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Netflixドラマのモデルになった美人詐欺師にインタビュー! “令嬢アンナ”が「逮捕後も充実した生活」を送る理由

2010年代にニューヨークの富豪たちを手玉に取り、大金をせしめた希代の詐欺師、アンナ・ソローキンNetflixの話題作「令嬢アンナの真実」は彼女の実話に基づくドラマだ。現在は、刑務所で制作したアート作品から得た収入で軟禁生活を楽しんでいる彼女に、インタビューを試みた。

ネットフリックスのドラマ『令嬢アンナの真実』より。Photo: Everett Collection/アフロ

ある月曜日の午後4時。マンハッタンのイーストビレッジにあるクラシックなアパートメントにアンナ・ソローキンを訪ねた。5階建ての建物の最上階に到着すると、大音量でドレイクのラップが聞こえてくる。彼女は玄関口まで出て来る代わりに、「どうぞ入ってきて!」 とバスルームから大声で私に叫んだ。

「ごめんなさい、すぐ用意するから。何を着たらいいのか迷ってて。どんな感じがいい?」と、彼女は独特のヨーロッパ訛りで尋ねてきた。ネットフリックスのドラマ「令嬢アンナの真実」でジュリア・ガーナーが演じた偽物の資産家令嬢そのままの話し方だ。

ションダ・ライムズがプロデュースした「令嬢アンナの真実」は、現在31歳になるソローキンが起こした実際の詐欺事件に基づき、その顛末を詳細に描いたものだ。2010年代にアンナ・デルヴェイを名乗っていた彼女は、莫大な信託財産があると偽ってマンハッタンの有力者たちに近づき、会員制アートクラブを設立する名目の投資勧誘などをしていた。

そして19年に、重窃盗罪など複数の金融犯罪による有罪判決がソローキンに下された。投資家や銀行、友人たちから20万ドル(約2800万円)以上を詐取し、親しく付き合っていた人々の生活をメチャクチャにした末に服役した彼女は、2年の刑期の大半をニューヨークのライカーズ刑務所で過ごしている。

刑務所で制作・販売した作品の前でポーズをとるアンナ・ソローキン。Photo: Casey Kelbaugh for Variety

獄中で描いたイラストで20万ドルを稼ぐ

安物のスピーカーから流れるラップといい、ベッドの上に雑然と広げられた服といい、まるでマンハッタンのダウンタウンにあるクラブに行く準備をしているかのようだ。だが、もちろん彼女が夜遊びに出かけることはできない。21年の2月に出所した後、ロシア出身のソローキンはビザ切れの不法滞在者として米国移民関税捜査局(ICE)に拘束された。

10月に保釈金を払ってICEの収容施設を出た今は、足首にモニターをつけて自宅軟禁中で、ソーシャルメディアでの発信も禁止されている。そのため、当分の間、写真撮影込みの取材をしたければ彼女の自宅を訪れる必要がある。

実際、保釈されて以来、ソローキンのスケジュールは取材の予定で埋まっている。さながら新製品のリリースや本の出版、新番組の放送を控えたプロモーション活動といった様子だが、彼女が現在売り込もうとしているのは、刑務所に入る前と変わらない。つまり、彼女自身だ。

彼女の仮住まい(6カ月の短期契約で借りた賃貸アパートメント)は、ニューヨークの物件のご多分にもれず狭小だ。だが、この街の住宅事情を知る人なら、リノベーションされたばかりの1ベッドルームをイーストビレッジの中心で借りるには、かなりまとまった資金が必要だと分かるだろう。

部屋の壁の大半を占めているのは、グラハム・フォートギャングの写真シリーズ《New York Is Dead(ニューヨークは死んだ)》の4枚の巨大なプリント。本来なら、1点2500〜8000ドル(約35万〜112万円)するが、彼女はギャラリーオーナーのサマラ・ブリスと企画したポップアップイベントでタダで手に入れたという。

別の壁には、ソローキン自身の作品がいくつも飾られている。それは彼女が獄中で描いたイラストで、その複製を販売し、すでに20万ドル(約2800万円)稼いだという。

マンハッタンのイーストビレッジにあるアンナ・ソローキンの自宅にて。Photo: Casey Kelbaugh for Variety

ソローキンは、その売り上げで保釈金を払い、さらに3カ月分の家賃を前払いしてイーストヴィレッジのアパートメントに入居したわけだ。「みんながなぜそんなに驚くのか分からない。楽して大金を手に入れたのではなく、刑務所にいる間、私はこつこつと作品を作って、それをたくさん売っただけ。何もせずにじっとしていたわけじゃない」

高級化粧品とドラッグストアコスメが混在するバスルームでメイクをしながら、彼女はこう語った。洗面台のキャビネットにはGLOSSIER(グロシエ)の美容液やディオールのマスカラが散らばり、そこに入りきらないモイスチャライザーやフェイスクリーム、香水の瓶などが、横にある窓枠の上にずらりと並んでいる。

1日中家に閉じ込められているわりには、バスルーム以外の部屋は殺風景だ。だが、過去の豪華な暮らしぶりの名残も見受けられる。たとえば、キッチンカウンターの上にはセリーヌのサングラスや「アイ・ラブ・ニューヨーク」と書かれたスーザン・アレクサンドラのビーズバッグがある。料理をしないソローキンにとって、キッチンは物を置く場所だ。

「必要なものはデリバリーサービスを使って注文してる」と話す彼女の家の冷蔵庫に、食材は入っていない。あるのはラクロワやダイエットコーラ、サンペレグリノだけ。サンペレグリノがお気に入りの理由は、「これがベスト。パッケージもシック」だから。

