新たな発見の場に──「アウトサイダー・アートフェア」新ディレクターに聞く、その可能性と魅力
アウトサイダーアートへの関心の高まりが注目される中、この分野を専門とするアートフェアの新ディレクターが発表された。独特の賑やかさと純粋なアートの楽しさを味わえることで知られるアウトサイダー・アートフェアを、不確実な市場環境の中でどう発展させていくのか。新任のディレクター、エリザベス・デニーへのインタビューをお届けする。

9月下旬、「アウトサイダー・アートフェア」の新ディレクターにエリザベス・デニーが任命された。1993年に創設されたアウトサイダー・アートフェアは、アール・ブリュットやフォークアート、アウトサイダーアート、セルフトート・アート(self-taught art:独学のアーティストの作品)、そしてプログレッシブ・アート・スタジオ(*1)に焦点を当てたフェアで、次回は2026年3月にニューヨークで開催が予定されている。
*1 障がいを持ち、正式な美術教育を受けていないアーティストたちに作品制作ができる環境を提供し、作家としてキャリアを築けるようサポートする団体。
デニーは、ロンドン大学コートールド美術研究所で美術史の学士号を、コロンビア大学でモダンアートの修士号を取得。2013年に自身の名を冠したギャラリーをニューヨークと香港に設立し、その後エリック・ファイアストーン・ギャラリーでディレクターを務めた。現在はコロンビア大学とサザビーズ・インスティテュートの講師として活動するほか、アート界で過小評価されている女性作家の認知向上を目指す団体、「レス・ザン・ハーフ(Less Than Half)」の創設時からの理事会メンバーでもある。
US版ARTnewsはデニーへのインタビューで、アウトサイダー・アートフェアのディレクターを引き受けた理由、不確実性が高まる現在のアート市場への対応、そして自身にとっての成功の尺度などについて聞いた。
「アウトサイダー・アートフェアこそ自分が今いるべき場所」と直感
──これまでギャラリー経営者として数多くのアートフェアに参加されてきました。その上で、今回、運営側としてフェアを率いる立場になることを決めた理由、それも、アート・バーゼルやフリーズ、ヴォルタ(VOLTA)といった著名フェアではなく、アウトサイダー・アートフェアに惹かれたのはなぜですか?
自分のギャラリーを運営していた頃は正直、その仕事を一生続けていくだろうと考えていました。それ以外に自分ができると想像できた唯一の仕事は、アートフェアで働くことです。アートフェアの魅力は、クライアントであるギャラリーをプロモーションし、来場者に紹介できることにあります。
ギャラリーの年間スケジュールの中でアートフェアがどれほど大事か、私は身をもって知っています。「投資」という言葉は金銭的な響きがあるので避けたいのですが、ギャラリーは出展を前に入念に計画を練り、さまざまなリソースを注ぎ込んでフェアでの成功を目指します。そして、その成果はギャラリーの存続を左右します。ギャラリーを立ち上げて間もない頃、アンタイトルド(Untitled)に出展する機会を得たのですが、それがギャラリーの成長につながる転機となりました。その後も、新たなフェアに参加するたびに認知度を上げることができましたし、人脈の構築や、コレクターとの出会いの場を提供してくれるフェアは、私がギャラリー経営者として成長するために常に重要な存在でした。
ギャラリーの仕事とアートフェアの仕事は、一見全く異なるように見えるかもしれません。しかし、ここ数カ月の経験から、プランニングやキュレーションに関わる人々との関係構築、営業・販売といった要素の組み合わせからなる両者は、似ている部分が多いと感じています。

