KYOTOGRAPHIE 京都国際芸術祭 2025で必見の8展示。春の京都で、「人間とは何か」を問う

KYOTOGRAPHIE 京都国際芸術祭 2025が開催中だ(5月11日まで)。「写真」にフォーカスし、京都の街中の各施設で展覧会を開催する同芸術祭の今年のテーマは「HUMANITY」。展示プログラムの中から、「人間」とはいかなるものなのか考えるヒントをくれる6作家による8つの展覧会をご紹介する。

JR「Printing the Chronicles of Kyoto」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025

日本では珍しい「写真」にフォーカスした国際芸術祭として2013年にスタートしたKYOTOGRAPHIE 京都国際芸術祭 2025が、5月11日まで開催されている。13回目を数える今年のテーマは「HUMANITY」。同芸術祭の共同創設者・共同ディレクターであるルシール・レイボーズと仲西祐介は、今回の芸術祭を通して、「人間性とは何かをともに探し求めることが、他者への理解の一助となり、この混沌とした世界において自らがすべきことを共有するきっかけとなることを願う」と語る。

芸術祭に参加した14組のアーティストによる16展示は様々な角度から「人間らしさ」を問うもの。1人の人間が紡ぐ物語を称える一方で、人類が歩んだ誤った歴史を風刺するものもある。全ての会場を巡ると、ときに愚かでありながらも美しい「人間」の魅力が浮かび上がってくる。その中から、印象深かった6作家による8展示を紹介する。

JRによる2展示「クロニクル京都 2024」「Printing the Chronicles of Kyoto」

「クロニクル京都 2024」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「Printing the Chronicles of Kyoto」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「Printing the Chronicles of Kyoto」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「Printing the Chronicles of Kyoto」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025

京都駅の改札を出てすぐの壁面に現れる、幅22.5メートル、高さ5メートルの見上げるほどの巨大な作品。大勢のポートレートがコラージュされており、チアリーダーのユニフォームでポーズを決める女の子もいれば、新聞を熟読する男性も。これは、フランスを拠点に活動するアーティスト、JRの「クロニクル」プロジェクトの新作《クロニクル京都2024》だ。JRは昨年11月に京都に2週間滞在し、移動式スタジオで505人を撮影した。

もう1つの展覧会は、かつて京都新聞が印刷工場として使用していたビルが会場だ。ビルの由来にちなみ、会場の壁全体に京都新聞の紙面に「クロニクル」プロジェクトで撮ったポートレートが印刷された用紙が貼られ、一部はまるで刷り終わりの新聞のように天井から吊るされていた。JRは今回の作品について、「これまでと違う方法で街を見ている。これは見る人とこの街を繋ぐ仕掛けにもなっている」と説明する。展示室をさらに進むと、かつて巨大な輪転機が置かれていた工場中心部の真っ暗な空間に出た。するとスポットが灯り、巨大なポートレートが浮かび上がると同時に、被写体が自らについて語る音声が流れる。JRは被写体がそれぞれに持つ物語にも注目し、撮影の際に一人ひとりに話してもらったという。会場で配られる資料のQRコードを読み取ると、全員のストーリーを聴くことができる。

クロニクル京都 2024
場所:京都駅ビル北側通路壁面

Printing the Chronicles of Kyoto
場所:京都新聞ビル地下1F(印刷工場跡)& 1F (京都市中京区烏丸通夷川上ル少将井町239)
時間:10:00~18:00(入場は30分前まで)
休館日:4月28日、5月7日

プシュパマラ・N「Dressing Up: Pushpamala N Mother India, Avega ~ The Passion and The Arrival of Vasco da Gama」

「Dressing Up: Pushpamala N Mother India, Avega ~ The Passion and The Arrival of Vasco da Gama」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「Dressing Up: Pushpamala N Mother India, Avega ~ The Passion and The Arrival of Vasco da Gama」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「Dressing Up: Pushpamala N Mother India, Avega ~ The Passion and The Arrival of Vasco da Gama」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025

プシュパマラ・Nはインドのベンガルールを拠点に活動するアーティスト。彫刻家としてキャリアを開始するが、1990年代半ばから自ら様々な物語の役柄に扮してフォト・パフォーマンスやステージド・フォトの創作を始めた。これらの作品を通してプシュパマラが明らかにするのは、歴史上で「無視されてきた」事実だ。

