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アンコール遺跡の管理が35年ぶりにカンボジア政府へ。内戦や略奪の歴史を乗り越え

アメリカの非営利組織、世界記念基金(WMF)は、1月31日付で、これまで管理していたカンボジア北部にある、アンコール遺跡群の歴史的に重要な3つの遺跡を、カンボジア政府による機関、アンコール地域遺跡保存整備機構(APSARA)の管理下に移すと発表。これにより同遺跡は実質カンボジア政府の保護下になる。

アンコール遺跡にある巨大寺院、アンコール・ワット。Photo: Reda&Co/Universal Images Group V

カンボジア北部のシェムリアップ州にあるクメール王朝時代(9世紀~15世紀)の都市遺跡群、アンコール遺跡は、巨大寺院のアンコール・ワットをはじめ1000以上の遺跡で構成されており、1992年にユネスコ世界遺産に登録された。今回世界記念基金(WMF)からアンコール地域遺跡保存整備機構(APSARA)へと管理が移されるのは、同遺跡のアンコール・ワットにある、ヒンドゥー教の天地創世神話「乳海撹拌」の様子を描いたレリーフの回廊と、12世紀末に建立されたタ・ソム寺院、ジャングルの中に建つ寺院複合施設のプリヤ・カーンだ。

アンコール遺跡はかつて危機的な状況にあった。1970年から1998年まで続いたカンボジア内戦では、多くの遺跡保存関係者が戦死したり、海外逃亡を余儀なくされたりし、中でも1975年からのポル・ポト政権時代には出土品の略奪が急増して、多くの財宝が国外に運び出された。

WMFはアンコール遺跡の危機を救うため、1989年以来、調査と保護を続けてきた。一方、APSARAは、アンコール遺跡の世界遺産登録を受けて1995年に設立された。APSARAはWMFの支援を受けながら同遺跡の保護と保全に大きな改善をもたらし、2004年には、世界遺産委員会が定める危機遺産リストから除外される成果を収めた。APSARAは現在、かつてWMFが管理していた保護活動や長期プロジェクトを引き継いで監督している。

また、近年、カンボジア政府は略奪により国外に運び出された文化財を取り戻すべく、断固としたキャンペーンを展開している。2023年、ニューヨークのメトロポリタン美術館は、文化財の密輸および顧客への詐欺行為でアメリカ連邦検事局から起訴された美術商、ダグラス・ラッチフォードに関連する14点の彫刻をカンボジアに返還した。

WMFは現在、プノン・バケン寺院の修復に取り組んでいるものの、包括的な修復は2024年初旬に終了し、今回の移行で同遺跡は実質APSARAの保護と監督下になるという。WMFのベネディクト・ドゥ・モンロー会長兼最高経営責任者はこれについて、声明でこう述べた。

「アンコール遺跡にとって歴史的な瞬間です。1989年にこのプロジェクトが始まった当初は、必要な作業を遂行するために、現地の技術者に保存技術を身に着けさせるための国際的な介入が必要でした。現地でWMFのプロジェクトを長年続ける中で、現在は国際的な介入への依存は著しく低下しており、APSARAがこれら3つの遺跡の日常的な維持管理と将来の保全作業の全責任を取り戻すことを嬉しく思います」

1月26日、同遺跡のプリヤ・カーンで3遺跡の引き渡し式が開催された。その中で、ドゥ・モンローは次のようにも語った

「私たちが及ぼした影響は、35年以上にわたって行ってきた物理的な保全活動にとどまりません。現地のチームに技術、収入、安定性を提供してきたことで、現在はカンボジア人の指導者によるチームが中心となっています。また、観光客への豊かな体験プログラムや、遺跡へのオーバーツーリズムを防ぐための観光管理戦略も開発しました。今後もカンボジア当局との協力による新しい教育プログラムの創設とともに、WMFの活動はアンコール遺跡で継続される予定です」(翻訳:編集部)

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