熱気に満ちたアート・バーゼルのベストブース9。ライアン・ガンダーの「アイス」が床に落ち、フロアにはゴキブリ!

世界最大規模のアートフェア、アート・バーゼルが始まった(6月22日まで)。6月17日のVIPプレビューでは開場すぐに大勢の観客であふれ、その熱量は年々増している。US版ARTnewsが、今年の同フェアを象徴するベストブースを選んだ。

2025年アート・バーゼルの会場風景。Photo:Sara Barth/Courtesy Art Basel
2025年アート・バーゼルの会場風景。Photo:Sara Barth/Courtesy Art Basel

世界で最も歴史があり、最大規模のアートフェアアート・バーゼルスイスのメッセ・バーゼルで始まった(6月22日まで)。今年は42カ国から289ギャラリー、4000人を超えるアーティストが参加。昨年に比べて4ギャラリー減ったものの、ほぼ同規模での開催となった。

フェアに対する参加者の熱量は年々増しているようだ。6月17日のVIPプレビューでは、午前11時の開場目がけて例年以上に長い列が生まれていた。オープンすると瞬く間に会場は人であふれ、ペースやガゴシアンなどのメガギャラリーのブースは満員状態となった。

1970年の第1回から55年目となる今年は、ロンドンのアルカディア・ミッサやロサンゼルスのフランソワ・ゲバリーを含む19ギャラリーが初参加し、日本大阪のサード・ギャラリー・アヤ、北京のコミューン、ロンドンのエマリン、プラハのハント・カストナー、パリのギャラリー・ル・ミノトールがメインセクションへの昇格を果たした。ほか、日本に拠点を持つギャラリーはブラム、タカ・イシイギャラリーファーガス&マカフリー、ペース、ペロタン東京画廊+ BTAPが出展している。

今回は、メインの「ギャラリーズ」や大型作品を集めた「アンリミテッド」、20世紀のアーティストに再注目する「フィーチャー」などのセクションに加え、過去5年間に制作された作品を対象とした「プレミア」が新設された。今年の傾向についてUS版ARTnewsが複数のディーラーに取材したところ、モダンアートが復活を遂げている一方で、ファイバーアートや女性アーティストによる作品の人気が高まっているという。

それでは、2025年のアート・バーゼルでUS版ARTnewsが選んだ9つのベストブースを紹介しよう。(作家名/ギャラリー名)

1. Omar Ba/Templon(オマル・バ/テンプロン)

オマル・バ作品。Photo: Sarah Belmont for ARTnews
オマル・バ作品。Photo: Sarah Belmont for ARTnews

フランスの主要なギャラリーの1つであるテンプロンは、今年9月にニューヨーク拠点で個展を控えるセネガル人画家のオマール・バをはじめ、ヴァレリオ・アダミ、マルタン・バレ、イヴァン・ナヴァロなど総勢21人ものアーティストを紹介している。特に目を引いたのは、フェア開催のわずか数日前に完成したというバの最新作だ。バは木枠に張る前のキャンバス生地を地面と水平に置き、黒い下地を塗ることで作品に深みと質感を生み出す。画材として使われるアクリル絵具やBICペン、修正液などの様々な素材の組み合わせと、繰り返し描かれる旗のモチーフは、アフリカと世界のほかの地域との力関係の探求を反映している。

2. Maria Lassnig and Emily Mae/Petzel(マリア・ラスニック&エミリー・メイ・スミス/ペッツェル)

マリア・ラスニック《Blauer Weicher(柔らかな青)》(1998)Photo: Sarah Belmont for ARTnews
マリア・ラスニック《Blauer Weicher(柔らかな青)》(1998)Photo: Sarah Belmont for ARTnews

「この青を基調とした抽象画は自画像なのだろうか?」これは、オーストリアを拠点に活躍した画家マリア・ラスニック(1919-2014)が1998年に制作した未公開の作品《Blauer Weicher(柔らかな青)》が提起する疑問だ。ラスニックは、「身体意識」というテーマを探求する一環として、自身を描いたことで知られている。彼女の目的は、自分がどのように見えたかではなく、どのように感じたかを画布に捉えることだった。だがペッツェルの代表は、「1990年代の彼女の鼻の描き方が見られるので、この作品が自画像である可能性を感じさせはしますが、それを確証するものは何もありません」と語る。この《Blauer Weicher》の謎をさらに深めるように、ブリュッセルのマグリット美術館で個展を開催したばかりのエミリー・メイ・スミスによる、擬人化された顔の無い箒が弓を持ち、顔と胴体に矢を射られている絵画《The Huntress, Detourne》(2025)が展示されている。

