アート・バーゼルより「荒々しく圧倒的」! 業界人も絶賛「バーゼル・ソーシャル・クラブ」をリポート
現在開催中のアート・バーゼルに合わせて、スイス・バーゼル市街では様々なアートイベントが催されている。その中でも圧倒的な存在が、6月21日まで開催されている「バーゼル・ソーシャル・クラブ(BSC)」だ。アート・バーゼル会場でも「必見」と評判だった、今年の展示をリポートする。

アート・バーゼルに来たならば、見ずには帰れないのがアートイベント「バーゼル・ソーシャル・クラブ(BSC)」だ。華やかで煌びやかなアート・バーゼルに対し、BSCは荒々しく素晴らしい。4年前にバーゼルのギャラリーオーナー、キュレーター、アーティストによって設立されたBSCは当初、アートフェアの連動企画として始まったが、今やバーゼルで最も活気あるプログラムとなっている。会場は、バーゼル中心部、リッターガッセ通りにある元フォンテベル銀行。ビル1棟を丸ごと活用し、今年は100以上の部屋に展示された約500人のアーティストによる作品が、1つの生きて呼吸するアートワークのように再構築されていた。アート・バーゼルの一般チケットが69スイスフラン(約1万2000円)であるのに対してBSCは無料。しかも、Basel SRKが運営する血液銀行に血液を寄付すると、入場待ちの列をスキップできる。この予測不可能性が、BSCを非常に生き生きとしたものにしている。
BSCがアート・バーゼルと共通している点は、「圧倒的である」ということ。だが今年のBSCは力の入れ方が別格だ。ロスコ、ピカソ、ゲオルグ・バゼリッツなどの一流作品が並ぶアート・バーゼルのメインセクションの会場でさえ「BSCは必見だ」という囁きが飛び交っていたほどだ。全体が非常にパンクな雰囲気で、あらゆる角やあらゆる窪みにアートがある。ときには作品の上を歩かなければならない場面も。不愛想な表情の女性が1970年代頃のレトロな掃除機をかけながら、自撮り棒に取り付けられた携帯電話からライブ配信しつつ、あらゆる部屋のカーペットや敷物の上を移動するパフォーマンスなども行われている。
BSCの精神を象徴している展示が3つあった。その1つである、《It's a Whole Lotta Money (in this muf**er)》と題された空間は、ハーレスデン・ハイストリート(Harlesden High Street)とケンドラ・ジェイン・パトリック(Kendra Jayne Patrick)がともに手がけたシアバターの香りが漂うヘアサロンだ。この作品は、ブラックコミュニティにおいてヘアサロンのような空間が、政治について語り合ったり最新のスタイルを知る場であり、文化の資料室として機能することを示している。世代を超えて蓄積されたスイスの富を象徴する格式張った建築との対比は特に印象的だ。
《It's a Whole Lotta Money》に参加したアーティストたちは、さまざまな質感をもつ機知に富んだ作品を展開している。まず目に入るのは、フォルクス銀行が1978年に打ち出したこじゃれた広告と向かい合う形で展示されている、ダニエル・ジャスパー(Daniel Jasper)によるによる手書きのガーナ映画のポスターだ。その近くには、アフカヌス・オココン(Africanus Okokon)が、ヘアスタイルの見本が描かれているポスターに、部族の印を重ね合わせた作品が展示されている。さらに、アンドレ・マガーニャ(André Magaña)がカルティエの金のブレスレットを3Dプリンターで模造した作品も配置されている。《Barbershop: Live Salon》と題されたパフォーマンスを展開するのはファイサル・アブドゥアッラー(Faisal Abdu’Allah)。このパフォーマンスアートでは、スイス製のバーバーチェアで実際に髪を切りながら本音の会話が繰り広げられており、展示会場全体をまとめ上げている。筆者が訪れた際には、80代の女性が髪を切ってもらっている間に、若い男性が順番待ちをしていた。

