ホラー映画『28年後…』にゴームリーの巨大天使像が登場。度々物議を醸した本作は何を意味するのか
6月20日に日本でも全国公開されたサバイバル・ホラー映画『28年後…』に、イギリスの著名彫刻家アントニー・ゴームリーの超巨大な天使像が登場する。1998年の完成時だけでなく、これまで度々政治論争に巻き込まれてきたポストアポカリプス的な作品に込められた意図とは?

現在公開中の映画『28年後…』は、『28日後…』(2002)、『28週後…』(2007)に続き、ダニー・ボイル監督と脚本家のアレックス・ガーランドがタッグを組んだ最新作で、人間に理性を失わせ、凶暴化させるレイジウイルスのパンデミックから28年後の世界を描いている。
スコットランドが舞台になっているこの映画に登場するのが、イギリスで最も有名なパブリックアートの1つ《Angel of the North(北の天使)》(1998)だ。ターナー賞受賞作家のアントニー・ゴームリー(*1)が制作したもので、スコットランド北東部のゲーツヘッド近郊、ロンドンとエディンバラを結ぶA1高速道路から見えるところに、赤錆色の巨大彫刻がそびえ立っている。
*1 ゴームリー作品は、日本でも東京国立近代美術館や東京オペラシティ、大分の国東半島などで展示されている。
耐候性鋼板でできたこの彫刻は、高さ約20メートルの人型が、長さ約54メートルの翼を広げているもの。高速道路を通る年間数千万人が目にするとされ、ゴームリーの存在感を強く印象付ける作品だ。ちなみにゴームリーは、今秋テキサス州ダラスのナッシャー彫刻センターで、アメリカでは過去最大となる個展が予定されている。
映画の中では、猛威を振るったレイジウイルスで荒廃し、草が伸び放題になった野原に、この巨大彫刻が立っている。保護性の錆によって腐食を防ぐ加工が施された鋼板が醸し出す黙示録的な雰囲気は、『28年後…』の設定にぴったりだ(映画では、大量の骨や頭蓋骨でできた不気味な塔「ボーン・テンプル」も登場する)。また、イギリスの保守党政治への批判の象徴としてもこの彫刻が意味を持つ。なお、ラストには、長年にわたる未成年者への性的虐待で死後に告発されたイギリスの有名人がモデルと思える人物が出てくる。
ゴームリーは《Angel of the North》を、現在彫刻が設置されている地域で働いていた鉱夫たちへのオマージュとして制作したと語ったことがある。
「この土地の下で石炭の採掘が行われていたことを思うと、詩的な響きが感じられます。男たちは地下の暗闇の中で働いていました。今、この産業に対する賛美として、彫刻が光の中にあるのです」
一方、2019年のニューヨーク・タイムズ紙のインタビューでは、この作品が保守党政権のサッチャー元首相への批判を意図したものだと語っている。ゴームリーによると、小さな政府と規制緩和を中心とした新自由主義に基づくサッチャーの政策は、「産業革命から生まれたもの全てが終わった」と思わせるものだったという。
しかし、この作品が完成当時に物議を醸したのは、サッチャー政治への批判からではなく、その外観が理由だった。数多くの地元政治家が目障りだと主張し、周辺地域のユダヤ系住民は、1930年代にヒットラーが作らせたイカロスの像を思わせると非難。ゴームリーは地元紙からナチスのレッテルを貼られることになった。
最近もこの彫刻は、政治的な論争に巻き込まれている。それは2016年のブレグジット(イギリスのEU離脱)に関する国民投票の年で、反EU団体「Vote Leave(離脱に投票を)」が、天使の翼に 「Vote Leave Take Control(離脱に投票し、主権を取り戻せ)という文字を投影した。ゴームリーは離脱派に書簡を送り、この行為は彼が離脱派の主張を支持しているという誤解を招くと抗議している。
ゴームリーはまた、自身のウェブサイトに掲載した声明の中で、天使の彫刻は「集団的な希望に焦点を当てる」意図から生まれた作品だと書いている。ウイルス感染者の隔離がブレグジット後の孤立主義を暗示するこの映画では、こうした希望を抱くのは不可能かもしれない。(翻訳:石井佳子)
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