オークションでラグジュアリー品が急伸──美術中心の市場はどう変わるのか
大手オークションハウスでコレクターカーや時計、宝飾品、ハンドバッグなどのラグジュアリー品市場が急速に拡大している。近い将来、それは美術品の売り上げを上回るのか? そして売上構成の変化はオークション企業をどう変えるのか? 業界関係者への取材をもとに、変化の背景と今後の見通しをまとめた。

美術品市場とラグジュアリー市場の融合について昨年から取材をしてきた私は、オークション関係者にシンプルかつ合理的な質問を投げかけてきた。
「クリスティーズ、サザビーズ、フィリップスでラグジュアリー品の売上が美術品の売上を上回ったとしたら、どうなると思いますか?」
大概の場合、きっぱりとした口調でこんな答えが返ってくる。
「それはあり得ないでしょう。美術品は今もこれからも、オークションハウスにとっての屋台骨であり続けるはずです」
確かに現時点ではその通りだ。2025年のクリスティーズの美術品売上高は、総収益の約60%にあたる37億ドル(最近の為替レートで約5735億円、以下同)。サザビーズでも同じく総収益の約60%にあたる43億ドル(約6665億円)だった。フィリップスは最近、2025年の連結売上高が9億2700万ドル(約1437億円)に増加し、うち2億9000万ドル(約450億円)が時計部門によるものと発表した。そこからは、美術品が依然として総売上の約60%を占めていることが推察できる。
オークション最大手でラグジュアリー品の売上高が急伸
しかし、地殻変動は確実に起きている。調査会社のアートタクティックによれば、オークション大手3社の美術品の総売上高は前年比35%減の70億4000万ドル(約1兆912億円)で、ピークだった2022年の108億ドル(約1兆6740億円)から大幅に減少した。対照的にラグジュアリー市場は急成長しており、2025年に行われた公開オークションでのラグジュアリー品の売上高は、前年比18%増の18億4000万ドル(約2852億円)に達している。
その大きな牽引役となっているのがコレクターカーだ。先月パリでは、クリスティーズ傘下のグーディング(*1)が約90台の自動車を5000万ユーロ(約91億円)超で販売。2025年の同社の自動車の売上高は前年比14%増の2億3400万ドル(約363億円)超で、過去最高を記録した。一方、サザビーズのコレクターカー部門であるRMサザビーズの売上高は、2025年に10億ドル(約1550億円)を突破し、これも記録を更新している。
*1 サザビーズは2024年に自動車専門のオークション会社グーディング・アンド・カンパニーを買収した。
しかし、自動車はラグジュアリーブームの一角に過ぎない。クリスティーズでは、2025年にハンドバッグ、時計、自動車、宝飾品の売上高が約30%増加し、総売上高の4分の1弱を占めた。また、サザビーズのラグジュアリー部門の収益は同社の収益全体の3分の1に達し(2019年の3倍に成長)、プライベートセールでもラグジュアリー品の売上高は前年比350%増となっている。サザビーズでは、3年連続でラグジュアリー部門の連結売上が20億ドル(約3100億円)を突破したが、その勢いは主にプライベートセールの好調さからきている。
この流れが続けば、近いうちにオークションハウス各社のアイデンティティと戦略は大きく変化するかもしれない。実際、サザビーズは既に高級小売企業へと変貌しつつあるように見える。
12月にアブダビで開かれたコレクターズ・ウィークで、サザビーズはサディヤット島のセントレジスホテル内にある2つのレストランを、超高級デパートの1階と見紛うような空間に仕立て上げた。ずらりと並ぶガラスケースには、プライベートセールで販売されるハンドバッグや時計、ダイヤモンドが収められており、ラグジュアリー分野のスペシャリスト、ポール・レッドメインはオーダーメイド・ジュエリー・サービス「サザビーズ・ビスポーク」を売り込んでいた。
さらに注目すべきは、コレクターズ・ウィークに行われた5つのオークションで美術品が一切出品されなかった点だ。中東にはラグジュアリー品に対する巨大な需要があり、サザビーズはそれを満たすことに全力を注いでいる。

ラグジュアリー品のシェア拡大で企業文化は変わるのか?
