約5万年前のムルジュガの岩絵100万点が世界遺産に。イコモスは周辺のガス田による汚染に警鐘
7月11日にユネスコの世界遺産委員会は、オーストラリア北西部のバーラップ半島にあるムルジュガの岩絵の世界文化遺産登録を決定した。しかし、この岩絵群の近隣では巨大なガス田や肥料工場が稼働しているため、汚染物質による岩絵への影響が懸念されている。

西オーストラリア州北部のピルバラ地域に位置し、赤い岩山が連なるバーラップ半島は、先住民からムルジュガと呼ばれていた。ここには、ストーンヘンジやギザのピラミッドよりはるかに古い時代に描かれた100万点もの岩絵が存在し、中には5万年前にさかのぼる最古の人間の顔の絵もある。この地が先週、ユネスコの第47回世界遺産委員会で、世界文化遺産に認定された。
同地域を管理する先住民族の1つ、マルドゥドゥネラ族に属し、ムルジュガの保護活動を行っているレエリーン・クーパーは、ユネスコの決定についてオーストラリア放送協会にこう語っている。
「ムルジュガの普遍的価値が世界遺産として認められたことは、祖先や未来の世代にとって記念すべきことです。岩絵は私たち民族の物語を伝え、その伝統や土地とのつながりが続いていくことを象徴しています」
ムルジュガの土地は、ンガルダ・ンガルリ(Ngarda-Ngarli)と総称されるの5つの先住民グループによって管理されている。彼らの20年にわたる働きかけが実り、2023年にオーストラリア政府が、岩絵を含む文化的景観を世界遺産候補とする推薦書をユネスコに提出した。
しかし、約1000平方キロにおよぶ対象地域には、環境への悪影響が懸念される大規模なガスプラントや肥料工場がある。中でも、1980年代から操業しているウッドサイド・エナジー社のカラサ・ガスプラントについては、ガス田の稼働期間を2070年まで延長する申請を政府が5月28日に条件付きで承認。環境大臣のマレー・ワットは、事業延長の承認には大気への影響に関する厳格な条件が付されており、ムルジュガの岩絵への影響は政府の審査過程で十分検討されたと強調している。
オーストラリア政府がムルジュガの岩絵の状態は全体的に良好だとする一方、ユネスコの諮問機関である国際記念物遺跡会議(ICOMOS:イコモス)は5月に、同遺跡がこうした工場からの排出物に脆弱だと指摘した。それに対し、ムルジュガ地域の管理団体とワット環境大臣は、世界遺産登録申請を差し戻すよう勧告するイコモス案に反対する活動を行っていた。
最終的には世界文化遺産への登録が決定したが、世界遺産委員会はオーストラリア政府に対し、地元企業に対象地域への影響を追跡調査させることを求めている。ただし、ムルジュガ地域には、近隣の石油・ガス開発の中止を主張する関係者もいる。
「今日、オーストラリアは世界遺産登録リストを書き換えましたが、そこにはエネルギー企業の利益も含まれています。オーストラリア政府によって、推奨されていた全ての保護措置が除外されたのは遺憾ですが、ムルジュガがついにユネスコの世界遺産に登録されたことは大きな喜びです」と遺跡の保護活動を続けるクーパーは語り、こう続けた。
「その一方で、私たちの聖地の周辺には肥料工場が建設され、ガスプラントはあと50年もの間、私たちの岩絵に有害な汚染物質を排出し続けます。今日の最終決定は、イコモスが勧告した保護措置には程遠いものです。とはいえ、世界遺産委員会からの今日のコメントは、環境汚染を引き起こす産業によるムルジュガへの冒とく的な行為を防ぐため、状況を変える必要があるというオーストラリア政府とウッドサイド・エナジー社に対する明確なシグナルと言えるでしょう」
オーストラリアにおける世界遺産登録は今回で21件目、アボリジニの世界文化遺産としては2件目となる。(翻訳:石井佳子)
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