高木由利子が語る、写真表現の可能性──「旅と撮影ほどのエクスタシーはほかにない」

衣服を通じて世界各地の風土と身体のありようをカメラに収め、「美」とは何かを問い続けてきた写真家・高木由利子の展覧会「Threads of Beauty 1995‐2025 ― 時をまとい、風をまとう。」が、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催される(3月10日から29日まで)。民族衣装から渋谷の若者文化までを横断する本展開催を機に、高木に写真の可能性について話を聞いた。

Yuriko_Takagi Photo: Timothee Lambrecq
高木由利子 Photo: Timothee Lambrecq

3月に行われる「渋谷ファッションウィーク2026春」(以下、SFW)のアートプログラムとして、写真家・高木由利子の30年以上にわたるプロジェクトを総括する展覧会「Threads of Beauty 1995‐2025 ― 時をまとい、風をまとう。」が、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催される(3月10日から29日まで)。

高木は1980年代末から90年代にかけて、日本のファッション写真に新たな地平を切り開いてきた。単なる商業写真の枠を超え、衣服、アイデンティティ、自然、時間といった要素を有機的に結びつけるイメージづくりを通じて人間の身体性を探求し、生きるという経験そのものを描いてきたとも言える。とりわけ1990年代半ば以降、高木は世界各地を旅しながら、衣服と土地、身体と風土の関係を探る長期的なプロジェクトを継続してきた。本展は、その1995年から現在までの軌跡を総覧するものであり、制作と消費のスピードが加速する時代において、衣服と身体、時間と風景の関係をあらためて見つめ直す機会となる。

会場構成(セノグラフィー)を手がけるのは、建築家の田根剛。歴史や記憶のレイヤーを掘り起こし、空間として再構築するアプローチで知られる田根が、高木のイメージにどのような身体的体験を与えるのかも、本展の見どころのひとつだ。

彼女の活動拠点である軽井沢のスタジオを訪れ、世界中を旅しながら撮影を続けてきた高木が写真とどのように向き合いつづけてきたか尋ねた。

旅から偶然生まれたプロジェクト

Yuriko_Takagi Photo: Timothee Lambrecq
Photo: Timothee Lambrecq

──今回SFWで行われる展示「Threads of Beauty 1995‐2025 ― 時をまとい、風をまとう。」の元となる作品〈Threads of Beauty〉は、1995年から続く長期シリーズです。このプロジェクトはどのように始まったんでしょうか。

〈Threads of Beauty〉はたまたま生まれたものなんです。もともと私は(三宅)一生さんの服や、コスチューム・アーティストのひびのこづえさんがつくった服を世界中の人に着てもらい、その姿を写真に収めるプロジェクトを展開していました。90年代当時、「スーパーモデル」たちがメディアを席巻し、表現が画一化し、服と人間の関係が軽視されつつあるように思えるなか、このプロジェクトは、自分なりのスーパーモデルを探す旅でもありました。当時は、世界の様々な場所で出会う人々に、彼らがいつも着ている服ではなく私が持ってきた服を着てもらうことに主眼を置いていたわけです。

でも、その後、お茶にまつわるシーンを世界中で撮っていく「旅茶」というプロジェクトのために中国を訪れたことが、〈Threads of Beauty〉のきっかけとなりました。イ族という部族が暮らす村を訪れ、現地の方の自宅でお酒をいただいていたら、ふと彼の服装がすごく格好良く見えたんです。そこで「これは記録した方がいいかもしれない」という気持ちが芽生えたわけです。彼/彼女らがもともと着ている服を記録するなんて、それまでは考えてもいませんでした。

「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025」展示風景、Bunkamuraザ・ミュージアム、2026年
「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025」展示風景、Bunkamuraザ・ミュージアム、2026年
「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025」展示風景、Bunkamuraザ・ミュージアム、2026年
「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025」展示風景、Bunkamuraザ・ミュージアム、2026年
「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025」展示風景、Bunkamuraザ・ミュージアム、2026年
「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025」展示風景、Bunkamuraザ・ミュージアム、2026年
「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025」展示風景、Bunkamuraザ・ミュージアム、2026年
「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025」展示風景、Bunkamuraザ・ミュージアム、2026年
「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025」展示風景、Bunkamuraザ・ミュージアム、2026年
「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025」展示風景、Bunkamuraザ・ミュージアム、2026年

