第1回アート・バーゼル・カタールの結果報告──従来と異なる試みは実を結んだのか

小規模・個展形式のみという、これまでのアート・バーゼルとはまったく異なる形でフェアを開催したアート・バーゼル・カタール。果たしてその試みは功を奏したのか、出展ディーラーのセールス結果をUS版ARTnewsが取材した。

アート・バーゼル・カタール2026の会場入り口。Photo: Courtesy Art Basel
アート・バーゼル・カタール2026の会場入り口。Photo: Courtesy Art Basel

初開催のアート・バーゼル・カタールが2月7日に閉幕した。最終的な売り上げは、カタールの首都ドーハが短期間で本格的なアート市場に成長したことを示すものだったが、関係者が成功を確信するまでには数日を要している。

ドーハでのフェアが、他の都市とは違った展開になることは予想されていたことだ。まず、VIPプレビュー前日の2月2日、カタール王族のためのプライベートな内覧会が開かれた。関係者の話では、王族らがそこで取り置きした作品は、24時間以内に購入確定か否かの判断が下されるとギャラリー側に伝えられたという。

ところが、一般公開の初日に当たる5日の午後になっても、ディーラーたちはスマホを確認したり、会場を歩き回ったりしながら様子を探っていた。VIPプレビュー期間中に取材したところ、彼らは一様に「出品作に関心が寄せられている」と答えつつ、具体的な販売結果を開示したがらなかった。

4日には、クリスティーズの元スペシャリスト兼ディーラーで、現在はカタール・ミュージアムのコレクション・作品購入ディレクターを務めるガイ・ベネットが、書類の束を手に各ブースを回り、出展者と話す姿が見られた。おそらく彼は、王族たちが初日に示していた作品への関心が薄れたのではと気を揉むディーラーたちを安心させようとしていたのだろう。だが、取引は次第にまとまり、閉幕までには複数の美術館が作品を購入したことが報告された。ただし、買い手の名を明かしたギャラリーはほとんどない。

「アート市場に新たな道筋を示した」

主催者の発表によると、M7とドーハ・デザイン・ディストリクトを会場に開催された今回のフェアには、VIPプレビューと一般公開日を合わせて延べ1万7000人以上が来場。また、ムシェイレブ地区のあちこちで開かれていた特別展には数千人が訪れている。フェアに来場した個人コレクターやアートパトロンの約半数は中東・北アフリカ・南アジア地域からの参加者で、残り半分がその他のアジアやアフリカ、ヨーロッパ、南北アメリカのコレクターだった。

会場には85以上の美術館や財団の代表者が姿を見せ、当然ながら、カタール首長のタミーム・ビン・ハマド・アル=サーニーや、カタール博物館議長のシェイカ・アル=マヤッサ・ビント・ハマド・ビン・ハリファ・アル=サーニーなどの高官もフェアを視察していた。

M7で開かれたアート・バーゼル・カタールの会場風景。Photo: Courtesy Art Basel. Ismail Noor of Seeing Things Stu
M7で開かれたアート・バーゼル・カタールの会場風景。Photo: Courtesy Art Basel. Ismail Noor of Seeing Things Stu

アート・バーゼルCEOのノア・ホロウィッツは閉幕時の公式声明で、今回のフェアが「ビジョンを共有できたことの力強い証明」だと自信を示し、チーフ・アーティスティック・オフィサーのヴィンチェンツォ・デ・ベリスは、ドーハと周辺地域のニーズに直接応えることが目的だと語った。さらに、アーティスティック・ディレクターを務めたアーティストのワエル・シャウキーは、「アート・バーゼル・カタールはアート市場に新たな道筋を示した」と述べている。

今回のフェアはアート・バーゼルが運営するほかのフェアとは異なり、出展者数が極端に少なく、個展形式での出展が義務付けられていた。今後は他の都市でもこの路線が踏襲されるのか、カタール初開催の今回限りのことなのか、それは今のところ分からない。いずれにせよ、「新たな道筋」というのは響きのいい言葉ではある。

