WHO支援作品をアメリカ商務長官が所有。その矛盾にアート界から批判の声
WHOを離脱したトランプ政権の商務長官が、同団体支援のチャリティ作品を所有──そんな皮肉な構図に、アート界の一部から批判の声が上がっている。

アメリカの商務長官ハワード・ラトニックは7月13日(アメリカ現地時間)、自身の最新の買い物である高級テキーラのボトルをSNSで披露した。しかし、アート界の一部の人々は、その投稿に写っていた別の物に怒りの目を向けた。それは、現在グッゲンハイム美術館で回顧展が開催されているアーティスト、ラシード・ジョンソンの作品と思しき絵画だった。
ハウザー&ワースに所属するスターアーティスト、ジョンソンは、自身が長年取り組んでいる「Anxious Men(不安な男たち)」シリーズの奔放な具象表現を、新たなグローバルな「異常」を前に再解釈したものとして、新型コロナウイルスのパンデミック初期に「Anxious Red(不安な赤)」シリーズの制作を開始した。このシリーズでは、コットンラグに赤のオイルスティックを用いた不安をかき立てるような抽象的な筆致によって、2020年当時、世界中の人々が胸の奥に抱えていただろう渦巻く不安感を可視化している。
このシリーズはオークション市場でも堅調で、100万〜200万ドル(最新の為替で約1億5000万〜3億円)の価格帯で落札されている。また、シカゴ美術館やモルガン・ライブラリーなど、複数の美術館が同シリーズの作品を所蔵している。
ハウザー&ワースの広報担当者は、この作品がジョンソンによるものであることを認めた上で、ギャラリー経由ではなく、セカンダリーマーケット(二次流通市場)で購入されたものだと説明する。
SNS上ではすぐさま、ラトニックが「Anxious Red」シリーズの作品を所有していることに対する皮肉を指摘する声が上がった。証券会社キャンターフィッツジェラルドの最高経営責任者(CEO)であったルトニックは、ドナルド・トランプ大統領によって第2期トランプ政権の商務長官に任命されたわけだが、第1期トランプ政権(2017年〜2021年)が公衆衛生サービスと対立関係にあったことを踏まえ、ルトニックが本作を所有していることに強い違和感があるとする批判だ。またルトニックに対しては、現在、AI取引に関しても監視の目が向けられている。あるユーザーは、「これは悲しい。こういう人にアートを売るべきじゃない」とまでコメントしている。
というのも、ハウザー&ワースは2020年、「Anxious Red」シリーズの作品をオンライン・チャリティオークションで販売した経緯がある。その売上の10%は、世界保健機関(WHO)の「COVID-19連帯対応基金」に寄付された。しかし、皮肉にもトランプ大統領は、同じ年の5月、WHOからの脱退を表明し(実際の離脱は2021年7月に予定されていたが、バイデン政権によって撤回された)、さらに2期目初日に正式にアメリカを脱退させた。
2025年に発表されたジョンズ・ホプキンス大学の分析によると、この脱退はWHOに深刻な影響を及ぼすという。WHOは国際協調を要する公衆衛生問題を監視・対応する機関であり、アメリカはその最大の拠出国であった(2022〜23年には全体の12〜15%)。この脱退手続きは2025年を通して進行中であり、現在は拠出が停止され、アメリカから派遣されていたWHO職員の呼び戻しも進んでいる。
現政権は、予算削減を最優先課題に掲げており、芸術・文化事業や公衆衛生プログラムの大幅な削減に踏み切っている。2026年度の大統領予算案には、CDC(疾病対策センター)とNIH(国立衛生研究所)の予算を約40%削減する案が盛り込まれている。CDCでは、トランプ政権発足以降、約4分の1の職員(およそ3,000人)が解雇または自主退職により離職しており、一部の職員が不透明な形で復職しているケースもある。
US版ARTnewsはルトニック代理人にコメントを求めているが、現時点で返答はない。(翻訳:編集部)
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