3. Marcel Duchamp/Galerie 1900–2000(マルセル・デュシャン/ギャルリー1900–2000)

マルセル・デュシャン《L.H.O.O.Q. Rasée》(1965)Photo: Sarah Belmont for ARTnews
マルセル・デュシャン《L.H.O.O.Q. Rasée》(1965)Photo: Sarah Belmont for ARTnews

ギャルリー1900−2000のブースの一角は、アプロプリエーション(盗用)をテーマにしている。この一角の目玉は、マルセル・デュシャンの《L.H.O.O.Q. Rasée》(1965)だ(フランス語で発音すると、「L.H.O.O.Q.」は「Elle a chaud au cul(彼女のお尻は熱い)」のように聞こえる)。モナリザの絵はがきにひげを描き加え、「L.H.O.O.Q.」と書き込んだこの作品は1919年に考案された。40年後、デュシャンは自分の過去作を再び取り上げ、モナリザと「Shaved(剃った)」という文字が入ったトランプの形をしたディナーの招待状30枚を送った。このバージョンは、すでにシリーズのなかから2点を所有するプライベートコレクターに、フェアが始まって2時間も経たないうちに売れたという。

4. Superflex/von Bartha(スーパーフレックス/フォン・バルタ)

スーパーフレックス作品。Photo: Sarah Belmont for ARTnews
スーパーフレックス作品。Photo: Sarah Belmont for ARTnews

フォン・バルタのブースの壁がピンクでなければ、隣接する白い壁にピン留めされたゴキブリたちを見落としてしまうかもしれない。だが、一度目にするとじっくりと見ずにはいられなくなり、まるで本物のように見える。「ゴキブリは古代から存在している生物です。この虫は私たちより長生きする可能性がありますが、ゴキブリをこの場に展示できるということは、主導権はまだ私たちが握っていることを示しているのです」と、ギャラリーの担当者はUS版ARTnewsに語った。パブリックアートデザイン作品を多く手がけるアートコレクティブ、スーパーフレックスは、ゴキブリを3Dプリントする前に、人々を催眠術にかけて、虫の視点から気候変動について考えさせるプロジェクトを2009年に実施。デンマークに拠点を置く3人のアーティストはこれ以外にも、来館者にゴキブリのコスチュームを着せ、ロンドン科学博物館をめぐるツアーも手がけている。彼らは依然としてゴキブリに魅了され続けているようだ。

5. Ryan Gander etc./Esther Schipper(ライアン・ガンダーほか/エスター・シッパー)

ライアン・ガンダー《Moving Object, or Stability Metrics》(2025)Photo: Sarah Belmont for ARTnews
ライアン・ガンダー《Moving Object, or Stability Metrics》(2025)Photo: Sarah Belmont for ARTnews

ドイツベルリンにギャラリーを構えるエスター・シッパーのブースには、壁面作品に加えて、床にも興味深い作品が設置されている。サイモン・フジワラの記念碑的な三連画《Studio Who? (Red Room)》(2025)には、デュシャンの《階段を降りる裸体》からマネの《オリンピア》まで、美術史上の名作を模した画が描かれている。ブースの右側に目を向けると、一口くらいしか食べられていないバニラアイスが床に落ちていた。これはライアン・ガンダーによるブロンズ彫刻《Moving Object, or Stability Metrics》(2025)で、意図的なものと偶発的なものの間にある緊張関係を探るシリーズの一部だ。ガンダー作品の近くには、マーティン・ボイスの《Somewhere There Are Trees》が展示されており、赤いパラフィンワックスでコーティングされた紙が展開されていた。

6. Isa Genzken/neugerriemschneider(イザ・ゲンツケン/ノイガーリームシュナイダー)

イザ・ゲンツケン《U.S. Boots》(2004)Photo: Sarah Belmont for ARTnews
イザ・ゲンツケン《U.S. Boots》(2004)Photo: Sarah Belmont for ARTnews

