デジタルアートと伝統的なアート界の距離は縮まるのか? バーゼル初のデジタルアートフェアをリポート
NFTや暗号資産が冬の時代を迎えたと言われる一方、デジタルの波はアート界でも無視できないものになっている。今後、既存のアートとデジタルアートの関係はどうなっていくのかという視点から、バーゼル初のデジタルアートフェア「デジタル・アート・マイル(Digital Art Mile)」をリポートする。
新しいデジタルアートフェアがアート・バーゼルと同時期に開催
6月中旬に開催されたアート・バーゼルには、いつもの通り世界各地からラグジュアリーなファッションに身を包んだコレクターが集まった。彼らのお目当ては、ジョアン・ミッチェルやエド・ルシェなど、何百万ドルもする作品だ。実際、デヴィッド・ツヴィルナーが出展したミッチェルの二連絵画は1800万ドル(約28億3000万円)で売れ、ガゴシアンではルシェに280万ドル(約4億4000万円)で買い手がついている。
同じ頃、アート・バーゼルの会場からライン川沿いを少し歩いた場所では、よりカジュアルな雰囲気の「デジタル・アート・マイル(Digital Art Mile)」が行われていた。バーゼル初のデジタルアートフェアであるこの企画を発案したのは、デジタルおよびジェネラティブアートのアドバイザー、ジョージ・バクと、元ギャラリーディレクターのロジャー・ハース。フェアは6月10日から16日にかけて3カ所の会場で開催され、会場の1つとなった独立系映画館、クルト・キノ・カメラでは5日間にわたりカンファレンスが開かれた。
フェア開幕前、バクはフェアを企画した動機をこう語った。
「デジタルアートは奥深く豊かなジャンルであることを、コレクターたちに知ってもらう必要があります。デジタルアートには70年の歴史がありますが、これまでほとんど見過ごされてきました。ようやく最近になって美術館はこの分野の歴史的な作品を購入し、展示するようになっています。そんな中、私たちはデジタルアートを単なる見せ物的なものではなく、アートとして捉え、議論を深めるためのフェアを開きたいと考えたのです」
ちなみに、このフェアのパートナーは、ブロックチェーンプラットフォームのテゾス(Tezos)の非営利部門であるテゾス財団だ。テゾスのプラットフォームは、アート分野と親和性があること、環境への負荷が比較的少ないことからアート界に広く浸透している。
6月11日のキーノートディスカッションには、詩人で言語アーティスト、そしてAI研究者でもあるサーシャ・スタイルズとNFTアーティストのIX Shellsが登壇。議論の中でIX Shellsは、聴衆に向けてこう語った
「コレクターは、なぜデジタルスペースに投資し続けるべきなのか? なぜ私たちアーティストを信じ続けるべきなのか? そう問われたら、私たちが人の役に立つアイデアを生み出しているからだと答えたいと思います。想像力と機能的なものと結びつけることで、役に立つ方法をたくさん生み出せます」
同じ日に行われたパネルディスカッション「Birth of Digital Art(デジタルアートの誕生)」に登場したのは、デジタルアートの専門家兼ギャラリストで、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズ・カレッジの講師でもあるミミ・グエンと、1OF1(*1)のディレクター、オザン・ポラットだ。2人は、デジタルアート制作者の呼称(デジタルアーティストと呼ぶべきなのか、デジタル時代のアーティストと呼ぶべきなのか)や、ステレオタイプの打破について、そして「伝統的な」アーティストと「デジタル」アーティストを区別することの意味などについて議論。グエンはこう主張した。
「区別する必要はないと思います。結局のところ、アーティストはアーティストなのですから」
*1 1OF1は、US版ARTnewsが選ぶトップ200コレクターズの1人であるライアン・ズラーが、デジタルアーティスト育成のために立ち上げた「コレクティングクラブ」。
既存のアートエスタブリッシュメントへの反発と憧憬
こうした議論はデジタルを中心にしたものとはいえ、アート・バーゼルという文脈の中で行われたことを忘れてはいけない。たとえば、前述のパネルディスカッションでポラットは、デジタルアートの世界で交わされている言葉は、アート・バーゼルでの議論よりも「よりオープンで嘘がない」と発言した。
ポラットが何気なく放ったアート・バーゼルへの批判は、会期中に開かれたほかのパネルディスカッションや対話でもたびたび繰り返されていた。しかし、その言葉の端々には、数億から数十億円という途方もない金額の作品をセールスするメガギャラリーへの揶揄が感じられると同時に、伝統的なアート界のお墨付きを得たいという願望も窺えた。
