美術館は「WOKEの残党」──トランプ大統領の博物館批判に見え隠れする危険な視点
トランプ大統領のスミソニアン協会に対する攻撃が、ここにきて勢いを増している。自身のSNS、トゥルース・ソーシャルへの8月19日の書き込みに加え、21日にはホワイトハウスのウェブサイトにも「トランプ大統領はスミソニアンについて正しい」と題された文書が掲示された。大統領は何を不満として非難を連発しているのか、それは的を射た批判なのか──US版ARTnewsのシニアエディターが考察する。

8月19日、ドナルド・トランプ大統領は自身が設立したSNS、トゥルース・ソーシャルで再びスミソニアン協会を非難。複数の展示施設や研究・教育機関を擁する同協会の展示について、「我が国がいかにひどいか、奴隷制がいかに悪かったか、虐げられてきた人々がいかに成果をあげてこなかったか」ばかりを語っていると書き込んだ。怒りの矛先はワシントンD.C.のみならず、全米にも向けられ、博物館や美術館は「『WOKE(*1)』の残党」だと不満を露わにしている。
*1 WOKE(ウォーク)は「目覚めた」の意。マイノリティの権利拡大や環境保護運動などで、社会正義を追求しようとする急進的な活動家を批判する際などに用いられる。
「奴隷制がいかに悪かったか」とトランプは指弾するが、博物館・美術館が展示で伝えようとしているのはそれが全てではない。この発言自体、文化施設に対する限定的で危険な視点を示唆していると言えるだろう。
トランプ大統領は「自由のビジョン」を黙殺
スミソニアンが運営する展示施設の1つ、国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館(NMAAHC)を例として見てみよう。確かに、この博物館の展示は大西洋奴隷貿易がいかに残酷で暴力的な制度だったかを見せているので、その点ではトランプの指摘は間違っていない。NMAAHCの所蔵品の中には、奴隷の男性たちをひとまとめにして拘束する足枷や、人間を所有物として留め置くための拘束具を写した古い写真、そして「逃亡した3人の黒人の少女たち」を捕獲した者に250ドルの報奨金を払うと書かれた1848年の広告などがある。
だが、NMAAHCは単に奴隷制の恐ろしさを見せるだけでなく、その中で人々がどう生き抜き、解放を目指したかにも同じように焦点を当てている。この点ではトランプの攻撃は的外れだ。たとえば、ハリエット・タブマン(*2)の持ち物だったハンカチや、2007年に彫刻家のアリソン・サールが制作した、南へ向かって行進するタブマンの像の展示がある。また、視覚芸術作品の展示室では、奴隷制度廃止運動家の白人、ジョン・ブラウンの生涯を辿るジェイコブ・ローレンスの版画シリーズを見ることができる。版画は必ずしもブラウンだけを主題にしているわけではなく、1977年のある作品ではブラウンは後ろ姿で描かれ、その向こうから解放された黒人男性たちがこちらをまっすぐに見据えている。
*2 元奴隷の奴隷解放活動家。黒人奴隷の解放を目指した非合法組織「地下鉄道」で、数百人の逃亡を手助けしたとされる。南北戦争では北軍のスパイとして、またアメリカ初の女性指揮官として活躍した。
NMAAHCのウェブサイトではまた、「Slavery and Freedom(奴隷制と自由)」と題された展示セクションの目的が明確に説明されている。そこでの主要なメッセージの1つは、「アフリカ系アメリカ人はこれまで一貫して、全てのアメリカ人に資する新たな自由のビジョンを生み出し続けてきた」というものだ。
トランプは「奴隷制がいかに悪かったか」を目の当たりにさせるこの展示を侮蔑的と感じ、SNSに書き込んだような反応をしているのだろう。そして彼は、ここで示されている自由のビジョンを黙殺している。展示で光が当てられているのは、奴隷が体験した悲劇だけでなく、自由を求めた彼らの忍耐力や粘り強さでもあるのだ。
奴隷制を扱った展覧会が伝えるポジティブなメッセージ
近年ワシントンD.C.で開かれた中で特に素晴らしかった大規模展に、2022年の「Afro-Atlantic Histories(アフリカと大西洋の歴史)」がある。スミソニアン協会とは別組織であるナショナル・ギャラリーで行われたこの企画展でも、「Slavery and Freedom」と同様のテーマがはっきり伝わってきた。2018年にサンパウロで開かれて高く評価された展覧会の縮小版である同展は、奴隷制が大西洋の両岸の人々に与えた影響に主眼を置いて、過去から現在までの多様な芸術表現を紹介していた。