複数のギャラリーが完売を報告

ともあれ、主催者たちのビジョンは実を結んだようで、全ての価格帯において売り上げは堅調だった。デイヴィッド・コルダンスキー・ギャラリーは出品していたルーシー・ブルの作品3点を完売。価格は37万5000~45万ドル(最近の為替レートで約5700万〜6900万円、以下同)で、うち2点の買い手は美術館を含む中東の著名コレクションだった。同ギャラリーのパートナー兼シニアディレクターのマイク・ホーマーは、3点が全て売れたことについて、「この地域で高まっている西洋の現代アーティストに対する関心」を裏付けるものだと話していた。

ナリ・ワード《Still Livin’ Forever》2024) Photo: Courtesy Lehmann Maupin
ナリ・ワード《Still Livin’ Forever》2024) Photo: Courtesy Lehmann Maupin

ヴェネクラーセンでは、イッシー・ウッドの絵画6点が完売。3万5000〜19万ドル(約540万〜2900万円)の値が付いていた作品のほとんどを地元のコレクターが購入し、その何人かは新規顧客だった。一方、リーマン・モーピンは、ナリ・ワードの作品を出展したブースでの売り上げを早い段階で発表した。ドーハで初公開された靴ひもシリーズの新作《PRAISEWORTHY(2025)は、ロサンゼルスを拠点とするコレクターに8万〜10万ドル(約1300万〜1530万円)で売れ、《Still Livin’, Forever》(2024)にも同じ価格帯で買い手が付いている。

また、アフメド・マータルのブースを出したATHRギャラリーは、今回のフェアで最も詳細な売上報告をしている。それによると、VIPプレビューでは《IPO》(2025)が9万5000ドル(約1500万円)で、《Black Stone》(2025)の2つのエディションが5万5000ドル(約840万円)と6万ドル(約920万円)で売れたという。

フェア閉幕までにはさらに、《Second Meeting》(2025)が22万ドル(約3400万円)、《War Room I》(2025)と《People Counter》(2025)がそれぞれ13万ドル(約2000万円)で売れたほか、5万5000〜7万9000ドル(約840万〜 1200万円)の《Black Stone》(2025)の5つのエディション全てに買い手が付いた。《Social Fabric II》(2025)の2つのエディションは4万5000ドル(約690万円)と5万ドル(約770万円)で売れるなど、4万5000〜22万ドル(約690万〜3400万円)の価格が付けられていた同ブースの出品作は完売となった。

ATHRギャラリーはアフメド・マータルを出展した。Photo: Ismail Noor
ATHRギャラリーはアフメド・マータルを出展した。Photo: Ismail Noor

1億円超えの高額作品も堅調

ゲオルク・バゼリッツを出展したホワイトキューブは、その彫刻8点に買い手が付いたと報告している。関係者によると、彫刻の価格は1点80万ユーロ(約1億4600万円)、絵画は65万〜110万ユーロ(約1億2000万〜2億円)だった。同ギャラリーの創設者ジェイ・ジョプリングは、堅調な売り上げに加え、顧客との有意義な対話ができたとし、このフェアは「大成功」だったと述べている。

ポーラ・クーパー・ギャラリーは、テリー・アドキンスによる壁掛け型の彫刻4点を地元の公的機関が30万〜40万ドル(約4600万〜6100万円)で購入したと明かした。これは、公的な機関や施設が買い手となった取引の中で、最も注目すべきものと言えそうだ。

タデウス・ロパックも、ブースでの詳細な販売結果を明かした数少ないギャラリーの1つだ。ラキブ・ショーが樺材にアクリルとエナメル塗料で描いた《Echoes Over Arabia II》(2025)は37万5000ポンド(約7900万円)で、アルミに貼った紙にアクリルとエナメル塗料で描いた《Echoes Over Arabia: Upon the Migration of Memory, the Poet, the Performer, with Wisdom and Time》(2025)は22万5000ポンド(約4700万円)で売れている。

ショーン・ケリーは、ブースの展示作品の大半を8万5000〜23万5000ドル(約1300万〜3600万円)で中東のコレクションに売却したと報告。ルクセンブルク&カンパニーは中井克巳の4作品を7万5000〜14万ドル(約1150万〜2100万円)で出品していたが、販売交渉を進めているとしつつ、詳細は明らかにしなかった。リッソン・ギャラリーは、オルガ・デ・アマラルがキャリアのさまざまな段階で制作した複数の作品を売ったと述べているが、価格は開示していない。

