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ユネスコが、文化産業を襲う未曾有の危機に警鐘

ユネスコが2月8日に発表した報告書によると、新型コロナの世界的流行により、文化・クリエイティブ産業で1000万人の職が失われ、今も多数の雇用が脅かされている。

メトロポリタン美術館(ニューヨーク)でチケット販売窓口に並ぶ見学者(2021年4月29日) AP Photo/Mary Altaffer

同報告書は、コロナ禍が始まる数年前から芸術への公共予算は減少しており、それが「文化産業における前例のない危機」をさらに深刻なものにしたと説明している。

また、「多くの国で、アーティストに対する社会保障はこれまでも不十分だったが、コロナ禍によって文化・クリエイティブ産業に従事する人々がいかに弱い立場にあるか明らかになった」と指摘。各国政府に対し、こうした産業における最低賃金の設定や、フリーランスのための年金・傷病手当制度の充実といった支援策を強化するよう求めている。

さらに、「(文化・クリエイティブ産業で労働力の大部分を占める)フリーランスや自営業者が対象の社会保障制度がある国でも、かなりの割合が保障の対象外である場合が多い」としている。

ユネスコの報告書が「根本的なパラドックス」と表現しているように、文化産業は世界経済の中で最も成長スピードが速い分野だ。アート作品の展示が、美術館などの実空間からデジタル空間に拡大し、世界のどこからでもクリエイティブコンテンツにアクセスできる機会が増えている。しかし、文化産業は非常に脆弱な分野でもあり、国の文化予算削減だけでなく、民間の投資家から敬遠される傾向もある。

ユネスコによると、コロナ禍の影響が特に色濃いのは美術館・博物館やギャラリーで、90%の施設がこれまでに数カ月間の休業を余儀なくされた。2020年には、世界中で国や自治体によるアーティスト支援が始まったが、文化・クリエイティブ産業全体の市場は7500億ドルもの大幅縮小になったという。

同報告書はまた、収益性の高いストリーミングサービス業界と、デジタルコンテンツを制作するクリエイターとの収入格差を是正する措置を講じるよう提言。この2年間で、デジタル化は「文化表現の創造、生産、流通、アクセスで、より中心的な役割を果たすようになった。その結果、オンライン分野の多国籍企業が台頭し、インターネットアクセスにおける不平等が広がっている」としている。

ユネスコのエルネスト・オットーネ文化担当事務局長補は、「世界中で社会にとって重要な役割を果たしている文化・芸術の専門家のために、持続可能で包括的な労働環境を構築する方法を再考する必要がある」と述べている。

そんななか、感染防止対策のための規制で、美術館など芸術活動の場が閉鎖されていることに世界中の文化関係者が抗議の声を上げている。1月には、オランダで数十カ所の美術館やコンサートホールが、1日限りのネイルサロンやジムとして営業を行った。オランダ政府が、美容室やスポーツ施設に対するロックダウンを解除した際、さらに1週間以上の休業を求められた文化施設が遊び心のある抗議活動を行ったもので、ゴッホ美術館(アムステルダム)や、フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》が所蔵されているマウリッツハイス美術館(デン・ハーグ)などの有名美術館が参加した。

一方、モロッコの首都ラバトでは、ツアーオペレーターが観光省の前に集まり、海外旅行に対する厳しい規制への抗議を行った。2021年11月にはオミクロン株の感染拡大を防ぐためにモロッコへの航空便とフェリーの運航が停止され、地元の観光産業に大きな打撃を与えている。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年2月8日に掲載されました。元記事はこちら

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