こうした状況にもかかわらず、クリスティーズの元CEOであるギヨーム・セルッティは、収益源の多角化がオークションハウス各社の性質を変えてしまうとは考えていない。
「美術品より比較的速いペースで伸びているラグジュアリー部門の成長によって、オークションハウス各社のアイデンティティが揺らぐとは思いません」
最近US版ARTnewsにそう語った彼は、オークションハウスはジュエリーやクラシックカーなどを扱ってきた長い歴史があると指摘し、その一例としてエリザベス・テイラーが所蔵していたジュエリー・コレクションを挙げた。2011年に行われたこのセールは、「クリスティーズの伝説」の1つだと彼は言う。
「美術品であれ、ラグジュアリー品であれ、(オークションは)基本的に同じ要素から成り立っています。競売人と来歴のある品物、会場・電話・オンラインで参加する入札者、そして入札合戦です」と彼は続けた。
「多角化によってオークションモデルが再定義されるのではなく、むしろ強化されると思います」
しかし、かつてセルッティとライバル関係にあったサザビーズの元社長兼CEOのタッド・スミスの見方は、それほど楽観的ではない。メール取材に応じてくれた彼はこう指摘する。
「オークションハウスの性質は収益源の構成比だけで決まるものではありません。しかし、資本や人材、そして考え方が美術品よりラグジュアリー品の販売に重きを置くようになれば、それは単なる改変ではなく解体と再建だと言えるでしょう」
イェール大学でアートマネジメントを教えるアート市場の専門家マグナス・レッシュは、サザビーズの戦略を「構造的変革」と表現。多種多様なカテゴリーを取り込み、一等地に拠点を展開し、さらにはホスピタリティ事業に進出する可能性もある同社は、美術品の売り買いの場から本格的なラグジュアリー・プラットフォームへ進化しつつあるとしている。
「これは『モノ中心』から『顧客中心』への転換を反映しています。億万長者がロスコの絵画やペントハウス、ダイヤモンド、ヴィンテージフェラーリを全て同じ会社から購入できるとしたら、オークションハウスはもはや売り買いの場ではなく、プライベート・ラグジュアリー・コンシェルジュのようなものになるでしょう」
オークション企業のDNAは美術品分野に根差している
中東最大級のラグジュアリー品販売企業であるドバイのシャルーブ・グループによれば、中東地域におけるラグジュアリー品の市場規模は130億ドル(約2兆150億円)に上るという。その中でサザビーズは、コレクターズ・ウィーク期間中に1億3300万ドル(約206億円)を売り上げている。
リーズ大学で美術品市場の歴史を教えるマーク・ウェストガース教授は、同社が中東の富裕層に狙いをつけていることに驚きはないとしつつ、たとえラグジュアリー品が美術品を凌駕することがあったとしても、それが劇的な転換になるとは捉えていない。ウェストガースはその理由と、現在のラグジュアリーブームの持続性への懐疑的な見方をこう語った。
「美術品は常にラグジュアリーの最高峰とされてきました。まさにステータスの象徴です。アート市場とラグジュアリー市場は私たちが考えるほど二項対立的ではないのです。それに、ラグジュアリー品の価値は常に流動的です。現在人気を集めているものも、10年後には俗っぽく、時代遅れに感じられるかもしれません。今は多くの人々がラグジュアリー品を追い求めていますが、それがアート市場に取って代わるとは思いません」
オークションハウスがラグジュアリー分野に注力するのは、新しい市場への足がかりになるからだろうとウェストガース教授は推測する。アートのエコシステムが育ち始めたばかりの中東で事業拡大を進めるサザビーズと、2024年にサウジアラビアで拠点を開設したクリスティーズにとって、ラグジュアリー品は顧客を獲得しやすい分野だ。ウェストガースはこう付け加えた。
「持続可能なアート市場が根付くには数十年かかります。下地がないところによそから移植するだけでは不十分で、長い時間をかけて文化的基盤を作る必要があるのです」
アブダビ・コレクターズ・ウィークで31.68カラットの巨大なオレンジピンクダイヤモンドが880万ドル(約13億6000万円)で落札されたとき、サザビーズCEOのチャールズ・スチュワートはUS版ARTnewsに対し、ラグジュアリー品の売り上げが美術品を上回る日が来るかもしれないと語った。それを聞いて私は少し驚いた。これまで取材してきたほとんどのオークションハウス幹部が、この考えを否定してきたからだ。しかしスチュワートは、両カテゴリーは互いに補完し合うものだと強調した。
「当社の伝統やDNA、アイデンティティは美術品に根差しています。ただ、潜在的な市場規模では、自動車、時計、酒類、不動産などのラグジュアリー分野が美術品をはるかに上回るのです」
クリスティーズ・ラグジュアリー部門の新しい責任者であるキンバリー・ミラーもスチュワートと同じ見方をしている。ミラーによると、「ラグジュアリー分野は18世紀からクリスティーズのDNAの一部」だという。デュ・バリー夫人(ルイ15世の愛人)のコレクションを売るために1795年に開かれた同社初の大規模なジュエリーオークションを例に挙げたミラーは、こう説明する。
「ラグジュアリーは美術品を扱う私たちのアイデンティティと衝突するのではなく、それを補完するものです。クリスティーズのアイデンティティは、品目構成だけではなく、品質を見極める鑑定眼、そして貴重な品に対する管理責任からくるものです。売りに出される物が1961年のペトリュス(ボルドー産の最高級ワイン)であれ、マーク・ロスコのカラーフィールド・ペインティングであれ、私たちの顧客はみな品質と真正性への強いこだわりを持っています」

ラグジュアリー分野の拡大はオークション企業の権威を損なう?