──それまでのプロジェクトと比べると、〈Threads of Beauty〉はドキュメンタリー性がかなり強まっているように思います。撮影との向き合い方も変わるものですか。

もちろん性質は異なりますが、共通する部分もあります。私はいつも映画の一場面を切り取るように撮影したいと思っていて、被写体の背景にあるストーリーを想像したり創作したりしながら写真を撮るのですが、〈Threads of Beauty〉においても同じようなアプローチをとっています。ですから、記録的な写真とは本質的には異なるものになっていると思います。

──撮影を進めていくうえで、事前に綿密な計画はあるのでしょうか?

計画して大規模な撮影を行うわけではありません。被写体のお家に招かれた際は、すぐカメラを出さずに、コミュニケーションを重ねながら徐々に撮影へ移ることもあります。あるいは、300mmくらいの望遠レンズを使って気づかれない位置から撮影することもあります。

民俗学的な見地から被写体を決めているわけではなく、すべてが偶然の出会いの産物なんです。そもそも、人生はすべて出会いだと思っていて。友人から紹介してもらうこともあれば、雑誌で見かけた小さな写真をきっかけに「この人を撮りたい!」と思い立ち、ナミビアまで行ったこともありました。当時は今ほどインターネットが身近ではなかったし、図書館に行ったり人に尋ねたりするなかで、別の出会いが生まれていったのもよかったですね。

Yuriko_Takagi Photo: Timothee Lambrecq
Photo: Timothee Lambrecq

──最初から全体像が決まっているプロジェクトではないんですね。

ゴールが決まっているわけではないです。ただ、私の寿命もありますから(笑)、このあたりで一度まとめておこうと思い、今回写真集をつくり、展覧会を行うことになりました。

──変な質問ですが、ずっと撮影を続けるなかで、飽きたりすることはないんですか?

全然飽きません。私は旅と撮影が一番好きで、これ以上のエクスタシーはないんです(笑)。飽きないどころか、やればやるほど面白くなってきている気がします。

──プロジェクトを始められた30年前と比べたら、世界の辺境の地へのアクセスも随分とよくなりましたね。

でも、実は昔の方がいろいろな国に行きやすかった気もします。現在の国際情勢において行きづらい国はどんどん増えていますから。今はむしろ、世界が広くなっているのか狭くなっているのかわからない。インターネットのようなバーチャルな世界が拡充し、どこかに行かなくても情報を得られる一方、実際の体験を求める人も増えていてオーバーツーリズム問題にも繋がっている。でも旅行に行ったらiPhoneでずっと写真を撮って満足してしまう人も少なくないですから。

──この30年で世界各地の様子も変わりましたか?

そうですね。例えば砂利道しかなかった場所に道路が引かれると、あっという間に民族衣装が消えてTシャツとジーンズの人が増えていく。わずか数年で変わってしまうんです。道が文明をつくる代わりに文化を壊してるのかもしれないと感じることもあります。

建築家・田根剛とのコラボレーション

Yuriko_Takagi Photo: Timothee Lambrecq
Photo: Timothee Lambrecq

──今回は写真集と展覧会という発表形態をとられていますが、プロジェクトを立ち上げたときからアウトプット方法も決めているんですか?

