バーバラ・クルーガーの壁画と「抵抗」の歴史──30年の時を超え、いまも共感を呼び続ける理由
不法移民摘発に対する抗議デモで再注目されたバーバラ・クルーガーの壁画は、これまでも繰り返し権力批判の象徴になってきた。過去にこの作品を巻き込んだ社会問題を振り返り、クルーガーのメッセージがなぜ時代を超えて力を持つのかを考える。

歴史は繰り返す。そしてバーバラ・クルーガーも繰り返す。彼女は繰り返しテキストを軸とした作品を作り、メディアに潜む権力と支配の構造を可視化してきた。また、繰り返し過去の作品——その多くは公共空間に設置されたものだ——に立ち返り、何度も改訂を加えてきた。最近も過去作品をもとに、彼女が「リプレイ」と呼ぶ一群の映像作品を制作している。
なぜこれほどまでに繰り返されるのか?
クルーガーが1990年にロサンゼルス現代美術館(MOCA)の仮設スペースのために制作し、2018年に同美術館のゲフィン・コンテンポラリー館のために作り直した《無題(質問)》という作品にその答えを探ってみよう。2018年に制作された幅約58メートルの改訂版は、当初2020年のアメリカ大統領選挙まで展示される予定だったが、今もそのまま駐車場を見下ろしている。
繰り返し抗議デモの象徴となったクルーガーのメッセージ

この壁画の下に州兵が並ぶ不穏な事態になったのは、これまで少なくとも2度ある。1度目は1992年、黒人男性のロドニー・キングに過剰な暴力を加えた容疑で起訴されたロサンゼルス市警察の4人の警官が無罪判決を受けた後、ロサンゼルスのあちこちで抗議活動が行われたときだ。この年にゲイリー・レナードが撮影した写真には、クルーガーの壁画(星条旗に似たデザインで、縞模様に当たる部分に予言的なテキストが並んでいる)を背に、銃を携えてこちらに向かってくる3人の兵士が写っている。
「法を超越しているのは誰か?」
クルーガーの作品が投げかけるこの質問への答えは、つい先日ジェイ・L・クレンデニンというカメラマンが撮影した別の写真に見出せる。重装備の州兵の頭上には、画面いっぱいに《無題(質問)》が広がっている。州兵たちは、6月上旬に不法移民摘発の強制捜査をロサンゼルス各地で行った移民税関捜査局(ICE)への抗議デモを鎮圧するため、トランプ大統領によって派遣された部隊だ。
クレンデニンの写真には、抗議活動をしている人々は写っていない。画面のすぐ外で破壊行為や略奪が起き、大勢の人々が逮捕されていたにもかかわらず、この写真は気味が悪いほど静的で、胸騒ぎがするほど穏やかだ。クルーガーの作品は、再び問いかけてくる。「法を超越しているのは誰か」と。
この質問に対するシンプルな答えはもちろんある。最高裁判所によると、その答えは「大統領」だ。トランプが再選される前の2024年夏、最高裁判所は元大統領の第一期在任中の公的な行動は法的に免責されるとの判決を下した。ジョン・ロバーツ最高裁長官は多数意見の中で「大統領は法の上に立つ存在ではない」と述べているが、この判決は本質的にその逆を意味している。
今回の抗議デモからは、この問いに対する新たな答えも見えてくる。ICEは法を超越しているのか? そして州兵は? 1990年代、あるいはそれ以前から、クルーガーが自らのアートでこれと似た問いを投げかけていたことは容易に想像できる。それは彼女の先見性の証でもある。
権力に対して常に鋭い観察眼を向けてきたクルーガーは、80年代にはマスメディアの中に潜む権力構造を暴いていた。マドモアゼル誌やハウス・アンド・ガーデン誌などでページデザイナーや写真編集者として働いていた頃に身につけたスキルを活かし、テキストと画像を組み合わせた作品を制作している。
クルーガーが使うフォントは、フーツラ・ボールド・オブリークやヘルベチカ・ウルトラ・コンプレストなどのサンセリフ体だ。飾り気のないこれらのフォントは、かつてクルーガー自身が述べていたように「本質を簡潔・効率的に伝えられる」。こうしたフォントを用いて権力の仕組みを直接的に表現したクルーガーの作品は、アクティビストたちから広く引用されてきた。彼らは、彼女が何十年も前に手がけたアート作品に共鳴しているのだ。
「30年経っても同じ作品が共感を呼ぶのは悲劇的」
《Untitled (Questions)》は常に抗議の意図を持つ作品として存在してきたが、当初はトランプと関係があったわけではない。MOCAが1989年に制作を依頼したこの壁画には、もともと「忠誠の誓い(Pledge of Allegiance)」(*1)の文言が記される予定だった。
*1 アメリカ合衆国への忠誠心を誓う言葉で、スポーツイベントの前などさまざまな場面で唱える習慣がある。公立校では朝礼などで生徒と教員が起立し、胸に手を当てながら星条旗に向かってこれを唱える。
当時、教室で「忠誠の誓い」を生徒に暗唱させるのを廃止するよう求める声が上がっており、それに対して保守派は懸念を示していた。クルーガーは壁画制作の依頼を受ける2年前からこの作品の構想を練っていたようだが、1988年当時、ロナルド・レーガン大統領の下で副大統領を務めていたジョージ・H・W・ブッシュは、暗誦廃止は憲法違反だと主張した。1989年、ある共和党議員の広報担当者はクルーガーのことを、「左翼が憂さ晴らしをしている」ようだとロサンゼルス・タイムズ紙にコメントしている。

