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市場で存在感を増すアウトサイダーアート。「業界は本当の意味で作品の質を見極めるのを怠ってきた」

最近、コレクターの間でアウトサイダーアートへの関心が高まっている。この分野の作品のオークションでの好調ぶりや相次ぐ美術館での展覧会、注目アーティスト、人気拡大の背景などについて取材した。

ウィリアム・ホーキンス《Juke Box》(1987) Photo: Christie's Images Ltd.
ウィリアム・ホーキンス《Juke Box》(1987) Photo: Christie's Images Ltd.

新型コロナの世界的流行が始まった翌年の2021年から2年ほど、アート市場は活況を呈していた。当時はそれほど実績のない若手アーティストですら、ギャラリーに展示されるや否や買い手がつき、すぐにオークションに出品されて記録的な値で落札されるという状況だった。しかし、直近2年間は政策金利の引き上げや地政学的・経済的不安定さが続き、バブルは終焉を迎えた。現在の市場はより細分化され、これまで以上に質が重視されている。

US版ARTnewsが取材したアートアドバイザーたちの話では、(少なくとも優れた)コレクターは真に価値のある作品を求めるようになっており、このところ市場で優勢だった具象作品から、美術史の周縁に置かれてきた作品へと関心が移っている。たとえば、昨年注目を浴びたのは、これまで見過ごされてきた近代アートの作家や先住民のアーティストだ。こうした隠れた逸品を探しているコレクターたちが、今年はアウトサイダーアートに目をつけたとしても不思議はない。

ちなみに、アウトサイダーアートという言い方には異論を唱える向きもあり、「self-taught art(セルフトート・アート:独学のアーティストによる作品)」という表現が使われる場合もある。この記事では便宜上、オークションハウスにならってアウトサイダーアートで統一した(その定義は後述する)。

近年、飛躍的に高まったアウトサイダーアートへの関心

1月22日、クリスティーズはアウトサイダーアートに特化した145ロットのセールを行った。これは、同社が2016年から続けているアウトサイダーアート・オークションの最新回だが、全体としては大成功とはいえず、総売上は180万ドル強(直近の為替レートで約2億8000万円、以下同)、セルスルー率はロットベースで90%、金額ベースでは85%だった(金額には諸手数料が含まれる)。

この結果は、128ロットで250万ドル(約3億9000万円)を売り上げた2024年の同セール──ソーントン・ダイアル、ミニー・エヴァンス、エイモス・ファーガソン、アンナ・ゼマーンコヴァーらの作品が高値で落札された──をかなり下回る。しかし、予想より高く売れたロットも数多くあり、ウィリアム・ホーキンスはこのセールで2度オークション記録を更新している。まずは《Juke Box(ジューク・ボックス)》(1987)が9万8280ドル(約1530万円)で落札され、その10ロット後に11万3400ドル(約1770万円)で売れた《Neil House with Chimney #2(煙突のあるニール家 #2)》(1989)で記録を更新した。

なお、今回出品された作品の大半は、予想落札価格の最高額と最低額の間にきれいに収まっている。つまり、価格設定が適切で、それに対するコレクターの反応も順当だったと言える。同セールについて、クリスティーズのアメリカーナ&アウトサイダーアート部門の責任者、カーラ・ジマーマンはUS版ARTnewsの取材にこう答えている。

「現在は、通常と異なる背景や出自、テーマを持つアーティストの作品への関心が高まっています。アウトサイダーアートに注目しているコレクターの多くは、『近代や現代のアートについてはよく知っているので、そのどちらにも当てはまらない作品を手に入れ、コレクションの隙間を埋めたい』と考えている人たちです」

一般にアウトサイダーアートとは、正規の美術教育を受けていない独学のアーティストの作品を指す。大抵の場合、こうしたアーティストたちは、主要な展示施設とのつながりが全くないか、あっても限定的だ。しかし昨年は、こうしたアーティストに対する関心が美術館の間でも飛躍的に高まった。昨年12月にアメリカン・フォーク・アート・ミュージアムのキュレーター、ヴァレリー・ルソーは、US版ARTnewsの姉妹誌であるアート・イン・アメリカ誌の記事でこの潮流に触れ、「そもそも誰をアーティストと見なすかについて、これまでの常識が変わってきている」と指摘した。

ルソーは同記事で、いくつかの展覧会を例に挙げている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された「Projects: Marlon Mullen(プロジェクツ:マーロン・マレン)」、メトロポリタン美術館(MET)の「Mary Sully: Native Modern(メアリー・サリー:ネイティブモダン)」、サンフランシスコ近代美術館(SFMoMA)の「Creative Growth: The House That Art Built(クリエイティブ・グロース:アートが建てた家)」、そして知られざるアーティストたちの作品に焦点を当てたKAWSの革新的コレクションを紹介する「The Way I See It: Selections From the KAWS Collection(私の視点:KAWSコレクションより)」などだ。

このほかにも、メガギャラリーのハウザー&ワースは昨年末、MoMAやMETといった主要美術館に作品が収蔵されているソーントン・ダイアルの大規模作品を集めた展覧会を開催。ホイットニー美術館で行われたモダンダンサーのアルビン・エイリーに関する展覧会「Edges of Ailey(エッジ・オブ・エイリー)」には、アウトサイダーアーティストのサム・ドイルやパーヴィス・ヤングなどの作品が数多く出品され、ラシード・ジョンソンジャン=ミシェル・バスキアといった大物アーティストの作品と同じ空間に展示された。

