オールドマスター復活! 約30億円超えのミケランジェロに入札合戦、レンブラントなども記録更新
2月初旬、ニューヨークのサザビーズとクリスティーズでオールドマスター作品の大規模なセールが複数行われた。「オールドマスターズ・ウィーク」と銘打たれた一連のオークションでは大型の記録更新が相次ぎ、この分野への関心の高まりを感じさせた。その主要な落札結果と業界関係者の見方を紹介する。

マディソン・アベニューにあるサザビーズ・ニューヨークの新本社でオールドマスターのオークションが始まろうとしていた2月5日の午前中、満員の会場でオークショニアのデイヴィッド・ポラックが異例の発表を行った。予想落札価格が1500万ドル(最近の為替レートで約23億円、以下同)という、飛び抜けて高額な作品の出品が取り下げられたというのだ。それはイタリアの画家アントネロ・ダ・メッシーナによる作品で、《エッケ・ホモ》と《荒野の聖ヒエロニムス》が両面に描かれた板絵だった。作品がオークションから外されるのは、関心が集まらなかった場合が多いが、この絵については公的機関への売却が決まったためだった。
サザビーズ・ニューヨークのオールドマスター部門責任者であるポラックは「理想的な買い手です」と述べ、「皆さんもきっと納得されるでしょう」と続けた。
高さが約20cmと小ぶりなこの作品は、マドリードのティッセン=ボルネミッサ美術館からニューヨークのメトロポリタン美術館まで数々の展示歴があり、第三者保証が付けられていた。この作家がオークションに登場した記録はほとんどなく、アートネットの価格データベースに署名入りの作品1点が登録されているだけだ。2003年にロンドンのクリスティーズで25万1650ポンド(約5000万円)で落札されたその作品も、小さな両面の板絵だった。サザビーズは週が明けた2月9日、イタリア文化省がこの絵画を1490 万ドル(約22億8000万円)で購入したと発表している。
US版ARTnewsがオークション会場で話を聞いたロンドンのダニエル・カッツ・ギャラリーのディレクター、トム・デイヴィスは、この作品が競合相手ではなく公的機関に売れたと知って「衝撃が和らいだ」と明かした。「高く売れる作品が多く、入札合戦も活発で、参加者が大勢います。美術館関係者が多いのも、この分野にとって良いことです」。実際、アート・バーゼル・カタールと同時期に行われたニューヨークのオールドマスター・ウィークは、アルテミジア・ジェンティレスキとミケランジェロの作品がオークション記録を更新し、レンブラント・ファン・レインの素描が史上最高額で売れる好調ぶりだった。

「傑作が目白押しの1週間とはいかないまでも、全体的な水準は非常に高かったです」とデイヴィスは続けた。彼は2点ほど入札に参加したものの落札できなかったと言い、「競り負けた相手はどのみち自分の顧客だろう。ディーラーとして、そう考えて納得しなければならないときもあります」と肩をすくめた。
一方、オランダのオールドマスターを専門とするディーラーのサロモン・リリアンは、より端的にこう評価している。
「オールドマスターの復活です」
多くのロットで予想額を上回る結果
オールドマスターズ・ウィークの7カ月前、銀行家だった故トーマス・A・サンダース3世とその妻ジョーダンのコレクションがサザビーズ・ロンドンでオークションにかけられたが、売り上げが予想を大きく下回って耳目を集めたことがあった。オークション史上最高のオールドマスター・コレクションと喧伝され、総落札額は1億2000万ドル(約184億円)に達すると予想されていたものの、総額6470万ドル(約99億円)、落札率58.5%と冴えない結果に終わっている。
ただし、この時のセールではヤン・ダーフィッツゾーン・デ・ヘーム、ルイス・メレンデス、フランス・ポストの作品がオークション記録を更新しており、当時US版ARTnewsが取材したあるディーラーは、サザビーズにとって「非常に良い結果」だったと話していた。
専門家らは、このオークションと今回のオールドマスター・ウィークの対照的な結果から、適正な予想価格の設定がいかに重要であるかが分かると指摘。ボーモント・ネイサン社のパートナーでロンドンに拠点を置くアートアドバイザーのヒューゴ・ネイサンは、「端的に言えば、サンダースのコレクションは完全に過大評価されていたのです」述べている。
ニューヨークを拠点とするアドバイザーのジェイコブ・キングは、2月初旬のオールドマスター・ウィークについて、「予想落札価格は全体的にかなり低く設定されており、落札額は過去と比べて低い水準でした」と話す。それでも、特にサザビーズの売上は「極めて堅調」だったと評している。
レンブラントなど素描のオークションが好調
サザビーズで注目すべき成果の1つは、2月4日に開かれた素描のオークションだ。ニューヨークの旅行業界で活躍した故ダイアン・A・ニクソンのオールドマスター素描コレクションのセルスルー率は95%と高く、落札総額は事前予想の770万ドル(約11億8000万円)を上回る1080万ドル(約16億5000万円)で、カレル・ファブリティウス作品のオークション記録が更新されている。同じく4日に開かれた紙を支持体とした作品のオークションの落札総額は、事前予想の範囲内の1980万ドル(約30億3000万円)で、セルスルー率は83%、出品作の47%が予想落札価格を上回った。これは、サザビーズがこれまで開いた複数所有者によるオークションの最高額だ。
また、翌日に開催されたニューヨークの不動産王、レスター・L・ワインドリングの遺品のオークションでは、全ロットに買い手が付いている。ヒトラー支配下のドイツを逃れ、アメリカに移住したワインドリングが所蔵していた17世紀オランダ美術のコレクションは、2024年に彼が死去するまで公の場で展示されたことはほとんどなかった。このオークションの落札総額は予想価格の範囲内の1680万ドル(約25億7000万円)だったが、同じく5日に開かれた複数所有者によるオークションの落札総額は、予想最高額の2250万ドル(約34億4000万円)を上回る2790万ドル(約42億7000万円)を達成。落札率は85%で、出品作の56%が予想最高落札価格を上回る額で売れている。中でもジャン=オノレ・フラゴナールの《Head of a Bearded Man》(1770年頃)の落札額は、予想最高額の80万ドル(約1億2000万円)を大幅に超える270万ドル(約4億1000万円)に達した。