こうした変化を後押ししているのは、主に新規の買い手たちだ。2025年にクリスティーズでは、新規購入者の38%が美術品ではなくラグジュアリー品を買っており、その多くはオンライン取引を利用していた。サザビーズはこれに対応するデータを公表していないが、2025年の財務報告書によれば、美術品とラグジュアリー品の両分野における新規顧客の35%が、初めての入札を経験している。
おそらく彼らは、不動産やクラシックカー、恐竜の化石、ハンドバッグ、ジュエリー、高級ワインから著名選手が着用したユニフォームまで、ハイエンドな中古品をオークションまたは「即時購入」で入手できるサザビーズのウェブサービスに惹かれたのだろう。
サザビーズ元CEOのスミスは、こうしたサービスの普及でオークションハウスの顧客層が様変わりしつつあると話す。
「美術品のコレクターはラグジュアリー品の消費者でもありますが、ラグジュアリー品の消費者の大半は熱心なアートコレクターではありません。ラグジュアリー分野に注力すれば顧客基盤が拡大します。その結果としてオークションハウスはセール主導からマーケティング主導の運営へと転換し、やがて企業文化そのものも変化するでしょう。LVMH総帥のベルナール・アルノーが、傘下にあるティファニーのニューヨーク店にバスキアを飾るのと、オークション会場をラグジュアリー品の愛好者で埋めるのは全く別の話です」
一方のセルッティは、現在クリスティーズに新規顧客を引き付けているのは、主に現代アートとラグジュアリー品だと付け加えた。
「目的は新規顧客の獲得だけではありません。それを機に、ほかのカテゴリー、特に美術品に興味を持ってもらえるよう彼らに働きかけることができます。ラグジュアリー品のオークションの多くはオンラインで行われますが、これによって敷居が高いと感じられていた展示会やライブセールに参加しやすくなるのです」
3大オークションハウスのクリスティーズ、サザビーズ、フィリップスはファインアートの世界では権威とみなされており、それが3社のビジネスにも有利に働いてきた。ラグジュアリー主導の収益モデルはオークションハウスの文化的価値を下げるのではないかとセルッティに尋ねると、次のような答えが返ってきた。
「ラグジュアリー分野の貢献度が高まっても、文化的権威は損なわれません。むしろ、アート、鑑定眼、伝統やグローバルな富が交差する領域における各社の役割を強化します」
スミスもこれに同意しつつ、各社は文化的な権威を維持するため、ラグジュアリー市場への進出には慎重さが必要だと述べた。
「3大オークションハウスは、文化領域における自らの立場を放棄するほど愚かではないと思います。(中略)ラグジュアリー品の扱いについては、慎重かつ巧みに進めていくでしょう」
一方、サザビーズのロシア部門の元責任者、ジョー・ヴィッカリーの言葉には警戒感が滲んでいた。「ラグジュアリーへの転換は大きな利益をもたらすかもしれません。しかし真の問題は、何がその代償となるかです」(翻訳:野澤朋代)
US版ARTnews編集部注:本記事の内容は、最新のアート市場動向やその周辺情報をお届けするUS版ARTnewsのニュースレター、「On Balance」(毎週水曜配信)から転載したもの。登録はこちらから。
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