属性を特別視することへの批判も

クリスティーズが2024年に開催したアウトサイダーアートのセールで特に注目されたのがエイモス・ファーガソンだ。今年1月のオークションにもファーガソンの作品が4点出品され、鮮やかな青色を背景に5羽の鳥が魚を獲る様子を描いた作品は、予想最高落札額1万ドル(約156万円)を大きく上回る2万7720ドル(約430万円)で落札。また、《Untitled (Yellow Flower)(無題 [黄色い花])》の予想最高落札額は5000ドル(約78万円)だったが、その3倍近い1万5120ドル(約236万円)で落札されている。

さらに、ウィリアム・ルイス=ドレイファス財団から出品された作品の1つ、ジェイムズ・キャッスルの《Untitled (Abstract Title Book)(無題 [抽象的な題の本])》も予想落札価格の1万2000〜1万8000ドル(約187万円〜約280万円)を上回る3万1000ドル(約484万円)で決着している。これらアウトサイダーアーティストの作品には、制作年が記されていないものが多いが、その点についてジマーマンは、よくあることだとしてこう説明した。

「中には何年もかけて作品を制作したアーティストもいます。また、彼らは必ずしも直線的に表現を発展させていったわけではありません」

これまでオークションハウスや美術館、ギャラリーは、アウトサイダーアーティストを売り込む戦略として彼らの生い立ちや人生を前面に押し出してきた。たとえばクリスティーズは、キャッスル作品のロット情報のページで、彼が生まれつき聾唖(ろうあ)で文字が読めなかったことに触れている。しかし、アウトサイダーアーティストをことさら特異な存在として扱う紹介の仕方への批判もある。それに加え、アウトサイダーアーティストという呼び名が、有色人種や障がい者、クィアのアーティストに適用されることが圧倒的に多いとの声もある。

とはいえ、アウトサイダーアートの作品は、専門的な美術教育を受けた作家とは異なる方法で研究されなければならないという点で大方の意見は一致している。たとえば、アウトサイダー・アート・フェアのCEOでアートディーラーのアンドリュー・エドリンはこう述べている。

「ある意味こうした作品は、現代アートに対する治療薬や解毒剤の役割を果たしてきました。非常にコンセプチュアルというわけでもなく、それを理解するために押さえておくべき美術史上の前提や知識もありません」

ヴェネチア・ビエンナーレが果たした役割

アウトサイダーアートの認知がこれほど拡大した背景には、世界最大級の芸術祭であるヴェネチア・ビエンナーレで総合ディレクターを務めるキュレーターたちが盛んに取り上げたこともある。マッシミリアーノ・ジオーニは2013年のヴェネチア・ビエンナーレ「Encyclopedic Palace(百科事典的宮殿)」で、セシリア・アレマーニは2022年のヴェネチア・ビエンナーレでアウトサイダーアートを取り上げている。

また、アドリアーノ・ペドロサがディレクターを務めた2024年のヴェネチア・ビエンナーレでは歴史に焦点を当てたセクションが設けられ、アウトサイダーアーティスト(その多くは先住民や南半球出身者だった)の作品が知名度の高い近代アート作家たちの作品と並んで展示されていた。

最近、カルチャード(Cultured)誌に掲載されたコラムの中で、アートアドバイザーのラルフ・デルーカは、コレクターが今年の市場で一歩抜きん出るためには「カテゴリーに縛られず」に過小評価されている作品を見直し、「アウトサイダーを受け入れる」必要があると書いている。そのデルーカはUS版ARTnewsにこう語った。

「今の時代、美術教育の有無を含め、アーティストにレッテルを貼って区別することは、ますます意味がなくなってきています。長い間、私たちは本当の意味で作品の良し悪しを見極めるのを怠ってきました。全てはアート作品から始まります。そして、コレクターは先入観なしに収集すべきです」

今年、アウトサイダーアートの受容が一気に本格化するのか、それとも様子見しつつ徐々に受け入れる人が増えるのか、もう少し見守る必要がありそうだ。伝統的な美術史の枠組みを超え、独学アーティストの作品へ視野を広げたいと考えているコレクターに対し、アウトサイダー・アート・フェアCEOのエドリンは、何よりもまず自分の信念を貫く勇気を持ってほしいと話す。

「アートを商品のように捉えないでください。投資信託ではありませんから。アウトサイダーアートのような作品は、市場に新風を吹き込んでくれるでしょう」

エドリンはさらに、見れば見るほど目が肥えてくるはずだとした上で、重要なのは心に響く作品を選ぶことだと話す。

「アウトサイダーアートの特徴はその創造性にあります。かつ、非常にパーソナルなもので、市場で取引されることを想定して作られていません」

もちろん、アート市場の他のセグメントと同様、リサーチをしたり、オークション記録を調べたり、美術館のコレクションに入っている作品を研究することはできる。しかしエドリンは、直感や本能に勝るものはないと強調する。

2月27日から3月2日まで、ニューヨークアウトサイダー・アート・フェアが開かれる。興味を覚えた読者は、ぜひ訪れてみてほしい。(翻訳:野澤朋代)

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