このフェアの求人広告を見たとき、すぐに「これこそ自分が本当に大切に思えるフェアだ」という強い思いが湧きました。ここ数年、現代アートの世界は厳しい状況にあります。でも、アウトサイダー・アートフェアに足を運び、出展ギャラリーの展示を見るたびに、厳しい状況への心配をいったん脇に置いて、純粋にアートの素晴らしさや新たな発見の喜びに浸ることができたのです。そして、何よりも作品とアーティストが第一に考えられています。
現代アートの世界が──どう表現したものか悩ましいですが──下降線をたどっている今、まさにアウトサイダー・アートフェアこそ自分が今いるべき場所だと感じました。これが私の夢だと確信したのです。
──今の指摘は、現在アートの世界で広く認識されているのに表立っては議論されていない問題です。確かに今も売れている作品はありますが、その多くは低価格帯のもので、特にオンラインでの販売が中心だと言われています。アートフェアでの売り上げは不確実性が増していて、多くのギャラリーが販売の減速を報告している中、これらの課題にどう対処していこうと考えていますか?
アート界は変化を拒んできたように思います。一般的なアートフェアは長年の慣行の見直しをほとんどしていませんが、それが自らの首を絞めているのです。価格の透明性の低さなどが良い例で、新世代の買い手からすれば昔からのこうしたやり方は理解不能です。彼らは、価格が明示されていないものを購入することに違和感を抱いています。ミレニアル世代やZ世代は、こうした排他性や情報不足、透明性の欠如の中でアートを買いたいとは思わないでしょう。
アウトサイダー・アートフェアで作品を買う体験は、それとは違います。自らをコレクターとは全く思っていない人々も、ここなら気軽に入って作品を購入できます。私はそうした人の話をしょっちゅう耳にしますし、アーティストたちや収入がさほど多くないアート業界関係者も、ここで作品を購入したことがあると言っています。多額の予算を費やせないアートコレクターもそうです。ここでは3桁や4桁の金額(100〜9999ドル、日本円にして1万5000円から150万円ほど)で、末長く愛せる作品を手に入れることができます。
大規模な有名フェアでは、ともすれば買い手側が品定めをされているような、変なプレッシャーを感じることもあるでしょう。私たちのフェアではそんな思いをさせることなく、より良いユーザー体験が提供できると考えています。
──最近、ギャラリー関係者の本音が浮き彫りになった大規模調査についての記事を書きました。調査結果では出展コストの高さに加え、「1年に何回もアートフェアに出展するのには疲れた」とか、「出展前にどのくらいのプリセールスが必要なのか不透明だ」などの声がありました。海外のギャラリーなら、これ以外に為替レートも考慮に入れなければなりません。
我われのアートフェアは、はるかに低いコストで済みます。

