積層する「時間」と手わざが導く美──クレドール スペシャルイベント in 京都レポート
日本発の高級ドレスウオッチブランド「CREDOR(クレドール)」は3月29日、京都・四条通にある単独路面店「クレドールサロン 京都」で一夜限りのイベントを開催した。曲木造形作家の亘章吾をゲストに迎え、作品制作における思想や手わざのあり方、そして腕時計づくりとの共鳴について、クレドールの商品企画担当者とともに語り合った。

1974年に誕生し、高級ドレスウオッチブランドとして半世紀以上の歴史を誇る、セイコーの独立ブランド、クレドールが、3月29日、曲木造形作家の亘(わたり)章吾をゲストに迎え、京都・四条通にある「クレドールサロン 京都」で一夜限りのイベントを開催した。
フランス語で「黄金の頂き」を意味するその名の通り、クレドールは、ミクロ単位で部品同士の隙間(クリアランス)を調整する高度な加工技術などによって、厚さ1.98ミリという極薄ムーブメントに象徴される優雅なプロポーションを実現してきた。また、蒔絵や七宝など日本の伝統工芸を積極的に取り入れたダイヤルを開発するなど、ミニマルで静寂な佇まいの中に高度な審美性と工芸性が息づく腕時計を生み出してきた。

その美意識に呼応する存在として招かれた亘は、吉野檜を用いた曲木作品で国内外から注目を集める作家だ。飛騨高山「森林たくみ塾」で指物技術を学び、アイルランドでジョセフ・ウォルシュのもと曲木技法を習得したのち、中川木工芸比良工房での木桶制作を経て、独自の彫刻表現へと展開。現在は、曲木による有機的な造形を軸に活動している。
両者は2024年、クレドール誕生50周年を機に協働し、亘はクレドールの4つの時計コレクション──「Masterpiece Collection 叡智Ⅱ」「Locomotive」「Goldfeather」「Kuon」──から着想を得た曲木作品《SHIKI-雪月風花》を制作した。本イベントでは、その作品群が再び披露され、希少な吉野檜による柔らかな曲線が、ドレスウオッチの持つ緊張感ある佇まいを空間的に拡張していた。
「あと1回カンナをかけるか否か」の緊張感
イベントではまず、亘とクレドールの商品企画を手がける神尾知宏によるトークが行われた。
亘の制作は、吉野檜を1ミリほどの薄板に加工し、それらを積層していく工程から始まる。素材の強度と弾力性を見極め、型を用いずフリーハンドで曲げていく曲木技法によって、独自の造形が生み出される。
その造形を支えるのが、「直線・曲線・稜線」という三つの線だ。「木目が持つ直線、曲げによって生まれる曲線、そして削りによって現れる稜線。この3つの線を常に大切にしています」と亘は語る。とりわけ重要なのは最終的な削りの工程だ。カンナをあと一刃入れるか否か、極めて僅かなその判断が作品の強度や気配を決定づける。

こうした緊張感は、クレドールの腕時計づくりにも通底する。同ブランドが長年追求してきた「薄さ」は、かつては技術力の象徴だった。しかし現在、その意味合いは変化している。商品企画を担う神尾は、「重要なのは、薄さの中にどのような価値を込めるか。不必要なものを削ぎ落とした先にある極限の美しさこそが、クレドールの目指すべき方向です」と語る。単に薄さを追求するだけでは造形は平板になりかねない。むしろ、わずかなカーブを与えることで、手に取りたくなる、腕に乗せたくなるといった身体的な感覚が立ち上がる。「薄さの中に豊かさをいかに内包するか」。それがクレドールの思想の核にある。
亘もまた、この考えに深く共鳴する。「木は薄くするほど曲げやすくなりますが、それだけでは立体感も作品としての強さも生まれません」と語り、最適な厚みを保ちながら造形を導くことの重要性を強調する。その姿勢は、素材の限界と可能性のあわいを見極める試みでもある。
人の手を介してこそ帯びる「オーラ」

トークの後半では、「時間」というテーマが浮かび上がった。亘が用いる吉野檜は、100年という歳月をかけ、人の手によって世代を超えて育まれてきた素材だ。その年輪は時間の痕跡であり、人の営みと自然の記憶が幾重にも重なったもの。《SHIKI-雪月風花》では、この木目を時間の象徴として捉え、「時間をいかに美しく可視化するか」が主題となっている。
一方でクレドールにとっても、「時間」は本質的な価値そのものだ。神尾は、「現代のプロダクトは機械を使えば効率的に生産できますが、あえて人の手を介在させるのは、その向き合った時間がそのまま製品に現れるからです」と語る。製造工程だけでなく、デザインに費やされる思考の時間や、技能を習得するまでの長い年月。それら全てが積み重なって、ひとつのタイムピースが完成する。そこには、時間や人の手をかけたからこそ宿る「オーラ」のようなものが確かに存在している。
クレドールの「匠」の技に触れる
トークの後には、磁器ダイヤルを持つ「叡智Ⅱ」のインデックスやロゴを手描きする技師、セイコーエプソン塩尻事業所マイクロアーティスト工房の宮阪浩一による実演が行われた。
直径約3センチの磁器ダイヤルに、長さ5ミリ、幅0.3ミリ程度のインデックスを描いていく。宮阪は顕微鏡を使い、特注の極細の面相筆で顔料を盛っていった。その精緻な作業に会場は静まり返り、描き終えた瞬間、ため息がもれた。
神尾は「筆を進める際に幅を一定に保つこと自体が非常に難しい。さらに顔料の厚みまで均一に整える必要があります」と説明した。1枚の制作に丸1日を要し、その後焼成を経て、完成までには約1カ月がかかるという。その時間と手間暇が、永久に変色することのないダイヤルを生み出すのだ。
クレドールのタイムピースとアートに通底するのは、素材と時間、人の手が織りなす「見えない価値」へのまなざしだ。削ぎ落とすことで立ち現れる美と、手を重ねることで育まれる豊かさ。相反する営みが交差する地点にこそ、受け継がれていくものづくりの本質が息づいていることを、本イベントは示していた。
Photo: Hirotsugu Horii