ポラットはこう語る。
「アートの世界で自らの道を切り開こうとしているデジタル時代のアーティストにとって、デジタル・アート・マイルは大きな意味があります。デジタルアーティストは『伝統的なアート界』とは別の言語を話す人々だと思われがちですし、デジタル・アート・マイルはまだ始まったばかりですが、これから年を追うごとに成長していくのが楽しみです。昨今メディアでは『NFTは死んだ』とか、『デジタルアートやクリプトアートの終焉』という見出しが躍っていますが、そんな時だからこそ、このイベントが重要になってきます。この分野の最新動向を発信しながら、そこで活動している人々が真剣に、かつ高いレベルの作品を作っていることを世界に示すため、こうした取り組みが不可欠なのです」
デジタル・アート・マイルには、主催者の招待を受けたギャラリーや各種プラットフォーム、財団、コレクターなど13団体が出展。TAEX(NFTプラットフォーム)やサザビーズ、ARTXCODE(ジェネラティブアーティストのマネジメントや展覧企画を行う団体)も参加し、会場となったスペース25とスペース31の壁にはさまざまな出展者の作品が並んでいた。デジタルディスプレイに映し出された映像もあれば、物理的な作品もあり、当然のことながら暗号通貨を使って購入できるものも多かった。
レープガッセの会場、スペース25では、エルマン・マンシモフ、ヘレナ・サリン、ナイスアンティーズ(Niceaunties:「すてきなおばちゃんたち」の意)などの作品を展示した「Collaborations with the Artificial Self(人工自己とのコラボレーション)」展が開催されていた。このうち、最もよく知られているのはナイスアンティーズの作品だろう。このアーティストのインスタグラムの説明によると「AIが駆動する幸せいっぱいのおばバース(Auntiverse)で、素敵なことをしているおばちゃんたち」を描いたものだという。
「伝統的アート」との距離感はまちまち
US版ARTnewsが話を聞いたデジタルアーティストでプログラマーのS・ライアン・オコナー(jiwaというハンドルネームで活動)によると、バーゼルではデジタルアートについて知りたいという人々の「高い関心と渇望」が感じられたという。彼は伝統的なアートとデジタルアートという「2つのアートの世界が交わる機会があるのは良いことだ」と言いつつ、デジタルアーティストとしてメインストリームのアート界に入りたいかと問われると言葉を濁した。
「デジタルアートやクリプト(ブロックチェーン・暗号資産)の世界には2つの考え方があると感じています。一方には、『自分たちは独自のやり方で活動しているので、外部の賛同や承認など必要ない』と言っている人たちがいる。そしてもう一方には、アート界の一部として見られることを重視している人たちがいて、どちらの立場も理解できるものです。ジェネラティブアートの重要性についてはさまざまな議論がありますが、個人的には抽象表現主義やミニマリズムのような歴史的運動として振り返られることになると思います」
前述したAI研究者のスタイルズは、おそらくオコナーが言う2つ目のグループに入るだろう。彼女は、アート・バーゼルでデジタルアートの展示が少なかったことに失望したという。しかし、その空白を埋められるのがデジタル・アート・マイルで、コレクターやディーラーは「デジタルアートとはどういうものか、そしてどんな可能性を秘めているのか」について基礎的な知識をこのフェアで得ることができると語った。そして、デジタルアートが今後主流になっていくのは必然だとして、こう付け加えている。
「デジタルアートが『伝統的なアート界』と関係を結ぶことは重要で、それによって質の高い言説や批評が生まれ、議論が促されると思います。デジタルアートは真面目に議論される価値があるのです」
一方、NFTコレクションのクリプトパンクスを所有するコレクターのハンス・イェルクは、デジタルアートがニッチであり続けてほしいと語った。彼は、デジタルアートの世界では依然として人間的な愛着と審美眼が生きており、「アートが死んでしまった物質主義的」な既存のアート界とは対照的だという。
しかし、イェルクのようなネガティブな発言は、最終日が近づくにつれさらに熱気が増していったフェア会場では例外的だと言える。アートNGOのWe Are MuseumsとWACラボの創設者であるディアーヌ・ドルベイは、デジタル・アート・マイルの意義は「『デジタル』に対する旧来の考えを打ち砕き、この分野の枠組みを再定義した」ところにあると自信を見せた。(翻訳:野澤朋代)
from ARTnews