結局この作品案は、共和党からの批判ではなく、壁画が描かれる建物の周囲に多い日系住民からの懸念が理由で不採用となった。それは、この作品によって、第2次世界大戦中に強制収容所で忠誠の誓いを唱えさせられた先祖の痛ましい記憶が蘇るからというものだった。そして最終的に制作された壁画には、短い質問を並べた次のようなテキストが記された。
「誰が法を超越しているのか? 誰が売り買いされるのか? 誰が自由に選択できるのか? 誰が刑に服するのか? 誰が命令に従うのか? 誰が最も長く敬礼するのか? 誰が最も大きな声で祈るのか? 誰が最初に死ぬのか? 誰が最後に笑うのか?」
この作品はその後少なくとも2つの都市で、それぞれ異なる形で展示された。湾岸戦争が始まった翌年の1991年、クルーガーはニューヨークのメアリー・ブーン・ギャラリーの外壁に《無題(質問)》を展示。2度目は2018年で、匿名の人物がMOCAに資金を提供し、クルーガーにこの作品の再制作を依頼している。
クルーガーはその頃すでに、明確にトランプを批判した作品を作るようになっていた。その中には、2016年にニューヨーク・マガジン誌の表紙に掲載されたものもある。トランプがひどい形相で写っているスナップ写真に「LOSER(敗者・情けない奴)」という文字を重ねたこの作品は、(2016年の大統領選前に)発表された当時大きな話題になったが、今振り返ると何とも気まずい感じがする。観客に向かって、彼らが既に思い知らされたことをわざわざ伝えているように見えるからだ。
それと対照的に、《無題(質問)》にはトランプへの言及は一切ないが、今となっては明らかに彼と関係がある作品になっている。クルーガーはこの作品を最初に作ったときから、テキストの内容をほとんど変更していない。2018年にMOCAが制作したインタビュー動画で、クルーガーは彼女らしい率直さでこう述べている。
「この作品が30年経った今でも共感を呼ぶことは、悲劇的で残念なことです」

常に起こりうる権力の濫用に厳しい目を向ける
《無題(質問)》の力は、まさにそこにある。残念ながらこの作品が時代を超越しているのは、権力の濫用が常に起こり得るからだ。実際それは、1990年代から今に至るまで何度も起きている。たとえば92年には、警察によるロドニー・キングの集団暴行に端を発した抵抗運動の鎮圧に出動したロサンゼルス市警と州兵が10人の人々を殺害した。
そして、当時と同じことが今また繰り返されている。つい先日もこの街に派遣された州兵が、カリフォルニア州知事のギャビン・ニューサムが「違法」と形容する行動を取っていたように。
2020年に警察による黒人市民殺害への抗議デモが起きたときも、クルーガーがコロナ禍前のフリーズ・ロサンゼルス用に制作した同名の別作品《無題(質問)》が象徴的な役割を果たした。その作品の一部である「WHO BUYS THE CON?(誰が騙されるのか?)」と書かれた壁画近くの交差点がロサンゼルス市警によって封鎖されたのだ。

2020年6月1日、CNNのニュース映像に自身の作品を発見したクルーガーは、テレビ画面を撮影し、その写真を21年にシカゴ美術館で開かれた個展の図録の冒頭で使用した。ニュース映像のテロップには「トランプが軍の派遣を仄めかす中、7日目を迎えた抗議デモ」と書かれている。つい最近もこれと似た文面を見たばかりだ。
歴史は繰り返し、バーバラ・クルーガーもまた繰り返す。そのためか、ロサンゼルス・タイムズ紙はこの10年の間に、《無題(質問)》に焦点を当てた記事を2回掲載している。先日同紙に掲載された記事では、クルーガーが抗議活動について次のように述べている。
「抗議行動の激化によってトランプは欲しいものを手に入れるでしょう。それは戒厳令を発令する瞬間です。まるで計画されていなかったかのように宣言されるでしょう」
最後にもう一度、《無題(質問)》の質問を繰り返しておこう。
「誰が法を超越しているのか? 誰が売り買いされるのか? 誰が自由に選択できるのか? 誰が刑に服するのか? 誰が命令に従うのか? 誰が最も長く敬礼するのか? 誰が最も大きな声で祈るのか? 誰が最初に死ぬのか? 誰が最後に笑うのか?」(翻訳:野澤朋代)
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