サザビーズがオールドマスターズ・ウィークの目玉としていたレンブラントの素描《Young Lion Resting》(1638-42年頃)は、1790万ドル(約27億4000万円)で落札された。これまで紙を支持体としたレンブラント作品のオークション記録は、2000年にクリスティーズ・ニューヨークで達成された370万ドル(約5億7000万円)だったが、今回の販売額はそれを大きく上回った。この作品はトーマス・S・カプランとその妻ダフネ・レカナティ・カプラン、そしてフロリダ州の慈善家ジョン・エアーズのコレクションから出品されたもので、売上はカプラン夫妻と故アラン・ラビノウィッツが設立した慈善団体パンテーラに寄付される。同団体は、世界各地に生息するネコ科の野生動物40種の保護に取り組んでいるという。ただ、事前予想が2000万ドル(約30億6000万円)だったのに対し、落札価格が1500万ドル(約23億円)に留まったことが、この素晴らしいニュースにわずかな影を落としている。

アルテミジア・ジェンティレスキも記録更新
クリスティーズでも注目すべき成果が複数あり、同社のオールドマスターズ・ウィークの総売上高は約1億ドル(約153億円)に達した。同社の広報担当者によれば、この週に行われた絵画のセールは、過去10年間にクリスティーズ・ニューヨークが開催した中で最高額の売り上げを記録したほか、素描のセールの売上はクリスティーズ史上最大規模となったという。2月4日のオールドマスター絵画セールの総売上高は、事前予想4500万~6400万ドル(約68億9000万〜98億円)の範囲内の5410万ドル(約82億8000万円)で、セルスルーは84%。好結果となったこのオークションには、2つのハイライトがあった。

1つは、第三者保証が付けられていたカナレットの《Venice, the Bucintoro at the Molo on Ascension Day》(1754年頃)で、3050万ドル(約46億7000万円)という同作家の作品では史上3番目に高い価格で落札された。前回この作品がオークションに出たのは2005年のクリスティーズ・ロンドンで、そのときは最高予想落札価格のほぼ2倍の2010万ドル(約30億8000万円)で決着している(これが先週までカナレット作品では3番目に高い落札価格だった)。ちなみに、カナレットのオークション最高記録は、同じ主題の別作品が昨年クリスティーズ・ロンドンで樹立した4380万ドル(約67億円)だ。

もう1つのハイライトは、アルテミジア・ジェンティレスキの《アレクサンドリアの聖カタリナとしての自画像》(1613-1620年頃)だ。最低予想落札価格250万ドル(約3億8000万円)を大きく上回る570万ドル(約8億7000万円)で落札され、同作家の最高記録を更新している。これまでの最高額は、2019年にアールキュリアルのオークションに出された《Lucrèce》の480万ユーロ(約8億7000万円)で、当時の予想最高価格80万ユーロ(約1億5000万円)を大幅に上回る結果だった。なお、ジェンティレスキに関しては、同じ2月4日にもう1つの話題が注目された。ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーが、彼女の《法悦のマグダラのマリア》(1625年頃)をコレクションに加えたと発表したのだ。
ミケランジェロ作品をめぐり45分間の入札合戦
現代アーティストの多くがオールドマスター作品を収集していることは、以前から話題になっていた。存命作家の作品に比べ、はるかに低価格で高品質な作品を入手できるこの分野は魅力的に映るのだろう。2月5日にサザビーズで開かれたオークションでも、ニューヨークのアーティストでパイオニア・ワークス(アートNPO)創設者のダスティン・イェリンが立ち見席に姿を見せた。入札には参加していなかったが、オークション前に出品作の展示を鑑賞し、初めてオールドマスターの競り合いを目にした彼は、この分野の収集に目覚めるかもしれない。

