キム・アヨンが語る「トランスメディア・ストーリーテリング」の可能性
ゲームエンジンやVR、生成AIといったテクノロジーを採用した現代アートにフォーカスした「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」が森美術館で2025年6月8日(日)まで開催中だ。同展に映像作品、ゲーム、彫刻という3つの異なるメディアの作品を出展したキム・アヨンに、同じ世界観をベースに複数のナラティブを展開する「トランスメディア・ストーリーテリング」について訊いた。

舞台は近未来のソウル。他者と接触せず、不可視の存在として荷物を配達する女性配達員が、自分の世界と瓜二つな別世界の自分とさまざまな感情を交差させていく──。
韓国人アーティストのキム・アヨンが2022年に発表した映像作品《デリバリー・ダンサーズ・スフィア》は、新型コロナウイルスのロックダウン時に活躍したフードデリバリーサービスに着想を得た「パンデミック・フィクション」だ。
テクノオリエンタリズムとアジアンフューチャリズムが融合した迷宮のような架空の都市で展開される同作は、2023年、プリ・アルスエレクトロニカのニュー・アニメーション・アート部門で、最優秀賞であるゴールデン・ニカを受賞した。
はじめは映像作品として産声を上げた同作だが、キムはこの物語を続編となるふたつの映像作品、インタラクティブなゲーム作品、さらには彫刻作品やパフォーマンスアートなど、さまざまなメディアで展開している。これらの映像作品、ゲーム、そして彫刻は、森美術館で2025年6月8日(日)まで開催中の「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展で展示中だ。
「アーティストとして、私は複数のメディアで同じ世界観の異なる物語を伝える『トランスメディア・ストーリーテリング』の可能性に興味があるんです」と語るキム。そのインスピレーションや作中で描かれた女性像について、彼女に訊いた。
「顔の見えない配達員」に興味を惹かれて
──《デリバリー・ダンサーズ・スフィア》の構想はパンデミックの時期に生まれたと聞いています。制作のきっかけを教えてください。
起点は当時使っていたフードデリバリーサービスです。毎日いろいろなサービスを利用するなかで、配達員に興味をもったことがきっかけでした。というのも、彼らは配達後すぐに帰ってしまうので、顔を見ることがなかった。そんな利用者と接触することなく商品を届ける配達員たちの「見えなさ」に興味を持ち、彼らがソウルをどう移動し、どんなふうに仕事をしているのか知りたくなったんです。
一方、配達員たちはパンデミック下において最も機敏に街を動き回っていた存在です。移動が制限された社会的状況にあっても、ナビゲーションシステムを駆使しながら精力的に移動していました。そんな彼らが見えていなかったのは私のような発注者だけであり、その「見えなさ」は、特定の条件下でしか成立しないものだったと気づきました。
──そもそも、なぜ女性配達員を主人公としたのでしょうか?
根本的な理由としては、私は自分が想いを巡らせたり、支持したりできるようなキャラクターが好きなんです。もがきながらも与えられた道から外れてしまう、異端のような女性主人公に惹かれます。
その上で、韓国では女性の配達員は少なく、それゆえ男性配達員以上にその存在が不可視化されているという事実に着目しました。そこでネット上で女性配達員を見つけ、何度か取材をさせてもらったんです。バイクの後ろに乗せてもらって、一緒に配達に行ったりもしました。これは本当に解放的な経験でした。
特に印象的だったのは、彼女がアプリにどれほど依存していたか。目の前の現実の道路状況を意識しながらも、絶えず新しい通知を受け取りアプリの地図を使って街を移動するなかで、彼女の現実の認識は分岐し、増殖していきました。これが作品のインスピレーションになったのです。
SFで描かれた女性たちの恋愛物語
──今回の「マシン・ラブ」展では彫刻作品も展示されています。
彫刻を制作したのは、フィクションの登場人物が物理空間にいたら面白いと思ったから。キャラクターがフィクションの世界から飛び出してきたような印象を与えたいと考えたんです。映像、ゲーム、彫刻と、どれも異なるタイミングで制作した作品ですが、森美術館館長の片岡真実さんの提案で、今回は3つを一緒に展示することになりました。