例えば本展に出品されている《ヴァスコ・ダ・ガマの到着》は、19世紀に描かれた同名の絵画をプシュパマラが脱構築した。インドの王にヴァスコ・ダ・ガマが絵画などの献上品を携えて謁見する様子が描かれているが、王は自信なさげでヴァスコ・ダ・ガマの方が力があるかのような描写だ。だがこれは誤りで、当時のインド王朝は豊かで、王は献上品を大したものではないと一蹴した。また、プシュパマラによれば、ヴァスコ・ダ・ガマは現在インド航路を発見した英雄として語られているが、彼らは当初数学の知識を持っておらず何度も失敗し、インド人の航海士の知識なくしては偉業を成し遂げられなかったという。

また、国民的叙事詩「ラーマーヤナ」のシーンを描いたシリーズも。1930年代のインドの大衆演劇をイメージしたドラマチックな演出で、プシュパマラは同叙事詩の女性登場人物「カイケーイー」、「シュールパナカー」、「シーター」を演じている。これはガンジーが民族独立運動で引用し、現在ではヒンドゥー教原理主義者によって利用されているこの物語が男性の登場人物のみに焦点を当てられ続けた歴史に真っ向から挑んでいる。同展はCHANEL Nexus Hallによる開催だが、6月27日から8月17日まで銀座のCHANEL Nexus Hallでもプシュパマラの個展「Dressing Up: Pushpamala N」が行われる。

Dressing Up: Pushpamala N Mother India, Avega ~ The Passion and The Arrival of Vasco da Gama
場所:京都文化博物館 別館(京都市中京区高倉通り三条上る東片町623-1)
時間:10:00~19:00(入場は30分前まで)
休館日:5月7日

石川真生「アカバナ」

「アカバナ」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「アカバナ」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「アカバナ」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025

1953年沖縄生まれの写真家、石川真生。本展は、一貫して人間を撮り続けている石川が初期の1970年代に制作した「アカバナ」から、2014年から取り組む大作「大琉球写真絵巻」の新作、昨年与那国島と石垣島で撮影された作品へと至る構成になっており、初期と現在の彼女の創作を一度に目にすることが出来る。

「アカバナ」は、沖縄で写真を撮ると決めた石川が「黒人アメリカ兵専用」のバーに密着し、そこでの風景を捉えたシリーズ。当時の沖縄の米軍では人種で分ける慣習が残っており、軍専用バーも「白人用」と「黒人用」に分けられていた。そこで撮られた人々の表情はみな構えが無く自然体だ。その理由について、石川と20年来の交流を持ち、本展に協力した東京オペラシティアートギャラリー チーフ・キュレーターの天野太郎は、石川はまず一人ひとりと多くの対話を重ね、何らかの形で信頼を得た上で写真におさめているためと説明する。事実、石川は同シリーズ制作のためにバーで働きながらコミュニティに没入していった。

昨年石川が与那国島と石垣島などの沖縄周辺の島々で撮影した新作には、自然の中で暮らす人々の笑顔と、自衛隊基地設置の反対運動を行う厳しい表情が対照的に写しとられている。今回の撮影で、石川は普段何気なく使う「離島」という言葉に沖縄本島との差別的意味合いがあることに気が付いたという。琉球は江戸時代に薩摩藩に支配された時に重税が課され、それに対処するため島の人々へ重い人頭税をかけた歴史を持っており、それが今も島民の心の傷として残っている。

アカバナ
場所:誉田屋源兵衛 竹院の間(京都市下京区常葉町烏丸通七条上る)
時間:10:00~18:00(入場は30分前まで)
休館日:5月1日・8日

レティシア・キイによる2展示「LOVE & JUSTICE」・「A KYOTO HAIR-ITAGE」

「LOVE & JUSTICE」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「LOVE & JUSTICE」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「A KYOTO HAIR-ITAGE」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「A KYOTO HAIR-ITAGE」展示風景。Photo: Kazumi Nishimura

レティシア・キイが生まれ育ったコートジボアールでは、植民地期の美意識からストレートの髪と白い肌が美しいという意識が刷り込まれてきた。キイは16歳の時に薬品を使って髪をストレートに伸ばす施術中に失敗し、髪がほとんど抜け落ちてしまう経験をする。そこから、そもそもなぜ髪を変えようとしたのかを考えるようになり、自身のアイデンティティを肯定するために自らの髪を使った「彫刻」を制作し始めた。SNSで発表したところ世界中から多くの反響があり、そこから彼女は、これはアフリカだけの問題ではなく、「私のやっていることは大きな変化が起こせる」と気付いてアーティストとしての歩みをはじめた。

キイは今回2つの展覧会を開催しており、ASPHODELでは彼女が創作を通して伝えたいメッセージが詰まったものになっている。髪を使った彫刻はユーモラスでありながらも、今も世界で無くなることなない「レイプ・カルチャー」や「児童婚」、「産む・産まないの選択権」などによって女性が置かれている理不尽な状況や、「自身を受け入れ、愛することの大切さ」を訴えている。

