旧地下貯水槽で、深海と出会う──ヤコブ・クスク・ステンセン「PSYCHOSPHERE」展レビュー
森美術館の「マシン・ラブ」展に出展したヤコブ・クスク・ステンセンが、コペンハーゲンの地下貯水槽を転用したアートスペースで個展を開催している。「PSYCHOSPHERE」と題されたこの展覧会では、生命の起源を探る没入型インスタレーションが展開されており、映像と音響、光が織りなす深海世界を体感できる。

編註:こちらの記事は毎週金曜日に配信されているニュースレターに加筆修正を加えたものです。
森美術館の「マシン・ラブ」展に出展していたデンマーク出身のアーティスト、ヤコブ・クスク・ステンセンの、コペンハーゲンで開催されている個展「Psychosphere」を見た。
会場であるアートスペース「システアナ(Cisternerne)」は、19世紀半ばに建設された地下貯水槽を前身とする。1933年まで街の生活用水を貯めた後しばし放置されていたが、1996年にコペンハーゲンが欧州文化首都(EUが毎年数都市を選び、その都市の文化的魅力を1年を通して発信する文化事業)に選ばれたことをきっかけに、展示スペースとして使われるようになった。いまはアーティストの個展を数カ月開催する形式をとっており、これまで塩田千春や三分一博志などの日本人作家も出展している。
地下貯水槽の構造をそのまま転用しているだけあって、中は薄暗い。床一面には薄く水が張られ、来場者はその上におかれたタイルの上を歩きながら鑑賞する。
そして、少なくともステンセンの展示を観る限り、アートスペースとして唯一無二のシステアナの構造は、アーティストの創造力を最大限に引き出している。
ステンセンの「PSYCHOSPHERE」展は、映像と音響、光、彫刻を組み合わせた没入型インスタレーションだ。「生命の起源は熱水噴出孔にある」という説を出発点に、システアナを深海への入口に生まれ変わらせている。
壁面に投影されるのは、太古の海洋生物であるウミユリやアンモナイトの化石の姿。歩みを進めると、未来の生命体と思しき彫刻も登場する。水面に反射する映像では3Dでレンダリングされた深海の火山地形が浮かび上がり、海洋生物の声や熱水噴出孔の音、人が奏でる楽器の音色を組み合わせた多層的なサウンドと相まって神秘的な雰囲気を醸し出す。柱と柱の間では、ガラスでつくられた貝の彫刻が光を放っていた。どれも、ステンセンがフィールドワークによって収集した海底火山の映像や音がベースだ。
そうした要素の一つひとつが、「日光が一切届かず、湿度はほぼ100%。床は鏡のように静かな水面になり、音が約17秒も残響する」というシステアナの特徴と呼応する。一歩踏み外せば水の中という緊張感もまた、作品を鑑賞する感覚を研ぎ澄ます。空間そのものを創作の一部へと昇華させた、サイトスペシフィックな展示だ(展示の様子はステンセンのインスタグラムでも確認できる)。