業界内外から愛される「予想外の新しい発見があるフェア」に
──これまでギャラリストの立場で見てきたこのフェアを、今後はディレクターとして率いていくわけですが、今の困難な状況の中で、あなたは何を成功の定義としますか? 参加者数や来場者数、売上額の増加といった数値的な指標は当然あるでしょう。そうした数値目標とは別に、あなたの個人的な成功の定義を教えてください。
まず数値的な面ですが、昨年の出展者アンケートの結果が非常に良かったことを嬉しく思っています。ほぼ全ての出展者が売上に満足しているのは、昨今のアートフェアでは異例ではないでしょうか。また、昨年のフェアでは入場チケットの販売数が大幅に増加しました。今後も来場者数を増やしていきたいと思っていますが、そのためには今よりも広い会場を借りる必要があります。そうしなければ、来てくれた人々の体験の質が低下してしまうでしょう。
昨年はフェア期間を通して非常に混雑していたと、全出展者が回答しています。私も昨年、空いているはずの時間帯に訪れたのですが、会場は人でごった返していました。そのときは自分がディレクターになるとは思わず、単なる一般の来場者だったので特に注意深く観察はしていませんでしたが、大変な賑わいだったことは覚えています。
目指しているのは、このフェアの全ての側面を取りこぼしなく成長させることです。出展者にはさまざまなタイプがあります。プログレッシブ・スタジオ、セルフトート・アーティストを長年紹介してきたギャラリー、大手ギャラリー、そして現代アートとセルフトート・アートを併せて扱うギャラリー、そのほかにも私が重要だと考えている海外からの出展者もいます。海外のギャラリーを取り巻く課題については、この後にお話したいのですが、フェアが全体として調和を保ちながら成長し、特定の方向へ偏りすぎないようにしていきたいです。
──今年に入ってから、関税や移民政策など多くの変化がありました。新任のディレクターにとって、初年度にどの程度の変革に着手し、過去のフェアが築いた期待値とのバランスをどう保つかを見定めるのは難しいことだと思います。フェアの理念、または運営の中核となる要素として維持すべき点と、あなたのリーダーシップの下で変えていきたい点について教えてください。
1つの目標は、人々がこれまで見たことのない、興味深く新しい作品を見せてくれる新規出展者を継続的に見つけていくことです。フリーズに行けば、フェアの常連となっている著名アーティストの作品を見ることができるでしょう。しかし、人々がアウトサイダー・アートフェアに期待していることはそれとは違います。このフェアは予想外の新たな発見ができる場です。この特徴を維持しながら、アート界以外の普通の人々を惹きつけ、同時にアート界からも愛される場であり続ける。これが非常に重要だと考えていますし、今後も変えずに守りたい点です。
変えていきたい点は、まず2027年のフェアから規模を拡大したいと思っています。より広い会場を確保し、出展者数を増やす。そして特に注力したいのは、出展者の体験向上に向けたパートナーシップの拡充です。これは私個人の経験からくるこだわりかもしれませんが、ホテルや物流、輸送企業との提携ができたらと考えています。出展者にとって快適なイベントを実現し、あらゆる面で彼らの負担を軽減したいのです。フェア出展はギャラリーにとって収益性は高いですが、3~8カ月前からさまざまな投資が必要で、負担がとても大きいからです。

来年のフェアではキュレーションスペースでカナダのイヌイットアートを取り上げる予定で、複数のカナダのギャラリーと共同で企画を進めます。非常に特別な展示になるでしょう。
一方で、世界中の出展者から懸念を訴えるメールが届いています。これまで何度となく出展してきた常連や、数回出展したギャラリー、初出展のところなど、どこも「関税が心配」「入国が心配」「ルール変更が心配」と口を揃えて言っています。関税法の内容を詳細に説明することはできますが、問題はそれが変わるかもしれないという不確実性そのものです。彼らの気持ちはよく分かります。
アメリカで今何が起きていて、どれほど制御不能な状況に陥っているかについて、私が説明できることには限界があるので、ただ事態が好転することを願うだけです。アメリカは今も最大のマーケットですから、各国のギャラリーにとってアメリカで作品を見せ、この国の顧客にアプローチすることは重要だと思います。ただ、ヨーロッパやアジアなど海外のギャラリーが今アメリカに来るのは、以前とは比較にならないほどのリスクがあります。それを軽減するため私にできることは限られており、最終的にはそれぞれのギャラリーに決断してもらわねばなりません。

──これまでのアウトサイダー・アートフェアで、最も印象に残った展示などを教えてください。
昨年は、時間をかけて見たいブースやアーティストが本当に多かったと思います。サル・サランドラなど、以前から見知っていた作家もいました。彼は年配のゲイの男性で、非常に官能的で緻密な刺繍作品を作っています。中には何も考えずに作品を制作するアーティストたちもいて、そこがすごいと思います。彼らに対して、「1つの作品に5カ月も費やすなんて非効率だ」などと言う人もいないでしょうから、ほかでは決して見られない、信じられないほど手の込んだ作品に出会えます。
また、若手アーティストと有名アーティストの作品が並んで展示されているのも素晴らしいと思います。私が大好きなマルティン・ラミレスの作品はいつも目立つ場所に展示されていますが、ほかにも小さな発見がたくさんあります。アビゲイル・ゴールドマンという、かつて弁護士だったアーティストも印象的です。彼女は、「die-o-ramas(死オラマ)」という、犯罪現場を再現した小さなジオラマ作品のシリーズを制作しています。(翻訳:野澤朋代)
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