撮ってるときは一切考えないです。長い時間をかけてつくっている作品も多いので、ある程度まとまってきたタイミングで発表形態を考えます。今回は、会場のスケールが大きいので建築家の田根(剛)さんに会場構成を依頼しました。普段は自分で空間デザインを考えることも多いんですが、自分と違うノウハウをもった方とコラボレーションするのは刺激的で面白いです。

──田根さんとは以前からコラボレーションを重ねています。

田根さんとは、2016年に新国立美術館で行った対談で知り合いました。初めて会ったときから、この人とはオーバーラップしているものがたくさんあるなと感じたんです。あまり話し合わなくてもわかりあえる。色のイメージや全体の空気感、光の明るさなど抽象的な要素から話しはじめて、こちらのイメージにどう応答してくれるのか、いつも楽しみにしています。

──今回はどんな空間を目指したのでしょうか。

フレームに入れて壁に飾るというオーソドックスな形態をとらず、観る人が“村”の中を歩き回るような展示になっています。写真は和紙にプリントしているんです。それはそれでとても美しいんですが、私はニスフェチで(笑)、何にでもニスを塗りたくなってしまう。ニスを塗ることで、写真の黒がすごく締まってテカリが出て、より「写真らしく」なるんです。今回も120枚以上、全部ニスを塗っています。大きいものは施工会社にお願いしますが、小さいものは自分で塗っています。さらに、アクリルボックスの中に私のオリジナルプリントやコンタクトシート、旅先で見つけたものなどを入れて展示するコーナーも設けています。

──渋谷の街を捉えた展示作品についても教えていただけますか?

《Parallel Styles: Shibuya x The Other Side》ですね。今回の展示を考案する過程の中で、2000年代初頭に渋谷のスクランブル交差点で撮影したシリーズをつくっていたことを急に思い出したんです。Bunkamuraが会場だし、渋谷の若者と世界の民族を対比させるような映像をつくれるんじゃないかと思いました。

ガングロなんかが流行っていた時代の渋谷って、本当に面白かったんです。世界の民族と並べても負けないくらい独自のスタイルがあった。その映像を世界各地で撮った写真と組み合わせ、旅先で収録した音や声も使いながら構成しています。

AIには奪えない撮影の喜び

Yuriko_Takagi Photo: Timothee Lambrecq
Photo: Timothee Lambrecq

──コンセプトを考えたりプロジェクトを立ち上げたり撮影したり展示したり、ひとつの作品を発表するまでにはさまざまなプロセスがあります。高木さんは、どこに関心があるんでしょうか。

写真って、ファインダーを覗いて切り取ることですから、一番はやはりファインダーを覗くこと。iPhoneでの撮影は、私からすると、覗き込まないからその喜びは100分の1未満です(笑)。覗き込んでいる撮影者しか見えないことが重要なんです。

写真って、それを見た人が勝手にいろいろなところへ想像を広げていくけれど、本来は、すごくエゴイスティックなもの。自分しか覗いていないし、自分ひとりのものなんです。今は写真がデータになっていて、チャチャチャっと写真を見れるし撮れるけど、私にはそれが幸せだとは思えない。喜びとは、人とシェアすることではないと思っていますから。シェアした途端に忘れるし、全然楽しくなくなる。でも、そういうことじゃないんです、写真の喜びというのは。

この喜びはAIには渡せない。最近、幸せ論というものをよく考えているんです。個人の幸せとは何か、自分がどういう時に幸せかというのを、それぞれが自分に問わない限り誰も教えてくれない。フォトグラファーの場合は、ファインダーを覗いてシャッターを切ることが楽しいわけです。その楽しみは、AIには奪えません。

──撮影の際はけっこうたくさん写真を撮られるんですか?

あまり撮らないようにしてるんですけど、撮るのが速いので、結果的にたくさん撮っちゃうこともあります。普段はのんびりしてるんですが、撮影は年々速くなっていますね。若い頃は試行錯誤するし、絵コンテを細かく描いてから撮影に臨んでいましたが、50歳くらいからカメラと自分が一体化してきた感覚があり、カメラを持つとすぐに撮れるようになりました。

Yuriko_Takagi Photo: Timothee Lambrecq
Photo: Timothee Lambrecq

──以前とある陶芸家の方が、長く続けていると「自在に操れるようになる」と仰っていて、その境地に達するってすごいなあと感動しました。まさにそれに近そうです。

自在って面白いですね。私はまだそこまで到達していませんが、特にファッションの撮影は速いです。服を見たら、どういう光が一番綺麗に見えるのか、テクスチャーや形などどこを見せればいいのか、すぐ判断できる。そういう光をキャッチするのが写真家の仕事だし、その差異に敏感であるべきだと思います。だから、撮影してるときにほかの人から「こっちから見るのも綺麗ですよ」なんて言われると、ちょっとイラッとしちゃう(笑)。

──それだけ自分の判断を信じられるってことですね。

今の世の中、何を信じればいいかわからない。だから結局、自分の感覚を信じるしかないんです。それができる人はどんどん強くなるし、逆にできないと不安になっちゃいますよね。

──展示を行う際も、すぐ見せ方を決められるものですか?