ベルリンを拠点とするノイガーリームシュナイダーは、イザ・ゲンツケンの《U.S. Boots》(2004)を出品。この印象的なインスタレーションは、四角い白い台座の上に人工毛皮、ピンクの発泡材、金属、プラスチックの断片、そして白いゴム長靴といった物体が配置されている。ゲンツケンが手がけるシリーズ「Empire/Vampire, Who Kills Death」の一部でもある《U.S. Boots》は、大量生産された日用品を使って彫刻的なアッサンブラージュを制作し始めた彼女のキャリアの転換点を示す作品だ。

7. Lonnie Holley/Edel Assanti(ロニー・ホリー/エデル・アサンティ)

ロニー・ホリー《Without Skin(皮膚なしに)》(2024)Photo: Sarah Belmont for ARTnews
ロニー・ホリー《Without Skin(皮膚なしに)》(2024)Photo: Sarah Belmont for ARTnews

アート・バーゼルのプレミア部門に初出展したロンドンのエデル・アサンティは、今年のアンリミテッド部門にも参加しているロニー・ホリーの個展を開催。ホリーは1950年生まれのアフリカ系アメリカ人。ブースの中央には、2024年の新作インスタレーション《Without Skin(皮膚なしに)》が配置されている。本作は、厚手の赤い消防ホースを木製の椅子の山に巻きつけた作品で、1950年代から60年代のアメリカ公民権運動の抗議者に向けて使用された放水ホースを素材として参照している。その水圧は背中の皮膚を剥がしてしまうほど強烈だったという。背後の壁面には、絡み合う人物の横顔を描いた絵画と、2025年の新作《The Mourning Bench(The last Shall Be First/朝のベンチ[最後は最初となる]》と題された木製の教会椅子が展示されており、絵画の切り抜きモチーフと呼応している。

8. Lin May Saeed/Jacky Strenz(リン・メイ・サイード/ジャッキー・ストレンツ

リン・メイ・サイードによる2023年の立体作品。Photo: Sarah Belmont for ARTnews
リン・メイ・サイードによる2023年の立体作品。Photo: Sarah Belmont for ARTnews

同じくプレミア部門に初出展したドイツのギャラリー・ジャッキー・ストレンツで注目すべきは、昨年のアート・バーゼルでブース全体を捧げたリン・メイ・サイードによる、昨年とは異なる作品だ。動物の尊厳を訴え続けた作家が2006年に制作を開始し、作家自身が「希望の作品」と定義した「The Liberation of Animals from their Cages(檻からの動物解放)」シリーズに属する本作は、彼女が亡くなった2023年に制作された。虹の架かる風景の中で、象、キリン、青い肌の音楽家、猿などが平和に共存する光景が表現されたソフトトーンの彫刻で、発泡スチロール、ブロンズ、段ボールが用いられている。

9. Gabrielle Goliath/Raffaela Cortese(ガブリエル・ゴライアス/ラファエラ・コルテーゼ)

ガブリエル・ゴライアス「Personal Accounts(個人的証言)」Photo: Sarah Belmont for ARTnews
ガブリエル・ゴライアス「Personal Accounts(個人的証言)」Photo: Sarah Belmont for ARTnews

ラファエラ・コルテーゼのブースから聞こえてくるのは、つぶやき、深い息づかい、飲み込む音。これらは、ガブリエル・ゴライアスが継続して制作している「Personal Accounts(個人的証言)」プロジェクトの一部である3面スクリーンのインスタレーションから発せられる音だ。このプロジェクトは、黒人、褐色人種、先住民、クィア、ノンバイナリー、トランスジェンダーの人々の証言を記録したもの。暴力やトラウマを扱うことの多い各証言は、生き抜き、前進するための希望のメッセージでもある。しかしゴライアスは彼らの言葉の大部分をカットし、代わりにこれらの言語外要素を強調することで、あえて物語を鑑賞者に提供しない手法を取っている。アートバーゼルで展示されているのは、2014年に同性婚禁止法案の可決を国営テレビで発表しなければならなかったナイジェリアのニュースキャスター、デインデ・ファラセの物語を扱った作品。法案の可決により、彼はナイジェリアを離れ、LGBTQ+の権利が憲法で保障されている南アフリカへと移住した。中央のパネルでは、完全にカミングアウトする前に亡くなった愛する母親について語っている。両脇では、アメリカに住む協力的な兄と、彼に背を向けた弟について言及している。(翻訳:編集部)

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