出町桝形商店街での展示は、キイが昨年の12月に2週間京都で行ったアーティスト・イン・レジデンスの集大成だ。今回が初来日で、幼少期に父から折り紙の鶴の折り方を教わって以来、日本に憧れがあったという。彼女は同商店街や寺院、お茶屋、料亭など京都ならではの場所をリサーチした。「京都には鳥居がどこにでもあるから、自分も鳥居になろうと思って」髪を鳥居型にしたものなど、ユニークな11点が並ぶ。「私の作品を楽しんで、笑顔になってほしい」とキイは話す。

LOVE & JUSTICE
場所:ASPHODEL(京都府京都市東山区末吉町99-10)
時間:10:00~19:00(入場は30分前まで)
休館日:4月30日、5月7日

A KYOTO HAIR-ITAGE
場所:出町桝形商店街 ― DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space(京都市上京区三栄町-62)
時間:10:00~18:00(入場は30分前まで)
休館日:4月28日、5月7日

イーモン・ドイル「K」

「K」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「K」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「K」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025

東本願寺大玄関の広間に並ぶ巨大な写真群は、いずれも荒涼とした風景を背景に、うつむいた人間に布をかぶせたようなオブジェを撮ったもの。会場に流れる低い歌声ともあいまって、おのずと厳粛な気持ちにさせられる。これは、写真家イーモン・ドイルの母キャサリンの死後、彼女の遺品から発見された何百通もの手紙から生まれた作品であり、これらの手紙は、母キャサリンが、18年前に33歳で死去したドイルの兄キアランに宛てて書き続けたものだった。ドイルは、故郷アイルランドに母の墓石を探しに採石場に行った時に見た景色と、以前、詩人イェイツの作品が原作の舞台で見た、スカーフの色だけで7人の女神を演じ分ける役者の姿が重なり、愛する人の死を悼む同作のイメージが生まれたという。

大玄関の入り口には、母キャサリンが亡き息子に向けて書き続けた手紙を大きな布に何層にも重ねた作品も展示されている。体裁を整えずにノートの端まで一心不乱に綴られた言葉に、子を失った母の深い悲しみが伝わってくる。同展に流れるサウンドは、この作品を受けてデイビッド・ドノホーが制作した。アイルランドで伝わる「キーン」と呼ばれる死者を悼む哀歌のうち、1951年に収録された「亡き子のためのキーン」を何重にも重ね音響作品に仕上げたという。

K
場所:東本願寺 大玄関(京都市下京区常葉町烏丸通七条上る)
時間:10:00~17:00(入場は30分前まで)
休館日:4月30日、5月7日

グラシエラ・イトゥルビデ「グラシエラ・イトゥルビデ」

「グラシエラ・イトゥルビデ」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「グラシエラ・イトゥルビデ」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
「グラシエラ・イトゥルビデ」展示風景。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025

1942年メキシコ生まれの写真家、グラシエラ・イトゥルビデの日本初となる回顧展。1969年にメキシコ国立自治大学の映画研究センターで映画を学び、60年にわたる活動の中でハッセルブラッド国際写真賞、ウィリアム・クライン賞などを受賞している。

本展ではイトゥルビデの初期から現在までに至る作品と、2014年に来日した際に撮影した未公開作品が並ぶ。イトゥルビデは世界中を旅し、数々の出会いをファインダーにおさめてきた。中でも印象的だったのは1970年代後半、ソノラ砂漠の流浪の漁民セリ族とイトゥルビデが共に暮らしながら撮ったシリーズだ。蝶ネクタイで着飾った男性や、ラジオを携えながら仕事に向かう女性など、流浪の民というイメージとは異なる生活シーンが切り取られている。本展はセノグラフィも特徴的で、モノクロのイトゥルビデの作品を日本の左官職人が手掛けた温かみのある風合いの壁が引き立てていた。

グラシエラ・イトゥルビデ
場所:京都市美術館 別館(京都市左京区岡崎最勝寺町13)
時間:10:00~17:30(入場は30分前まで)
休館日:なし


KYOTOGRAPHIE 京都国際芸術祭
会期:4月12日(土)〜5月11日(日)
会場:京都市内各所
時間:会場に準じる

同期間に開催される関連イベントKG+もチェックしておきたい。京都市内各所で100以上の展覧会が行われるほか、今後の活躍が期待される写真家やキュレーターを対象とした公募型のコンペティション「KG+SELECT」(堀川御池ギャラリー)も必見。

KG+
会期:4月12日(土)〜5月11日(日)
会場:京都市内各所
時間:会場に準じる

あわせて読みたい