それが、いつも写真のサイズがぜんぜん決まらなくて(笑)。絵画や彫刻はまずサイズを決めてからつくりますが、写真は後から変えられます。それが決められない。あるとき自分のなかでピンとくる瞬間が来るんですが、それまで自分を泳がしておかなきゃいけなくて。素材も同じで、何にプリントするかなかなか決められないんです。特に今はUVプリントで石膏や漆喰などさまざまな素材にプリントできるので、迷ってしまいます。今回は漆皮の作家さんとコラボレーションして皮革にプリントした作品もつくったんですが、すごくかっこいいものになりました。

常にアップデートしつづけること

Yuriko_Takagi Photo: Timothee Lambrecq
Photo: Timothee Lambrecq

──どんどん判断も速くなる一方で、もっと「上手くなりたい」とも思うものですか? ペインターの方などにお話を伺っていると、キャリアのある方でも「まだ上手くなれる」とおっしゃることも少なくありません。

以前、世田谷美術館で行われた横尾忠則さんの展覧会で、横尾さんがスピーチの中で「自分はどんどん絵が下手になってきたけど、それはそれでいいんじゃないかと思えてきた」と仰っていたんです。私はその下手な自由さが素晴らしいと思ったんです。

私自身は上手・下手というより、今でも毎回新しいことにチャレンジすることにしてるんです。自分の技術自体はもうあまり変わらないかもしれませんが、新しいテクノロジーとセッションすることで、予想外のことが起きるのがすごく楽しい。特に私たちの世代は、暗室やフィルムからデジタルまで、テクノロジーの変化と共に活動してきたので、新しいものも古いものも共存させながら作品をつくっています。腕を磨くというより、新しい発見に興味があるんです。

──新しいテクノロジーを使うことによって、作品の可能性がさらに引き出されるというか。

そうですね。写真とは何かという疑問が常にある一方で、写真でしか表現できないことを常に意識するようにしています。例えば、私がPhotoshopのようなツールを一切使わないのは、レタッチでモノを消したり足したりするのは私にとって「写真」ではないからです。

被写体があって、それを写すこと。見えてるものだけを写し取るのではなくて、見えないものも含めて捉えようとすること。それが写真家の仕事であり、写真の面白さでもあると思います。

──今回の展示も素材とのコラボレーションや映像のアプローチ、会場構成など、さまざまな点でアップデートが行われているように思います。30年の蓄積という意味でも、過去に撮られた写真が新たなかたちでプレゼンテーションされるという意味でも、ひとつの集大成と言えそうですね。

私はさまざまなプロジェクトに取り組んでいて、なかには〈Threads of Beauty〉のように数十年続いているものもありますし、なかにはまだ発表していないものもたくさんあります。

だからこそ、今回Bunkamuraで展覧会や写真集を発表できるのはうれしい。特に写真集は本自体が旅をするようにして広がっていくものでもありますから。これまで撮らせていただいた被写体の方々に、どうすれば御礼をできるのかずっと考えていました。こうやって彼/彼女たちの格好いい姿をたくさんの方に見てもらうことが、御礼になればいいなと思っています。

SHIBUYA FASHION WEEK 2026 Spring x Bunkamura
高木由利子 写真展「Threads of Beauty 1995‐2025 ― 時をまとい、風をまとう。

会期:2026年3月10日(火)〜2026年3月29日(日)
場所:Bunkamura ザ・ミュージアム(東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura B1F)
時間:13:00~20:00(最終入場19:30まで)
休館日:会期中無休
入場料:無料
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/26_takagi.html

あわせて読みたい