もう一つの見どころは、ブリュッセルを拠点とするギャラリー、スーパー・ダコタ(Super Dakota)が展示しているギヨーム・ビル(Guillaume Bijl)とハンヌ・リッパード(Hanne Lippard)による作品《1 ★ Review Tour》だ。何を見る価値があり、何を食べ、何を買い、何を避けるべきかを決めつけるオンラインの星評価システムの専制政治を皮肉たっぷりに批判しているビデオエッセイ形式の本作は、指圧マッサージチェアのヘッドレスト越しに、あるいは標準的な電動マッサージチェアに座りながら鑑賞する仕組みになっている。鑑賞者は、「バーゼルのロシュタワー1号館は間違いなくスイス全土で最も醜い建物である」といった内容を聞きながらリラックスできるというわけだ。加えて《1 ★ Review Tour》は、GoogleやYelpといったプラットフォームがいかに複雑な場所を数値的な総意へと単純化し、意味よりも測定可能なものを優先するアルゴリズムを用いた価値判断を通じて、世界をフィルタリングしているかを探求している。
チューリッヒを拠点とするギャラリー、サンズ・ワークス(suns.works)は、会場である元銀行の建物を最大限に活用するため、文字通り金庫を解放することを選択した。建物の地下に展示された《Bijoux Solaires(ビジュー・ソレール)》は、富を蓄積し隠蔽するために作られたこの部屋を、すべてが販売対象となるきらびやかなジュエリーブティックへと変貌させている。夏至をテーマにしたこのインスタレーションに出品されているのは、熟練した宝石職人が手がけたものから装身具をメディウムに用いて実験を行うアーティストによるものまで様々だ。アンティークの中には、かつてメレット・オッペンハイム(Meret Oppenheim)やアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)が所有していたジュエリーもある。中でも、かつての金融大手クレディ・スイスの20グラムの金の延べ棒を機関銃で巧妙に撃ち抜いてつくられた、アーティストのヨハンナ・ダーム(Johanna Dahm)による指輪は見逃せない。

ちなみにバーゼル・ソーシャル・クラブ以外にも、今週バーゼルで開催されるオルタナティブなイベントはある。メッセプラッツからほど近い場所には、ヘルツォーク&ド・ムーロンが改装したコンクリート製バンカーで開催されるジューン・アートフェアがあり、バーゼルが到達し得る限りの反スペクタクル的な、ギャラリー主導の鋭いプログラムを展開している。大規模フェアに対するより静かな対位法として2019年に設立されたジューンは、商業性よりも対話を重視し、世代を超えたアーティストとディーラーのロースターを結集させている。隣接するラントホフ・コミュニティガーデンは静寂に満ちており、ジューンを必要不可欠な息抜きの場、そして今週最も思慮深く演出された展覧会の一つにしている。
今年、ニューヨークとロサンゼルスに拠点を持つクリアリング(Clearing)は、アート・バーゼルとリステの両方を完全にスキップし、メッセプラッツから約10分のバンヴァルトヴェーク39番地の一軒家を丸ごと用いた「メゾン・クリアリング」を開催している。室内の各部屋と1万平方フィートの庭園に作品を展開し、屋根裏ではスクリーニング、芝生ではディナーが催される。この独自のサテライト・ユニバースはBSCと同様に入場無料ゆえ、誰もが立ち寄りたくなる寄り道の一つと言える。クリアリングの新任プログラミング・ディレクター、オラミジュ・ファジェミシン(Olamiju Fajemisin)がキュレーションを手がけるこのプロジェクトは、セバスチャン・ブラック(Sebastian Black)、ヴァイオレット・デニソン(Violet Dennison)、トビアス・カスパー(Tobias Kaspar)、ザック・キトニック(Zak Kitnick)を含む40人以上のアーティストが参加している。
このように、バーゼルにはメインフェアから一流機関での展覧会まで、多数の選択肢がある。しかし、特にバーゼル・ソーシャル・クラブをはじめとするオルタナティブな会場こそが、この週をより活気づけているのは間違いない。(翻訳:編集部)
from ARTnews