アートとキモノ、未来への実験──創業470年の京友禅の老舗・千總と加藤泉がキモノ型作品を合作

業界は違っても、共通する課題がある──そんな共感から、現代美術家の加藤泉が1555年創業の京友禅の老舗「千總」とともに着物作品を制作した。現在、その成果を展示する「加藤泉×千總:絵と着物」が京都・千總ギャラリーで開催されている(9月2日まで)。両者はこのプロジェクトから何を得たのか。千總の代表取締役社長を務める礒本延と加藤泉に話を聞いた。

加藤泉 x 千總 Izumi Kato x Chiso
「加藤泉×千總:絵と着物」展示風景。Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO

──どのような経緯で、今回のプロジェクトはスタートしたのでしょう。

礒本延(以下、礒本):千總は創業470年を迎えた京友禅とよばれるキモノのメーカーですが、着る人と作り手である職人の減少が課題となっています。そんななかで、長年続いてきた業界や会社のなかの「当たり前」や「こうあるべき」を分解して再確認しなければ、この状況を打破するような本質的な新しい取り組みを興すことは難しいと感じていました。

こうした業界の課題をアートプロデューサーの高岩シュンさんと話すなかで、約5年前に、千總と似た課題感をアート業界に対して持っている加藤泉さんをご紹介いただいたのが出発点でした。そもそもコラボレーションが念頭にあったわけではなく、最初にお会いしてから1~2年の間は、食事の席などで自分たちが感じている課題を共有し合うという感じでした。

加藤泉(以下、加藤):お話ししているなかで、自分が携わっているアート業界とキモノ業界には共通する課題があり、そうした課題に対する礒本さんの姿勢に共感を覚えました。たとえば、現代まで残る文化に携わっていくなかでは、変えなくていいところと変えるべきところをジャッジするのが一番大事。新しいことであれば何でもあり、というわけじゃない。

たとえば絵画でいえば、業界ではこれまでも「なぜ絵のキャンバスは四角なのか」という議論が何度も行われてきました。結論として、やはり四角に描くのが一番よいとされていますが、そうした業界の「当たり前」を疑う態度は重要です。同様に、じゃあキモノの形を変えればいいのかというと、そういう話ではない。そんなふうに、礒本さんとお互いの業界にある様々な価値観を確認し合うなかで、千總さんとは単なるビジネスではない面白い取り組みができるかもしれないという感覚が生まれていきました。

礒本:コラボレーションのスタートの段階から明確にあったのは、加藤さんにコラボ商品を作ってほしいということではない、ということです。そうではなく、このプロジェクトを通じて、会社の長い歴史と業界の硬直化がゆえに「当たり前」に囚われている状況を打破したい、ということが一番大きな目的でした。加藤さんというアーティストとものづくりをすることで、われわれが無意識的に自らに課している前提条件を分解できるのではないかと思ったんです。

加藤泉 x 千總 Izumi Kato x Chiso
千總の代表取締役社長、礒本延(写真左)とアーティストの加藤泉(写真右)。Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO

──実際には、加藤さんがキモノの「雛形」と呼ばれるデザインのベースとなる原画を描かれたところから制作はスタートしました。

加藤:彫刻も制作しているので、キモノという立体物をつくることに対しては、大きなハードルは感じませんでした。もともとは全ての工程を職人さんにお任せするつもりで、原画を描き、千總さんにお渡ししました。

その後、千總さんから原画をどんな手法でキモノ上に実現していくのかを提案いただき、ほとんどのプロセスはすんなり決まりました。ただ、最後まで決まらなかったのが、ぼくがこれまで描いてきた「ヒトガタ」とよばれるモチーフをどう表現するかでした。

礒本:分業が前提となる京友禅のチーム制作プロセスでは、下絵という出発点から職人が実際に手を動かす過程で、本人の感覚や解釈がかなり入ってきます。だから、仕上がってきたものをみると、加藤さんの原画のヒトガタを「再現」するものにはなっていても、本物ではなかったんです。

加藤:そうして作業がストップしている期間中に、たまたま別のプロジェクトで伊万里焼のお皿に絵を描く機会がありました。これも千總さんと同じく自分で描いた原画をもとに、職人さんの手で絵付けしてもらう予定でしたが、同じ問題に直面したんです。つまり、ほかの部分はすごくいいのに、ヒトガタの絵だけどうしてもしっくりこなかった。だから最終的に現地に赴き、自分で絵付けすることにしたんです。

