米国土安全保障省が名画を無断投稿。「歪曲した解釈」「差別の助長」など非難相次ぐ

米国土安全保障省(DHS)のSNSアカウントには、「祖国を守ろう」などのキャプションとともに著名な絵画作品が相次いで投稿されている。しかし、これらの画像は無許可で使用されている上、作品の持つ意味とは異なる文脈で利用されていることから、強い非難が寄せられている。

ジョン・ガスト《American Progress》(1872) Photo: Courtesy of Autry Museum of the American West
ジョン・ガスト《American Progress》(1872) Photo: Courtesy of Autry Museum of the American West

第二次トランプ政権の発足後、アメリカでは大規模な移民摘発が行われている。人権団体やメディアは、人種差別的な取り締まり、拘束施設の衛生問題、不透明な管理体制などの観点からこれを強く批判している。

一方、移民の取り締まりを行う米国土安全保障省(DHS)のSNSアカウントでは、「Remember your Homeland’s Heritage(祖国の伝統を語り継ごう)」や「Our land and heritage is worth defending(守るべき祖国がここにある)」といったキャプションを添えて、「美しいアメリカ」を描いた絵画の画像が多く投稿されている。これらの投稿は大量の「いいね」を獲得している一方で、白人至上主義的だという批判的コメントも殺到している。さらには、画像の無断使用や、作品本来の意図とは異なる文脈での投稿を問題視する声も多く、作家本人や著作権をもつ財団がDHSに対して削除を求めたり、法的措置を検討する事態に発展しているようだ。

例えば、風景画家として活動していたトーマス・キンケードの作品《Morning Pledge》は「Protect the Homeland(祖国を守ろう)」というキャプションとともに、DHSのSNSアカウントに投稿されている。これに対して彼の遺産を管理するキンケード財団は声明を発表し、投稿の削除をDHSに求めたほか、提訴に向けて弁護士と協議を進めている。同財団の声明はこう続く。

「私たちはキンケードの作品が、分断とゼノフォビア(外国人嫌悪)を助長する政府機関の投稿に使われたことに深く心を痛めています。当財団は、DHSによって脅かされ、標的にされてきた地域社会、特に移民、BIPOC(黒人、先住民、有色人種)、LGBTQ+、障がいのある人々との連帯を示します」

こうしたなか、特に物議を醸している作品は、プロイセン系アメリカ人アーティストのジョン・ガストが手がけた《American Progress(アメリカの進歩)》だ。「A Heritage to be proud of, a Homeland worth Defending(誇るべき伝統、守らなければならない祖国)」というキャプション付きの投稿には、本稿執筆時点で3万7000以上の「いいね」が付いており、3900件ほどのコメントでは賛否が分かれた。アメリカの西部開拓を描いたこの作品は、アメリカ東海岸(画面右)から猟銃を持った白人や馬車、汽車がアメリカ西部(画面左)に向かっている様子を描いた一方、動物やネイティブ・アメリカンは暗闇へと追い込まれている。また、中央のコロンビア(*1)は教育普及のための教科書を手に西進し、彼女の後方には長距離通信を可能にした電信線が描かれている。

*1 アメリカを擬人化した女性。映画配給会社のコロンビア・ピクチャーズのロゴにも使用されている。

《American Progress》が収蔵されているアメリカ西部開拓オートリー博物館の館長を務めるスティーブン・アロンはこの作品を、「当時のアメリカ人が空想していた現実にすぎない」と語る。アロンはさらに、《American Progress》を西部開拓を正確に記録した絵画として扱うアメリカ史の教科書は存在しないと指摘した。

また、ニューヨーク・タイムズ紙上では専門家たちによる今回の投稿に関する批判が展開されている。例えば、アマースト大学で政治学を研究するアダム・ダールは、移民を摘発している政府機関がこうした画像を投稿することは「憂慮すべき事態だ」とした上で、こう続ける。

「DHSによるこの投稿は、白人の入植者が先住民を暗闇に追いやり、荒野を文明化することは権利であると同時に、義務であるという考えを明らかに讃美しています。『グレート・リプレイスメント』(*2)の文脈で読み取ることができるのです」

*2 白人たちの政治権力が国際的な策略によって弱められているという陰謀論

DHSによるこうした投稿を、トランプ大統領がスミソニアン協会の美術館・博物館にかけている圧力と同質のものと考えることもできる。スミソニアン協会はこれまで幾度となくトランプ政権の標的となっており、最近では、国立アメリカ・ラティーノ博物館の展示解説文は「被害と搾取の世紀」として歴史を捉えていると非難している。さらに政府は、国立アメリカ歴史博物館の「LGBTQ+の歴史」展示で用いられた用語も問題視。こうした一連の動きから、移民政策だけでなく、芸術や歴史の表現をめぐる領域にも政権が統制を試みようとしていることがうかがえる。

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