ポーラ・クーパー・ギャラリーのブースに展示されたテリー・アドキンスの2014年の作品《Aviarium (Dicksissel)》(© 2026 The Estate of Terry Adkins / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York)。Photo: Steven Probert, Courtesy Paula Cooper Gallery, New York. Photo: Steven Probert
ポーラ・クーパー・ギャラリーのブースに展示されたテリー・アドキンスの2014年の作品《Aviarium (Dicksissel)》(© 2026 The Estate of Terry Adkins / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York)。Photo: Steven Probert, Courtesy Paula Cooper Gallery, New York. Photo: Steven Probert

低価格帯の作品に関しては、アイザ・アフメドの作品を展示したサージェント・ドーターズが堅調な売り上げを報告している。最も規模が大きい作品は公的機関によって購入されたが、具体名は未公表。また、3500〜2万5000ドル(約53万〜380万円)の小・中規模作品も複数売れたとして、サージェント・ドーターズの創設者でディレクターのアレグラ・ラヴィオラは次のように述べている。

「このフェアはあらゆる面で素晴らしい経験でした。個展形式のブースは、アーティストの世界観を観客に知ってもらう上で常に効果的です。今回初めて会ったコレクターも強い関心を示し、支持を表明してくれました。彼らはこの地域に深くコミットし、新しい才能を発見することにとても熱心です」

ここまで記してきたように、アート・バーゼル・カタールでは約1000万円から1億円あたりの作品が着実に売れ、中価格帯の作品にも買い手が付いている。また、展示施設や公的機関による作品購入が確認されたことで、会期中盤までの不安は最終的には安堵へと変わった。

他のアート・バーゼルとは異なる位置付け

比較のために、アート・バーゼルがマイアミパリで開いた直近のフェアの結果を振り返ってみよう。

12月に開催されたアート・バーゼル・マイアミ・ビーチでは高価格帯作品の売れ行きが好調で、デイヴィッド・ツヴィルナーではゲルハルト・リヒターの作品が550万ドル(約8億4000万円)、アリス・ニールの作品は330万ドル(約5億500万円)で売れている。ハウザー&ワースではジョージ・コンド作品が400万ドル弱(約6億1000万円)、ルイーズ・ブルジョワが320万ドル(約4億9000万円)と250万ドル(約3億8000万円)で売れ、ペース・ギャラリーサム・ギリアムの《Heroines, Beyoncé, Serena and Althea》(2020)を110万ドル(約1億7000万円)で販売。そのほかにも、1500万ドル(約23億円)と1850万ドル(約28億3000万円)の高額作品の前に大勢の観客が集まり話題を呼んだ。

10月のアート・バーゼル・パリではさらに高額な作品が数多く売れている。ハウザー&ワースは、1987年にゲルハルト・リヒターが制作した抽象画を2300万ドル(約35億2000万円)で販売。ホワイトキューブでは、ジュリー・メレツ《Charioteer》(2007)が1150万ドル(約17億6000万円)、ゲオルク・バゼリッツの彫刻が250万ユーロ(約4億6000万円)、ブルース・ナウマンの《Masturbating Man》が470万ドル(約7億2000万円)で売れた。カルマでは、マシュー・ウォンの《White Wave, Black Sand》(2017)に350万ドル(約5億4000万円)で買い手が付いている。

一方ドーハでは、マイアミやパリのフェアに比べ価格の上限が低めに設定されていた。中心は8万~45万ドル(約1200万〜7000万円)の作品で、1億円を超えるものは多くない。そもそもマイアミやパリとは異なり、アート・バーゼル・カタールが目指したのは、コレクター層の厚みを増すことだ。そして、今回のフェアによって地元の展示機関が活性化し、存在感を増す地域のコレクターを取り込んで市場に勢いがついたようだ。

かくして基盤は整った。この市場にさらなる成長余地があるのか、それともいずれ弾けるバブルなのかは、来年以降のフェアで明らかになるだろう。(翻訳:野澤朋代)

from ARTnews

あわせて読みたい