最終的にいいものができれば自分ではない誰かが「ヒトガタ」を描くことに抵抗は全くなかったのですが、実際に自分で絵付けをしてみたら、プロセスを含め、想像以上に面白かったんです。この経験を経て、千總さんとのプロジェクトでも同じように取り組むことにしました。

今回の展覧会では、千總の厳しい品質基準に満たなかった生地を使用した大型タペストリー作品も発表された。写真は、糊が入った筒状のチューブを使って生地に防染を行なう「糊置き」という工程。Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO
「糊置き」後の生地にひき粉とよばれる粉をかけ、糊の表面を保護する。その後、刷毛をつかって、余分な粉を落す。Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO
着物作品に「ヒトガタ」を描き込む加藤泉。糊を少し混ぜた染料を筆につけ、直接生地に色を挿す。Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO
「桶絞り」とよばれる染色工程では、桶のなかに染めない部分の生地を入れ密閉することで防染する。Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO
絞りの工程ののちの「絞り解き」と呼ばれる工程。染色後の生地をほどき、乾燥させる。Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO
生地についた余分な染料や不純物を洗い流す「水元」と呼ばれる工程。Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO

──加藤さんは、今回のプロジェクトで生まれたキモノはご自身の「作品」であるという感覚をお持ちですか?

加藤:もちろん自分で原画を描いているという点で、自分の作品制作と同じ意識で向き合っていますが、それ以上に、千總さんと一緒につくった作品だという想いが強いですね。職人さんとのやり取りのなかで、自分の絵の上に刺繍を施すことを提案していただいたりしたのですが、それは職人さんたちの長年の経験や技術力があってはじめて実現できたことで、ぼく一人では考えもつかなかった。最終的には、いつも自分の作品制作に向き合うときと同様、出来上がる作品を「よくする」ことが重要なので、業界のルールやキモノのしきたりは関係ない。ひとつの美しい作品ができないと意味がない、と思いながら制作にたずさわっていましたし、作品を面白くすることであればどんどんやってください、というスタンスでした。

礒本:そもそものスタートに、キモノのものづくりの前提条件を分解したいという課題意識があったから出来たことだと思います。そこからスタートしたから、加藤さんにものづくりのチームに入っていただく上での困難はなかったように思いますし、自分達の伝統やルールを優先するよりも、どうすればよりよい作品に仕上げることができるのかを皆で考えられたのだと思います。

──加藤さんは制作に携わるまでに、どれくらいキモノについてインプットされたのでしょう?

加藤:千總の歴史や図案、紋様の意味、そして、キモノの構造上の制約、たとえば「帯をしめたときには、この部分に描かれた絵は見えない」というようなことは教えていただきましたが、どれだけ勉強してもキモノの専門家にはなれないし、何が新しくて何が古いかもわからない。なので、ぼくにできることはあくまで自分の絵を描くことだという意識で取り組みました。

──通常、加藤さんが絵画作品を制作する際には指で描かれることが多いですが、今回は、シルクの生地に描くために筆を使われました。新しい発見はありましたか?

加藤:綿の布に作品を描いたことがあったので、筆を使うことは最初から想定していました。でも、実際にシルクに描いてみると、やはり非常に滑らかで、他の素材より細部を描きやすいことに気づきました。あと、色も鮮明で美しいですよね。あらためて、染色に向いた素材だなと感じました。

礒本:普段キモノをつくっている人間からすると、今回よかったのは2つのキモノ作品のうちひとつが「白さ」を活かす図案になっていたことです。ゼンマイが描かれた作品が生地全体を色で染めるデザインだったのに対して、ミミズクが描かれたものは、シルクの白をそのまま生かしてミミズクのシルエットを表現しました。

じつはシルクというのは衣服につかわれる天然素材のなかで一番白く、西欧の顔料でつくる「ホワイト」とは異なり、日本人の美に対する価値観が現れている色なんです。だから生地そのものの白さを活かすことは、普段の千總の作品づくりでも意識しているポイントです。その意味でも、加藤さんと一緒に生地の地色を見せる作品をつくることができたのは、とてもよい経験でした。

