2026年ヴェネチア・ビエンナーレのテーマは「In Minor Keys(短調で)」。コヨ・クオの遺志を継ぐ

5月上旬、2026年ヴェネチア・ビエンナーレの芸術監督、コヨ・クオが急逝した。その後の対応が注視されていたが、ビエンナーレ側がプレスカンファレンスを開催し2026年のテーマを発表、クオの構想を実現させることを明らかにした。

2024年の第60回ヴェネチア・ビエンナーレ。Photo: Simone Padovani/Getty Images
2024年の第60回ヴェネチア・ビエンナーレ。Photo: Simone Padovani/Getty Images

2026年ヴェネチア・ビエンナーレの芸術監督コヨ・クオが5月10日に急逝したのを受け、5月27日、同芸術祭の関係者が2026年のテーマを発表し、クオが構想を練っていたメイン展示の企画を実現することを明らかにした。彼女は、亡くなる前にアーティスト選定や委託作品の検討、プログラムの計画を始めており、展覧会の中心となるコンセプトもすでに考えていた。訃報が伝えられたのは、メイン展示のテーマ発表まで2週間を切るタイミングだった。

メイン展示のテーマは、「In Minor Keys(短調で)」。当初の予定通り2026年5月9日に開幕する予定で、クオの選んだ5人のアドバイザーが引き続き企画を進めていく。5人の顔ぶれは、キュレーターのゲイブ・ベックハースト・フェイジョー、マリー・エレーヌ・ペレイラ、ラシャ・サルティの3人に加え、資料編集を担当する批評家のシッダールタ・ミッター、そしてチームのアシスタントを務めるローリー・ツァパイだ。

ビエンナーレ広報担当責任者のクリスティアーナ・コスタンツォは5月27日のプレスカンファレンスで、展覧会を計画通り実現させる方針はクオの遺族による「全面的な支持」のもとに決定されたと述べている。カンファレンスで明かされたところによると、クオはビエンナーレが彼女の提案を受理した2024年10月中旬から2025年5月上旬まで、展覧会の企画案に取り組んでいた。

クオの言葉を引用して発表された2026年ビエンナーレのテーマ

57歳で亡くなったクオは、最近がんと診断され、治療を受けていたという。カメルーン生まれ、スイス育ちで、以前は南アフリカのケープタウンにあるツァイツ・アフリカ現代美術館でエグゼクティブディレクター兼チーフキュレーターを務めていた彼女は、昨年12月にヴェネチア・ビエンナーレの芸術監督に就任。アフリカ出身者として2人目、黒人女性としては初めての栄誉だった。

27日のプレスカンファレンスは、笑顔でヴェネチアへの歓迎メッセージを伝えるクオの短い動画で始まり、プレスルームにいた人々は動画が終わるとみな立ち上がって拍手を送った。続いて、キュレトリアルアドバイザーの1人であるサルティが、クオのコンセプトについてのプレゼンテーションを、こんな呼びかけから始めた。

「深呼吸をしてください。息を吐いて、肩の力を抜いて、目を閉じてください」

コヨ・クオ。Photo: Dave Southwood for ARTnews
コヨ・クオ。Photo: Dave Southwood for ARTnews

これはクオ自身が書いた文章から引用されたもので、スローダウンすることがより良い展覧会につながると説明されている。「短調はオーケストラのような派手さとは相容れません」と、サルティはクオの言葉を読み上げた。

やはりアドバイザーを務めるペレイラは、「短調は、感情を呼び起こし、その感情を持続させるような聴き方を求めます。短調は、果てしなく豊かな生態系を持つ小さな島でもあります」と続けた。さらにベックハースト・フェイジョーは、2026年は「感覚的なもの、感情的なもの、主観的なもの」に重点を置いたビエンナーレになると述べている。

それに加えてミッターは、「恐しい光景を拒絶しながら、短調の音色やささやくような声に耳を傾け、全ての生き物の尊厳に配慮がなされるオアシスや島々を見つける時が来たのです」と述べ、「社会とシームレスに融合する」ような創作的実践を行うアーティストに焦点を当てることを発表した。

アドバイザーたちの背後には、都市の街並みや洞窟画、青い海に囲まれた小さな島のスライドショーが流れ、プレゼンテーションには世の中に大きな影響を与えた思想家たちの言葉が数多く引用されていた。たとえば、マルティニーク生まれでフランスを拠点に活動し、「不透明性への権利」という言葉を残した作家エドゥアール・グリッサン、『ビラヴド』などの著作で知られるアメリカの小説家トニ・モリスン、南アフリカのアパルトヘイトとの闘いでヒーローとなったモザンビーク生まれのパトリック・チャムーソ、『ジョヴァンニの部屋』などの著書があるアメリカの詩人・小説家、ジェームズ・ボールドウィンなどだ。

「クオの設計通り、思い描いた通りに」

世界最大の美術展とされるヴェネチア・ビエンナーレでは、特定のテーマや、ゆるやかな方向性に沿ったメイン展示と、世界各国が自国の代表として選んだアーティストの展覧会が開催される。しかし、過去100年余のビエンナーレの歴史で、メイン展示の準備中に芸術監督が亡くなったのは今回が初めてだ。ただし、国際情勢に影響する出来事で変更を余儀なくされた例はあり、1974年はクーデターによって権力を握ったチリのピノチェト政権への抗議として、「民主的で反ファシズム的な文化のためのビエンナーレ」がメイン展示の代わりに開催された。また、2020年に始まったコロナ禍では、2021年の開催が翌年に延期されている。

ビエンナーレのプレゼンテーションで紹介された、クオのインスタグラム・ストーリーズ。
ビエンナーレのプレゼンテーションで紹介された、クオのインスタグラム・ストーリーズ。

ビエンナーレのピエトランジェロ・ブッタフォーコ会長は、2026年のビエンナーレの開催に大きな影響は出ていないことを強調し、こう述べた。

「私たちは彼女が設計した通りに、彼女が思い描いた通りに、彼女が個人的に私に委ねた通りに展覧会を実現していきます。ビエンナーレは過去100年間やってきたことを、今もやり続けているのです」

ブッタフォーコはまた、クオがビエンナーレの芸術監督に選ばれたことを知った瞬間について言及し、「このことを母に伝えてもいいですか?」と聞かれたことを明かした。さらに彼はこう続けた。

「コヨ(・クオ)の展覧会は私たちに語りかけてきます。これまでの代々のキュレーターによる展覧会や、彼女の後継者となる未来のキュレーターの企画展と対峙するものです」

プレスカンファレンスの終わりには、キュレーターチームのアシスタントであるツァパイによって、クオが2022年に書いた文章が読み上げられた。

「正直なところ、私は疲れています。人々は疲れています。私たちは皆疲れ、世界は疲れています。アートそのものも疲れています。おそらく時が来たのです。私たちには何か別のものが必要です。癒しが、笑いが必要です。美に触れること、たくさんの美に触れることが必要です。遊び、詩に触れることが必要です。愛を取り戻すことが必要です。私たちはダンスをしなくてはなりません。休息し、回復しなくてはなりません。呼吸し、喜びの根本を味わなければなりません。その時が来たのです」

クオのメイン展示に参加するアーティストが明らかになるのは2026年になってからだが、すでにいくつかの国が国別パビリオンの代表アーティストを発表している。メイン展示とは連動せずに行われる各国パビリオンの展示は、クオのテーマとは別の企画で開催される。(翻訳:清水玲奈)

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