アンナ・ソローキン宅のキッチンカウンター。Photo: Casey Kelbaugh for Variety

夕食はアナ・ウィンターとイーロン・マスクと

私は自分のために水を注ぎ、それを飲みながら彼女の準備が終わるのを待った。しばらくして、黒いコットンのロングワンピースをまとった彼女が現れたが、すぐにファスナーをいじりながら「胸元が出すぎかしら?」と再び身支度に戻ってしまった。その数分後、ようやく出所後に取り組んでいることについて話を聞くことができた。

今は回顧録の出版や、さらなるアート作品の発表など、いくつもの企画を練っているそうだが、中でも一番具体的な形で構想がまとまりつつあるのが、夕食会シリーズだ。選び抜かれたVIPの招待客が彼女の家でディナーを楽しむという企画だが、その目的については今ひとつはっきりしない。

彼女が言うには、マーシャル・プロジェクト(刑事司法を専門とする非営利の報道機関)、米国自由人権協会(ACLU)、イコール・ジャスティス・イニシアティブ(EJI)など、刑事司法に関連する団体の支援に夕食会を活用するらしい。まだ計画の初期段階なので参加団体は決まっていないが、豪華イベントのケータリングを担当したいという有名シェフや、その様子を撮影して番組を作りたいという制作会社から連絡が殺到しているそうだ。

撮影の準備をするアンナ・ソローキン。Photo: Casey Kelbaugh for Variety

「米国の刑事司法システムについて私がどう考えているのか、それをどう改革し、変えていきたいと思っているのか、誰も関心を持ってくれない。私には世間から大きな注目が集まっているけれど、それを単なる写真撮影だけで終わらせるのはもったいないと思う」

カメラのフラッシュが光る中、彼女は話し続ける。「今の私には発信力があるし、思いつきで慈善事業を始めるそこらへんの有名人とは違って、実際に刑務所で暮らした人間としての説得力がある」

そしてソローキンは、自身についてこう分析した。「私が今もこれだけ注目されているのは、ブレてないからだと思う。ホームレスの子どもたちを助けたいなんて柄にもないことは言わず、世間の人がイメージする私らしさを保っているから」

彼女が夕食会に招きたい夢のゲストリストを聞いてみた。すると、長年にわたってUS版『VOGUE』の編集長に君臨するアナ・ウィンター(*1)、X世代を代表する米国人作家のブレット・イーストン・エリス、そしてビジネス界の超大物、イーロン・マスクの名前が挙がった。


*1 現在はヴォーグ誌の出版元、コンデナスト社のチーフ・コンテンツ・オフィサー兼グローバル・エディトリアル・ディレクター。

「イーロンは、1つの考え方に固執せず、変化し続けているところが好き。自分の流儀を通せる限り、間違っていたことを認めるし、過去の発言にこだわらずに意見を変えられる。そういうことができる人はあまりいないと思う」

ソローキンは以前からマスクのようなIT業界の大物に惹かれていた。20代のときに付き合っていたボーイフレンドのハンター・リー・ソイクもその一人で、彼女はソイクに紹介してもらった社交界の人々を騙していた。ちなみに、ネットフリックスのドラマでは、サーメル・ウスマニがソイク役を演じている。

詐欺は過去の話だとソローキンは言っていたが、彼女の広報担当者は今回の写真撮影に、3000ドル(約42万円)を要求してきた。それはできないと断ってグリーンジュースとスパークリングウォーターを差し出すと、気に留めない様子でそれを受け取った。

自宅のあるアパートメントの屋上に立つアンナ・ソローキン。Photo: Casey Kelbaugh for Variety

不安や落胆は彼女の辞書にはない

今のところソローキンは、謝罪するどころか悪びれてもいない。だが、世間からどう見られているかを以前よりは意識するようになったという。出所してからは特に、これまで遮断されていた情報に触れる機会ができたので、それを感じざるを得なくなったのだ。

「ソーシャルメディアを見て自分がどう思われているのかを知るまで、だいぶ時間が必要だった。すぐに何もかもが分かったわけじゃなく、徐々に把握していった」と彼女は語る。「実感したのは、権威の側からすれば、どれだけ許しがたく思えるかということ。でも、若い世代には、私のしたことを悪いと思わない人もいる。それに、私はやれと言われたことは全部やった。だから、これ以上何をしろと言うのかと反発を感じる」

そう言いつつも、彼女は否定的なコメントを見てもあまり動じないようだ。「そんなに落ち込まない。ただ、興味深いと思うだけ」

不安になることはないのかと尋ねると、ソローキンは「別に」と笑った。不安という言葉は、彼女の辞書にはないようだ。

逮捕される前に起きたことに関してはどうだろう? たとえば、友人のレイチェル(*2)から何度もショートメールが来て何千ドルもの金を返して欲しいと言われたとき。大口の投資家から求められた書類を提出できないと悟った瞬間。それまでの嘘がはがれ始めたとき、彼女はどう感じたのか。


*2 写真家で作家のレイチェル・デローチ・ウィリアムズ。2019年の処女作『My Friend Anna: the True Story of a Fake Heiress(私の友人アンナ:偽りの富豪令嬢の真実)』はベストセラーになった。

ソローキンは微笑んだままこう言った。「(一連の出来事を)私自身はそんなふうに捉えたことがないから、よく分からない」

どんな状況に置かれようと、彼女はそれを楽しむ術を知っているようだ。私がインタビューを終えると、取材をねぎらうためにデリバリーでワインを2本用意してくれた。ソローキンは2つのグラスにワインを注ぎ、乾杯しながらこう言った。「落ちぶれたと思われてるけど、私は今も、あなたたちの誰よりも満ち足りた暮らしをしている」(翻訳:野澤朋代)

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