手前の青地の着物作品はシルク本来の「白」を生かした手法が用いられた。
Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO
約12メートルの反物をそのまま並べて展示するのは、長い歴史を持つ千總にとっても斬新な試みとなった。Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO
「加藤泉×千總:絵と着物」展示風景。Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO
「加藤泉×千總:絵と着物」展示風景。Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO
「加藤泉×千總:絵と着物」展示風景。Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO
展覧会会場の1階と2階をつなぐ階段に飾られた大型タペストリー作品。Photo: Mitsuru Wakabayashi Courtesy of CHISO

──加藤さんは実際に職人さんの作業現場も見学されたそうですが、いかがでしたか?

加藤:それはもう、「なんだこれすげー!」とビックリすることの連続で、日本人の「狂気」を感じました。他の国ではまずやらないだろうと思えるような高度なテクニックが随所に用いられていて、本当にそこまでする必要があるのかとも思えるんですが、実際には、そうしないとできない表現があることを理解しました。

──伝統的な京友禅という技術とコラボレーションするなかで、加藤さんがアーティストとして受けた影響があれば教えてください。

加藤:今回、新しい技術と出合い理解することで、自分が普段何をやっているかが改めて確認できました。長年アーティストとして仕事をしていると、自分がこれまで知る機会のなかったアート業界の外にある技術や手法と出合ったり能動的に探したりする機会は実は多くありません。そういう意味でも、今回のプロジェクトは、キモノづくりを間近で見たことで逆に自分のものづくりのフォームが確認できたし、ぜひ今後挑戦してみたい新しい技術に出合うことができたと思います。

──逆に千總さんが今回のプロジェクトから受けた影響はどのようなものだったのでしょう。

礒本:加藤さんの原画をキモノにしていくなかで、自分たちが普段当たり前だと思ってやっていることを問い直さざるを得なかった。たとえば今回の展示では、着られる形に仕立てたキモノと、元となる約12メートルの反物を並べて展示したのですが、反物をこんなふうに見せるのは普段のキモノの売場ではまずやらないことです。

そのとき、何十年もキモノを扱う仕事に携わっていながら、12メートルは想像以上に長いことに気づきました。もちろん数字は頭では分かっているものの、実際の質量としてキモノを感じる体験は日々のなかではほとんどなかった。加藤さんとご一緒することで、これまでとは異なる新しいフィルターを通して、キモノという存在を認識することができたと思います。

加藤:今回の取り組みは、「コンテンポラリー」なものだと思うんです。コンテンポラリーというのは、絵やアートを分類するためのカテゴリーではありません。アーティストは自分がよいと思っているものを世の中に提示して、その結果、いま生きている世界が変わることをもくろんでいる。そんな作品を受け取って、価値づけを行なうのはアーティスト本人ではなく、同じ時代を生きている人たちです。そんな状況のことが、コンテンポラリーと呼ばれる。

今回のプロジェクトでも、同時代を生きている礒本さんや千總の人たちが、一緒につくったキモノをいいものだと「主張」していることが重要なのだと思います。キモノの業界ではどうかはわかりませんが、アートの世界では普通のことです。これはいまは大きな影響はなくても、主張した以上、後に引けないので、5年後、10年後になると効いてくる。周りも自分も追い込んで、みんなで世の中を変えていく道をつくるんです。

今回のコラボレーションで制作された着物作品は原則的に販売はされないが、展覧会オリジナルグッズは購入可能。こちらは団扇。Photo: ©2025 Izumi Kato ×CHISO
展覧会オリジナルグッズの団扇。Photo: ©2025 Izumi Kato ×CHISO
展覧会オリジナルグッズのおじゃみ(4種)。Photo: ©2025 Izumi Kato ×CHISO
展覧会オリジナルグッズのバンダナふくさ(3種)。Photo: ©2025 Izumi Kato ×CHISO

「加藤泉×千總:絵と着物 IZUMI KATO×CHISO: PAINTING IN KIMONO」
会期:開催中〜9月2日
時間:10:00 - 17:00(夏季休業などにより開館時間が変更となる場合あり)水休
会場:千總ギャラリー(京都府京都市中京区三条烏丸西入御倉町80 千總本店2階

Text: Shinya Yashiro Edit: Maya Nago

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