会場にはニューヨークを拠点とするアートアドバイザー、ローラ・ポールソンの姿もあった。彼女が特に感銘を受けたと語ったのは1500年頃にフランダース地方で作られたタペストリーで、シカゴの慈善家シンディ&ジェイ・プリツカー夫妻が所蔵していたものだ。予想価格は50万ドル(約7600万円)だったが、10分間の競り合いの末に190万ドル(約2億9000万円)での落札となった(プリツカー家のコレクションからは、昨秋もヴァン・ゴッホ、ゴーギャン、マティスの名品がオークションに出品されている)。
高さ約3.3メートルのこのタペストリーにはミルフルール(千花模様)の地にユニコーンが描かれ、メトロポリタン美術館の別館であるクロイスターズが所蔵するタペストリーの名品を彷彿とさせる。ポールソンは落札者が主に近現代作品を収集するコレクターだったことに触れながら、このタペストリーは「現代人の感覚に合う作品」だと評価した。なお、落札者の身元や主な収集分野について確認するためクリスティーズに問い合わせたが、同社はそれに応じなかった。
先日クリスティーズで開かれたオークションで改めて思い知らされたのは、どこで貴重な作品が見つかるかは予測できないということだ。同社は2025年3月にオンラインの査定依頼ポータルを通じてチョークで描かれた足の素描の写真を受け取り、鑑定の結果、それがシスティーナ礼拝堂の天井画のためにミケランジェロが描いたシビュラ(巫女)の足の習作であることが分かった。150万~200万ドル(約2億3000万〜3億円)と予想されたこの作品は、2月5日にロックフェラーセンターにある同社のオークション会場で45分間という前代未聞の入札合戦を引き起こし、予想最低額の約20倍にのぼる2720万ドル(約41億7000万円)で落札。ミケランジェロによる素描のオークション記録を更新した。
クリスティーズによれば、ルネサンスの巨匠であるミケランジェロの素描で個人の所有となっているものは10点ほどしかなく、システィーナ礼拝堂天井画のために描かれた未記録の習作が競売にかけられたのは今回が初めてだという。ミケランジェロのこれまでのオークション記録は2022年にクリスティーズ・パリに出品された別の素描による2430万ドル(約37億2000万円)だった。

オンラインで査定を依頼された素描がミケランジェロの手によるものだと判定したジャーダ・ダーメンは、クリスティーズの260年の歴史の中で、オールドマスターの素描のオークションとしては今回が最も成功したものの1つだとし、声明で次のように述べている。
「この上なく素晴らしい日で、私のキャリアのハイライトとなりました。オールドマスターの素描を心から愛し、評価する者として、この非凡な作品の希少性と重要性を理解し、これが生涯に一度の機会だと知る複数の入札者が電話や会場、そしてオンラインで競り合う様子を目の当たりにして胸が躍りました。これに関われたことを光栄に思います」
前出のアートアドバイザー、ヒューゴ・ネイサンは、ミケランジェロの素描を巡る白熱した競り合いに比べ、レンブラントのライオンの素描に2人の入札者しかいなかったのは、保証付き出品だったために参加者の熱狂が抑えられたのだろうと分析。それに対し、ミケランジェロ作品については興奮気味にこう語っている。
「2000万ドル(約30億6000万円)超えの入札者が私を含め3人もいました。予想落札価格は150万~200万ドル(約2億3000万〜3億円)だったのに! これこそオールドマスターの魔法です。運と予測不能な要素がこの市場の楽しさでしょう」
近現代アートのコレクターがオールドマスター市場に参入
US版ARTnewsのジョージ・ネルソンは2024年の記事で、オークションハウスはこの分野に新たなコレクター層を引き込もうとしていると書いていた。2月のオールドマスター・ウィークはその点で成功だったとアドバイザーのネイサンは見ている。実際、レンブラント作品が記録を更新したサザビーズのオークションでは、買い手の15%が30代で、入札者の約20%が新規の参加者だった。
「近現代アートを専門としてきたコレクターたちが、いずれオールドマスターに目を向けるだろうと予測していました。今回のオークションには美術館級の作品がたくさんあり、こうした層を惹きつけるのに十分な魅力がありました。経験豊富なコレクターたちがオールドマスター市場に参入する動きが活発化したと思います」
ネイサンによると、目下の課題は美術館級の作品の供給源を見つけることだという。とはいえ、伝説的なディーラー、ジョセフ・デュヴィーンがフリック家やモルガン家、ロックフェラー家などの大資本家たちに売ったのと同じレベルの作品を見つけるのは非常に難しい。
「数世代にわたるアメリカのコレクターがオールドマスターの所蔵品を美術館に寄贈してきましたし、美術館も精力的に作品を買い集めています。一方、市場にはフェルメールやラファエロの作品を購入できる資金力を持つ人々が大勢います。ただし出物があれば、の話ですが。ミケランジェロの素描に対して2000万ドル超の入札を喜んで行った人物が3人もいたのですから」
そして彼は、ディーラーの課題は「入手可能な作品に合わせ、コレクターの嗜好を再構築していくこと」だと付け加えた。(翻訳:野澤朋代)
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