2025年上半期、世界のオークション売上は6%減少──ArtTacticが最新分析を発表

アート市場の調査会社、ArtTacticが発表した最新データによると、2025年上半期の世界のオークション市場は前年比6%減となった。一方で、保証付き作品の市場占有率は72.9%に達し、リスク回避志向が強まる市場環境が浮き彫りになった。

2025年5月に1360万ドル(手数料込み、約20億円)で落札された、マレーネ・デュマスの《Miss January》(1997年)にも、第三者による保証が付いていた。Photo: Courtesy Christie’s Images Ltd. 2025

ロンドンを拠点にアート市場のリサーチ・分析を専門とする企業、ArtTacticは今週、オンライン限定の取引、地域別の動向、カテゴリー別の内訳、ラグジュアリー市場、保証制度の影響など、多角的に分析した5本のレポートを発表した。

このレポートによると、世界のオークション市場全体が調整局面にあるなか、2025年上半期のオークション大手3社、クリスティーズサザビーズフィリップスの総売上は、前年同期比で6.2%減にとどまり、落札点数は1.3%増加した。同社COOで分析部門責任者を務めるリンジー・デュワーは、US版ARTnewsの取材に対し、以下のようにコメントしている。

「今年は全体的に不透明感が強く、肌感覚では厳しい印象がありましたが、実際の数字では6.2%の減少にとどまりました。特に関税などの影響を考えると、むしろ健闘したとも言えます」

全体では6.2%減少したが、カテゴリー別で見ると、戦後・現代アートの売上が19.3%減の12億2000万ドル(約1810億円)、印象派・モダンアートは7.7%減の9億8900万ドル(約1467億円)、ラグジュアリー部門はほぼ横ばい(0.5%減)の8億590万ドル(約1194億円)と減少傾向が目立った。一方で、デザイン、装飾美術、家具は20.4%増の1億7200万ドル(約255億円)、オールドマスターは35.6%増の1億7120億ドル(約254億円)と大きく伸長した。

2025年上半期の世界のオークション売上高は前年同期比で6.2%減、過去10年で2番目に低い水準となった。Chart: Courtesy of ArtTactic

上半期の戦後・現代アートの減少について、デュワーは高額作品の出品減が主因だと指摘。たとえば、5月セールに出品されたアンディ・ウォーホル《Big Electric Chair》やアルベルト・ジャコメッティ《Grande tête mince(ディエゴの頭部)》などの大作が、買い手が付かずに出品取り下げとなったことが象徴的だと振り返った。

「今のように不安定な市場では、無理に売る必要がなければ、オーナーは出品を控える傾向にあります。青天井のような価格がつく大作は、市場心理が慎重になるとまず姿を消します。100万〜1000万ドル(約1億4800万〜14億8000万円)の作品が取引されても、全体の売上を大きく押し上げるほどではありません」

印象派・モダンアートの7.7%減については、買い手側の姿勢がより保守的になっていると見る。

「不安定な相場の中で100万ドルの予算があったとして、1カ月前に初めて名前を聞いた作家の作品に使うでしょうか? それとも、過去50年間安定した市場を持つ作家を選ぶでしょうか? 大きなリターンは望めなくても、2〜3年後にも同じ価値が保たれていると考えれば、後者を選ぶのが自然です」

ArtTacticの分析では、ニューヨーク、ロンドン、香港で開催されたイブニングセールにおいて、1910年以降に生まれた戦後・現代作家の作品に付けられたオークションハウスあるいは第三者による「保証(ギャランティ)」の比率は、過去最高の72.9%に達したことも明らかになった。これはArtTacticが調査を開始した2016年以降で最も高い水準となる。

2025年上半期のイブニングセールで落札された戦後・現代美術作品のうち、保証付きの作品が占める割合は72.9%に達し、2016年以降で最も高いシェアとなった。Chart: Courtesy of ArtTactic

デュワーは「おそらく市場史上、最も保証の比率が高くなっています」と指摘し、「市場の信頼の表れと見る向きもありますが、私はむしろリスク回避と捉えています」と続けた。

このうち、第三者による保証が全保証額の96%、保証付き落札点数の90.7%を占めており、オークションハウスがリスクを第三者へと移行している構図が見て取れる。

「今や、保証の付いていない作品を見ることのほうが珍しい状況です。単独オーナーが所有するコレクションのセールでも同様で、実質的にはオークション前に売却が決まっているようなもの。ある意味で“公開されたプライベートセール”とも言え、リスクを下げる効果があります」

一方、保証のない作品は落札されないか、直前で出品が取り下げられる傾向が強いという。「ジャコメッティのような作品には保証がつけられませんでした。というのも、クライアントが希望した7000万ドル(約104億円)を出せる買い手はおらず、結果として売れませんでした。このように、保証がつかなければ、その作品が本当に売れるかどうかの判断がつきにくいのです」

ただし、保証なしで落札された一部の作品は、年平均成長率(CAGR)が36.4%と、保証付きの4.6%を大きく上回る価格で売れている。

「保証なしの作品は確かに価格の振れ幅が大きいですが、入札競争が活発になることも多く、結果として良いリターンにつながる可能性があります。保証が付いていると保険のように機能し、逆に入札を抑制してしまう場合があるのです。保証なしでも出品できるのであれば、今の市場ではそのほうが大きな結果を出せる可能性があります」

2025年上半期において、保証なしで出品されたオークション作品の年平均成長率(CAGR)が36.4%であったのに対し、保証付き作品のCAGRは4.6%だった。Chart: Courtesy of ArtTactic

また地域別では、ニューヨーク主導の傾向が強まっており、パリやロンドン、香港の動きは控えめだった。例年盛況だった夏のセールも、今年はクリスティーズがイブニングセールを開催せず、サザビーズとフィリップスも小規模にとどまった。

「以前は夏のセールも大きな存在感がありましたが、今年は控えている印象がありました。これは供給側の問題で、10月に向けて出品を温存しているのだと思います」

オンライン・オークションはヨーロッパ主要都市で堅調

オンライン・オークションの総売上も10%減少したが、落札点数は12.9%増と堅調だった。特に欧州主要都市での伸びが顕著だ。こうした傾向の背景には、コロナ禍を経た5年間で、オンライン取引への信頼が浸透したことがある。

「コロナ禍をきっかけに、100万ドルを超えるような作品をオンラインで買うことに抵抗がなくなりました。人々がオンラインでの取引に自信を持つようになったのです」

オンライン・オークションでは、100万ドル以下の作品群を中心に堅調だったことに加え、1日限りの対面セールとは異なり1週間にわたって入札が行える点も、取引量の増加に寄与しているという。

下半期についてデュワーは、「保証」が出品を促す上で引き続き重要な役割を果たすと予測する。

「保証があることで、出品者は『オークションハウスが自分の作品に自信を持っている』と感じられ、安心して委託できるようになります。それが市場のリスク回避にもつながるのです」

保証の存在そのものに対する見方も、今後変化していく可能性がある。たとえば、最近ロンドンのオールドマスターズ・セールでは、カナレットの《ヴェネツィア風景》が3190万ポンド(約63億円)という記録的な価格で落札された。

「保証はこれまでリスク回避のための戦法として捉えられてきましたが、市場の中でこれだけ一般的になり、成功事例が続くと、逆に、自信の表れとして機能しはじめるかもしれません」とデュワーは語る。

「市場の4分の3が保証付きとなっているなか、1点だけ保証のない作品があったとすれば、『なぜこの作品だけ保証がついていないのか? 売主がよほど自信を持っているのか、あるいは誰も欲していないのか?』と見る目が変わるのではないでしょうか」

from ARTnews

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