパフォーマンスから何を感じ取ってほしいと思っていますか。

2001年にヒメナ・ブラスケス・アバスカル監督と《The Hero》を撮影したとき、世界は今とまったく違っていました。私たちは、撮影のためスペインの野外アートスペース、モンテメディオ現代財団(MAC財団)を訪れました。全てが変わってしまった9.11のほんの数週間前のことです。今にして思えば、この作品は嵐の前の静けさを捉えていたのかもしれません。

静かに立ち止まるということには、信じられないほどの力があります。長期間街頭で上映されるこの映像を目にする世界中の人々が、一瞬立ち止まってヒロイズムについて考え直してくれたらと願っています。絶望的と思えるような状況でも、自分たちならどんな行動を起こせるかを考えるきっかけにしてほしい。これが、このプロジェクトで伝えたいことです。今、私たちはヒーローを必要としています。アーティストよりも、ヒーローを増やさなければいけません。

──今後についてですが、初めてのNFTでどんなインパクトを与えたいと考えていますか。

収益の一部を慈善事業に寄付するのではなく、この新しい分野で活動する、これはと思える人たちに助成金を授与します。私たちのコミュニティ作りが成功すれば、そこからどんな可能性が開けていくか、将来が楽しみです。

その先は、さらに深いところに目を向けていくことになるでしょう。今まさに進行中の悲劇に対する解決策を見つけたいんです。その解決策をもたらすことができるのは誰でしょうか? それは、ヒーローたちです。全てを犠牲にできる者たち、この世界を照らす新しい光をもたらす人たちです。もし私が今の時代にキャリアをスタートさせるとしたら、そうした活動を展開するはずです。ナディア・トロコンニコワ(*2)は3月に、ウクライナ救済のため670万ドルの資金を集めました。彼女は偉業を達成したんです。


*2 ロシアのバンドで活動家集団「プッシー・ライオット」のメンバー。ロシアのウクライナ侵攻を受けて、分散型自律組織「ウクライナDAO」を立ち上げNFTを販売。収益はウクライナ支援のために使われた。

私は、Web3で地球を救うどんなアイデアが生まれるのかを見てみたい。《The Hero》の NFTプロジェクトから出す助成金は、未来に向けた私のささやかな貢献です。(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年6月13日に掲載されました。元記事はこちら

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