個展オープニングで逮捕されたアイザック・ライトに聞くアートの力。なぜ彼は高所から都市を撮るのか

ニューヨークギャラリーで、個展のオープニングレセプション中に当のアーティストが逮捕されるというショッキングな出来事が起きた。起訴後に保釈されたこの作家、目も眩むような高所から撮影した驚異的な写真で知られるアイザック・ライトに、US版ARTnewsがインタビューを行った。

エンパイア・ステート・ビルの最上部でアイザック・ライトが撮影した《Empire State of Mind(エンパイア・ステート・オブ・マインド)(2024)。この写真のためにライトは警察に逮捕された。Photo: Robert Mann Gallery
エンパイア・ステート・ビルの最上部でアイザック・ライトが撮影した《Empire State of Mind(エンパイア・ステート・オブ・マインド)(2024)。この写真のためにライトは警察に逮捕された。Photo: Robert Mann Gallery

「ドリフト」の活動名で知られる都市探検家(*1)でアーティストのアイザック・ライトが、5月15日にチェルシーのロバート・マン・ギャラリーで逮捕された。折しも、彼の個展「Coming Home(帰郷)」のオープニングレセプションが開かれている最中にニューヨーク市警の警官4人に連行され、ニューヨーク州法ではクラスBの軽犯罪にあたる第3級不法侵入で起訴された。その後保釈されたライトの容疑は、エンパイア・ステート・ビルをよじ登り、撮影を行ったこと。その写真、《Empire State of Mind(エンパイア・ステート・オブ・マインド)》(2024)は、開催中の個展でも展示されている。

*1 都市部の廃墟や立入禁止の場所(主にビルやトンネルなどの建造物)に侵入し、その体験や新しい発見を記録する人。

立入禁止のフェンスを乗り越えて高層建築によじ登り、高所から下界を見下ろす写真を撮影するライトには、ニューヨークのイーストリバーに架かるクイーンズボロ橋の上から取った作品もある。不法侵入で逮捕されるのは今回が4回目で、2020年12月にシンシナティで3つの建造物に登った罪では4カ月間収監された。そのとき警察は、州を跨いだ広域捜査の末、高速道路を封鎖して彼を逮捕している。

「Coming Home」は彼にとってニューヨークでの初めての個展。逮捕劇が起きたレセプションが開催される数日前の5月10日、ニューヨーク・タイムズ紙がライトを紹介する記事を掲載していた。また、ロバート・マン・ギャラリーの創設者、ロバート・マンは、ライトに関するUS版ARTnewsのメール取材にこう答えている。

「オープニングレセプションは大盛況で、大勢の人々が集まり、会場は熱気に溢れていました。予期せぬ出来事もありましたが、私たちはこれまで通りアイザックのビジョンを世に広めていきますし、多くの人に展覧会を見にきてほしいと願っています。歴史が示すように、現状に立ち向かう気骨ある作品には、私たちの世界の見方を変える力があるのです」

一方、ライトはUS版ARTnewsのインタビューで、ギャラリーにいた400人の目の前で逮捕されたときのことや、写真に命を賭ける理由、心の健康を保つのにアートがどう役立っているかなどについて話してくれた。

予期せぬ逮捕の理由はエンパイア・ステート・ビルで撮った作品

──オープニングの夜のギャラリーには、あなたが逮捕される前から私服警官がいたとされていますが、本当ですか?

本当です。場違いな感じがする人がいるとは思っていましたが、ただ静かに作品を鑑賞しているのだろうと、そこまで気にしていませんでした。彼は誰とも話さず、2時間以上いろいろな作品を見続けていたんです。ちょっと変だなとは思いましたが、まさか自分が逮捕されるとは思いませんでした。逮捕状が出ていると教えてくれる人もいませんでしたし、私は何も知らずただオープニングに出るためにそこにいたんです。

──警察に追われていることを知らなかったんですか?

ええ。突然のことで驚きました。作品を見に来た人たちと話している最中に逮捕されたんです。背後から「ライトさん、手を後ろに回してください」という声が聞こえて、最初は友人が私をからかっているのかと思いました。けれど、振り向くと4人の警官が立っていた。2人は私服警官で、残りの2人はニューヨーク市警の制服姿でした。

異様な光景ではありましたが、以前に逮捕されたときと違って警官は暴力的ではなかったし、高圧的でもありませんでした。アリゾナ、オハイオ、ケンタッキー州で逮捕されたときは、丸腰の私を捕えるのに毎回10人前後の重装備の警官がいたのです。でも今回の警官は紳士的で、パトカーの後部座席にいる私に、本当はもっと早く逮捕するつもりだったが、作品が気に入ったので、せっかくのレセプションを楽しめるように2、3時間待ったのだと教えてくれました。

──ニューヨーク・タイムズ紙の報道によると、逮捕の理由はエンパイア・ステート・ビルに登ったことだそうですね。

ビルに登った現場を押さえられたわけではないし、かなり前のことなんです。未決着の事件なので詳しくは話せませんが、警察が逮捕状を出したのは、私が数カ月前、インスタグラムにあの写真、つまり2024年にエンパイア・ステート・ビルの上から撮影した《Empire State of Mind》を投稿したことが理由だそうです。ロバート・マン・ギャラリーでの個展にも展示されています。

──なぜ警察はわざわざオープニングで逮捕したのだと思いますか?