展示作品の中には、奴隷にされた人々がアメリカやヨーロッパの白人から受けた暴力を生々しく描いたものもあった。その一例が、1863年に撮影された写真を引用したアーサー・ジャファの《The Scourged Back(鞭で打たれた背中)》(2017)だ。元の写真では逃亡奴隷だったゴードンという男性がカメラに背中を向け、網目のような鞭打ちの傷跡を露わにしている。
自由と忍耐強さに焦点を当てたこの展覧会は、最終的にはポジティブなメッセージを伝えていた。同展のキュレーターを務めたアドリアーノ・ペドロサ、エリオ・メネゼス、リリア・モリィッツ・シュワルツ、トマス・トレドは図録の中でこう述べている。
「アメリカ大陸に強制的に連れてこられたアフリカの人々は、自由というユートピアをずっと熱望していました。奴隷たちが暴力に晒されながら送っていた生活を完全に理解するには、その点を考慮しなければなりません」
この言葉を反映する作品が、同展には複数並んでいた。その1つが2013年にノナ・ファウスティンがニューヨークのウォール街で撮影した写真だ。かつて奴隷市場があったその場所で、ファウスティンはヌードの自画像を撮影した。公然わいせつ罪で逮捕される可能性があったため、「大きなリスク」だったとファウスティンが言うこの行動は、彼女自身の強さと勇気を証明している。
ナショナル・ギャラリーのキュレーター、カニトラ・フレッチャーはアートメディアのカルチャータイプ(Culture Type)によるインタビューで、「Afro-Atlantic Histories」は、「奴隷制に限らず、苛酷な経験から生まれたもの」をテーマにしていると説明。「それらは、アフリカにルーツを持つ人々の声や生活、実体験で形成されている」ことにも光を当てたと述べている。
トランプ発言が検閲や歴史の歪曲につながる懸念
こうした人々の経験について、核心的な部分を除外すれば自分が治める国の展示施設で紹介してもいいとトランプは言いたいようだ。しかし、それは危険な考えだ。なぜなら、それによってこの国の歴史がさらに歪曲され、正確さが失われかねない。
トランプは弁護士に博物館の展示内容を精査させると言っている。弁護士らが何を探し、集めた情報をどう使うのかについてはトゥルース・ソーシャルの投稿では言及されていないのでよくわからない。おそらく、この国の展示施設の方針を変えさせる法的権限が大統領にあるのかどうか明確ではないからだろう。
しかしトランプは、奴隷制に関する展示を政権の考えに沿ったものにするよう博物館や美術館に圧力をかけようとしているようだ。少なくとも、こうした施設が自己検閲に走るよう脅しているのではないかと思われる。それが通ってしまったら、おそらく解放をテーマにした芸術作品は展示から除外されることになるだろう。ただ、今のところ、NMAAHCを含むスミソニアンの展示施設がこうした作品を公開し続けていることには希望が持てる。
たとえば、スミソニアン・アメリカ美術館では、巨大な頭部の中にアンパサンド(andを表す記号「&」)が入っているマーティン・プーリエの木彫作品を見ることができる。《Vessel(船)》(1997-2002)というタイトルも手伝って、この彫刻は奴隷船に例えられることが多い。プーリエがほかにも奴隷制をテーマとした作品を手がけていることも、そう思わせる一因となっている。たとえば、アイビーリーグの名門校であるブラウン大学に設置された《Slavery Memorial(奴隷制の記念碑)》(2014)は、奴隷制をテーマとするパブリックアートの中でも特に印象的な作品の1つだ。
それにしても、頭部の中に収まったアンパサンド(&)は示唆に富むもので、奴隷制だけではない、複数のテーマがここに詰まっているように思わされる。《Vessel》は、「奴隷制がいかに悪かったか」を伝えている。同時に、それ以上の多くのことを表現しているのだ。(翻訳:野澤朋代)
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