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ヘンリー・ダーガー(アウトサイダー・アートの巨匠)の遺産は誰の手に?

米国のアウトサイダー・アートを代表する作家、ヘンリー・ダーガーの貴重な遺産をめぐり、新たな訴訟が起こされた。ダーガーの遠い親戚たちとヘンリー・ジョセフ・ダーガー・エステートが、ダーガーが生前住んでいたアパートの家主を著作権侵害などの不正行為で訴えたのだ。元家主のラーナー夫妻は、長年にわたりダーガー作品を管理している。

シカゴのインテュイット(センター・フォー・インテュイティブ・アンド・アウトサイダー・アート)に展示されているヘンリー・ダーガーのイラストレーション AP Photo/Charles Rex Arbogast

訴訟の理由は、元家主のキヨコ・ラーナーと夫のネイサン(故人)が、確たる所有権がないにもかかわらず、数十年にわたってダーガーのアート作品と著作から違法に利益を得てきたというもの。その中には、有名な『非現実の王国で』の1万5000ページにおよぶ挿絵入り原稿も含まれている。

シカゴで清掃員をしていたダーガーは、1972年に仕事を引退。40年借りていた小さいアパートを出て、セント・オーガスティン老人ホームに移った。その後、部屋の整理のために中に入ったラーナー夫妻は、無造作に綴じられた何百ものドローイング、水彩画、コラージュなどを発見した。ダーガーはその1年後、81歳で死去。その死から間もなく、ラーナー夫妻はダーガー作品の紹介と販売を始めている。

1972年のある時点で、アパートにある物はネイサンに託すというダーガーとの口約束があったと、ラーナー夫妻は40年近く主張してきた。その後、ネイサンは権利をキヨコに譲渡したというのが夫妻の言い分だ。また、ダーガーが老人ホームに引っ越す準備をしていた時に、アパートの家財道具などで何か保管しておいてほしいものがあるかと尋ねたことがあったという。ラーナー夫妻によれば、ダーガーの答えは「部屋には自分に必要なものは何もありません。全部あなたに託します。捨てても構いませんよ」だった。

ダーガーは生涯独身で、子どもも近い親戚もいなかった。そして、何の遺言も残さずに亡くなっている。

シカゴの連邦地方裁判所への訴えでは、ラーナー夫妻はダーガーの遺産に関していかなる法的利害関係がないにもかかわらず、そこから利益を得ているのは不当だとしている。訴状では、ラーナー夫妻が「ダーガーの作品を無許可に利用して巨額の利益を上げている」とされ、「連邦法および州法に対するその他の違反行為」として、不当取引、不正競争、公開陳列・配布、特定の作品の違法な商標登録などが指摘されている。

また、キヨコ・ラーナーは、ヘンリー・ダーガーに関するウェブサイト「officialhenrydarger.com」における「アンチ・サイバー・スクワッティング」(利益を得る目的で商標のドメイン名を登録すること)でも訴えられている。このウェブサイトには、ダーガーの詳細な経歴やアート作品、著作の複製が掲載され、「キヨコ・ラーナーの書面による許可なしに、画像を複製、コピー、編集、加工することを禁じる」という警告が添えられている。

新たな訴訟から半年ほど遡る今年1月、ダーガーの親族を名乗るグループが、自分たちがダーガーの遺産相続人であるとして、1月にイリノイ州の遺言検認裁判所に提訴を行った。親族といっても、その多くはまたいとこやそれ以上離れた遠い血縁関係だが、同グループは元家主にはダーガー作品の共有・販売の権利はないと主張し、現在も訴訟は続いている。

そんな中、この夏シカゴの裁判所の遺言検認部門は、親族の代表で原告団の中心でもあるクリステン・サドウスキーを遺産管理人とすることに同意した。裁判所の発表では、サドウスキーは現在、「著作権および個人資産を含む遺産を所有・回収する権限を持つ」という。

一方、死後のダーガーが、類まれなイマジネーションを持つアウトサイダー・アーティストとして評価されるようになったのは、ラーナー夫妻の売り込みのおかげだとも言われている。


ダーガーの部屋を再現した、インテュイットの常設展示 画像引用元:https://www.art.org/henry-darger-room-collection/

写真家で美術教育にも携わっていたネイサン・ラーナーと妻のキヨコは、アート界でのコネクションを利用して、シカゴの有力コレクターだったルース・ホーウィッチにダーガーの作品を紹介。彼女の助力で、1977年にダーガー初の展覧会が開かれた。90年代には、アメリカン・フォーク・アート・ミュージアムで個展が開催され、幅広い評価を得ている。また、2008年にシカゴのインテュイット(センター・フォー・インテュイティブ・アンド・アウトサイダー・アート)は、ダーガーが住んでいた部屋を再現し、その生活と制作を紹介する常設展示を設置した。

ダーガーの作品の中で最も重要かつ価値があるとされているのは、7人の少女戦士、ヴィヴィアン・ガールズの物語が書かれた7冊の手製本だ。この作品には、「非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、子ども奴隷の氾濫に起因するグランデコ・アンジェリニアン戦争の嵐の物語」という長いタイトルが付けられている。物語には子どもが虐待され、殺される場面がたくさん出てくるが、明るくカラフルな色彩が使われているところが一種の不気味さを醸し出している。

この物語の寓意的な意味については、学問的な研究も行われている。ダーガーは、自分は子どもの「保護者」であると自伝に書いているが、彼自身は孤児で、幼少期には問題行動で施設に収容されていたことがある。

遺産に関する訴訟問題で、ダーガーの知名度や市場価値は近年上昇を続けている。2019年にはクリスティーズで、『非現実の王国で』の挿絵が両面に描かれた作品が、予想価格の50万ドルを大幅に超える68万4500ドルで落札された。今回の訴訟では、この件をラーナー夫妻がダーガー作品から利益を得ていた証拠として挙げている。

もし、ラーナー夫妻が法律に違反したと判断されれば、ダーガーの遺作から得た収益を原告に賠償するよう命じられるかもしれない。だが、ダーガーの相続人だと主張している親族たちはまた別の訴訟を起こしているので、利益がどのように分配されるかは明らかではない。(翻訳:平林まき)

※ヘンリー・ダーガーとシカゴのアウトサイダー・アーティストについては、「シカゴのアウトサイダー・アーティスト、アートと現実を越境する独創的な世界」をご参照ください。

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年8月2日に掲載されました。元記事はこちら

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