見せしめ的な意図かもしれませんが、あまり悪い方に勘ぐりたくはありません。警官たちは、私の住所がニューヨーク州の外だからだと言っていました。必ずその場にいるとわかっていたので、ギャラリーで逮捕することにしたんだそうです。彼らはとても親切で、理不尽なところはありませんでした。単に自分たちの仕事をしただけです。

──ロバート・マン・ギャラリーでのオープニングがこれほどメディアで注目されたのは、警察のおかげだとも言えますね。

ある意味そうです。ただ、正直言うと、本質的でない理由で注目されることにはうんざりしているんです。もし私が、絵画や彫刻、あるいは別のタイプの写真作品でこれほど多作だったなら、作品自体がもっと注目されていたと思います。私の作品は美しく、目を引きますし、革新的です。身体的主体性が脅かされている今、世界に対する見方を変える力がそこに感じられればと思っています。私は、既存の体制や価値観に挑戦し、見る人に考えさせる作品を作りたい。現代アートには、アーティストが自分の全存在を賭けて作った作品が少なすぎると感じます。

──作品を作るために、法律に違反する必要はあるのでしょうか。

ビルが立ち入りを許可してくれない限り、仕方ありません。

転換期のいま、世界を変えるつもりで作品を作る

──高層ビルを登っているとき、「もうやめたい」と思うような危険な目にあったことはありますか?

私は今、大きな転換期にいます。もう何カ月も建物に登っていないし、作風を大きく変えたいと思っているんです。過剰に注目されることで作品の本質が見失われては本末転倒です。自分の作品は極めて歴史的なものだと思います。いつか現代アート史の中で揺るぎない地位を占めるはずだと信じてやっていますし、みんなが作品の背後にあるものに目を向けてくれれば、私が何を言おうとしているのか分かるはずです。これまで作品を作るため、いろいろな苦労や法的な問題に直面してきました。50年間刑務所に入れられるとわかっていて、作品を作り続けられるアーティストがどれほどいるでしょうか。高いところが好きだということ以上に、私に表現したいことがあるのは明白でしょう。

──あなたは、写真を撮ることが精神を健全に保つのに役立っていると言っています。それがどれほど重要なことなのか、もう少し詳しく教えていただけますか?

私は2023年に双極性障害Ⅰ型と診断されました。軍隊を辞めて以降、PTSD、うつ、躁病とも闘っていました。アリゾナで警察が高速道路を通行止めにして私を逮捕した一件が大きなトラウマとなって、記憶がごっそり抜けたり、気分の浮き沈みが激しくなったりと、精神状態はさらに悪化しました。

敏感で物事を強烈に感じてしまうタイプの私にとって写真はカタルシスのようなもので、能動的に何かを創作していると脳のスイッチを完全にオフにできるのです。作品の制作中はいつも、頭の中で抑え込まれていたエネルギーが解放されるのを感じます。それに、作品制作は混乱した状況を理解するのに役立ちます。アーティストの中にはニューロダイバージェント(*2)の人が少なくありませんが、私もその1人です。ニューロダイバージェントである私にとって、スイッチをオフにできる方法があるのはありがたいことです。

*2 神経多様性(neurodivergent, neurodiversity)とは、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)、LD(学習障害)など、脳や神経に由来する個人の特性を多様性として捉える概念。

収監されるのは誰にとっても辛い体験ですし、過去3回の逮捕で私が警察から受けた扱いはひどいものでした。しかも私は黒人です。人種をことさら問題にするのは気が進まないけれど、やはりその点については言っておきたいと思います。私はアメリカで暮らしていて、そこで武装した警官に3度も逮捕されましたが、いつも丸腰でした。軍隊に所属したことがある若い黒人の私は、統計的には死んでいてもおかしくありませんが、そうした体験を生き延びたんです。50年間刑務所から出られないと脅されたこともあります。ビルに登って写真を撮っただけなのに、腑に落ちないし、筋が通らない話だと思います。

──今後、別の表現媒体に挑戦する予定はありますか?

写真をベースにしたマルチメディア作品を作りたいと思っています。映像制作にも今より深く関わりたいですし、絵を独学で勉強したいとも考えています。表現したいことはたくさんありますが、何をするにせよ、現状に挑戦し、世界を変えるつもりでやります。今回のロバート・マン・ギャラリーでの個展は今までとは一線を画すもので、私のキャリアを決定づけるものになるでしょう。アートは世間一般の意見に挑むべきだし、議論を生み出すものであるべきです。(翻訳:野澤朋代)

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