実はいま、新しくパフォーマンスアートも制作中です。最初にゲームエンジンで世界観をつくると、ひとつのアセットをもとにゲームや映像、VRなどさまざまなメディアに転用できるので魅力的なんです。
──彫刻作品は、何の場面を表現しているのかが曖昧に見えました。
あえて曖昧にしています。事故の瞬間にも見えますし、片方がもう片方を助けているようにも見える。あるいは暴力をふるっているようにも。少し性的な要素を帯びているのも意図的にです。私は日本のGL(ガールズラブ)の大ファンで、GL文化に大きな影響を受けています。この作品もGLの物語をほのめかすものとして意図して制作したんです。
──映像作品にも、それを思わせるシーンがあります。
はい。映像作品をすべて観ると、ふたりのキャラクターの間に微妙かつ曖昧な緊張関係があることに気づくでしょう。最初は敵対的ですが、時間とともに主人公は相手に対して愛情や好奇心を感じるようになります。配達は孤独な仕事なので、彼女たちの間には友情やそれ以上の感情が生まれますが、アルゴリズムによる統治が彼女たちの結びつきを許さない。そんなふたりの様子を印象付けたかったのです。
ちなみに、作業の中でAIに主人公たちのイメージを出力させたことがあったのですが、極端に性的で従順な女性像しか出て来ず、まったく使えませんでした。彼女たちは労働者階級のヒーロー。自信に満ち、強くなくてはなりません。制作中のパフォーマンスアートでも、俳優たちに大きなジェスチャーで、従来のイメージで言うところの「男性的」な演技をしてもらっています。アーティストとして、そうしたバイアスを壊すことも意識して制作をしています。
──そもそも、なぜ女性配達員を主人公としたのでしょうか?
私が興味を惹かれたのは、利用者と接触することなく商品を届ける配達員たちの「見えなさ」でした。特に韓国では女性の配達員は少なく、それゆえ男性配達員以上にその存在が不可視化されていたのです。
とはいえ実際のところ、パンデミック下において配達員は最も機敏に街を動き回っていた存在であり、ナビゲーションシステムを駆使しながら精力的に移動していました。そんな彼女たちが見えなかったのは私のような客だけであり、その「見えなさ」は特定の条件下でしか成立しないものだったのです。
もうひとつ根本的な理由として、私は自分が想いを巡らせたり、支持したりできるようなキャラクターが好きなんです。もがきながらも与えられた道から外れてしまう、異端のような女性主人公に惹かれます。

トランスメディア・ストーリーテリングの可能性
──キムさんにとって、同じ世界観を複数の形態で展開することの魅力はなんですか?
アーティストとして、私は複数のメディアで同じ世界観の異なる物語を伝える「トランスメディア・ストーリーテリング」の可能性に興味があるんです。原作漫画のアニメ化や実写映画化といった「ワンソース・マルチユース」と異なり、トランスメディア・ストーリーテリングは、異なるメディアの異なる物語が組み合わさることで全体の世界を形成します。つまり、同じストーリーを繰り返すのではなく、物語がメディアを通じて拡張していく。マーベル・コミックスやK-POPの世界観づくりでも使われている手法ですね。アーティストとして、私はそれぞれのメディアの性質に注目しながらトランスメディア・ストーリーテリングに取り組んでいます。
──「それぞれのメディアの性質」とは?
例えば、映像とゲームには視点の違いがあります。観客がただの観察者なのか、あるいは物語の中の人として作品に接するのか。当然、それによって語れることやナラティブは大きく変わりますよね。それの性質を活かしたストーリーテリングによって物語が拡張するのです。私はストーリーテラーであり、それを表現するときにアーティストになるのです。
──最後に、キムさんがフィクション作品を制作し続ける理由を教えてください。
フィクションには、私たちの生活をいつもとは異なる視点から内省させる力があると信じています。社会や現実に浸かっていると問題が見えなくなったり、麻痺してしまうことがありますが、一歩引いてみると、突然物事が非常に奇妙に見えるようになる。だからこそ、私はいまの日常を見つめなおすためのツールとして、思索的なフィクションを作り続けるのです。