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車椅子のダンスパフォーマンス、学生らと協働した舞台スロープができるまで

日常的な環境が障がいとアクセシビリティの実体験に与える影響を研究しているサラ・ヘンドレンは、アーティスト、研究者、作家として活動している。彼女はまた、パブリックアートやデザインプロジェクトなどでのコラボレーションも複数手がけてきた。たとえば、低身長の人のための講演台、目の不自由な人をナビゲートし音楽を奏でる杖、障がいを持つダンサーで振付師でもあるアリス・シェパードのための舞台用スロープなどがある。

Photo Courtesy of Alice Sheppard and Olin professor Sara Hendren
オーリン工科大学(Olin College of Engineering)で作られた複数面を持つ木製ダンス用スロープで、リハーサルを行うアリス・シェパードとローレル・ローソン。コーヒー色の肌で、複数の人種の血を引くシェパードは、木製の傾斜面を横切るように仰向けになり、車椅子の車輪を上に向けながらわずかに横に傾けている。白人女性のローソンは、シェパードのすぐ下の平らな木の床に仰向けになり、車椅子を上に向けている Photo Courtesy of Alice Sheppard and Olin professor Sara Hendren

彼女は障がい者支援技術や手作りの補装具、誰もが使いやすい建築など、アクセシブルデザイン分野での研究や執筆活動も行っており、2020年には著書『What Can a Body Do?(身体の可能性)』を出版。マサチューセッツ州ニーダムにあるオーリン工科大学(Olin College of Engineering)では「Investigating Normal(普通についての研究)」という障がい者のためのデザインを教える授業を担当し、さまざまな実験を行っている。物理的な現実に向き合いつつ個人の夢に応えるヘンドレンの仕事は、実用的であると同時に共鳴を呼ぶものだ。

ARTnewsの取材に対しヘンドレンは、てこや滑車、そして傾斜面などの単純なメカニズムに興味を持ち続けてきたと語る。車椅子で踊るシェパードのために設計した舞台セットは、彼女が長年取り組んできた「Slope: Intercept(スロープ:インターセプト)」プロジェクトから発展したものだ。2013年に始まったこのプロジェクトでヘンドレンは、車椅子やスケートボードの使用を想定した、建物の入り口の段差に設置できる木製スロープのモジュール式セットをデザインしている。

2015年のこと、このプロジェクトに興味を持ったシェパードは、ヘンドレンにダンスの舞台で使える大型のスロープをデザインできないかと打診した。ちょうど同じ頃、オーリン工科大学のイェフゲニヤ・ザスタフカー教授が、物理学入門の授業で使う課題を考えてほしいとヘンドレンに依頼していた。そこでヘンドレンは、新たな表現の可能性を引き出す舞台装置をシェパードと共に開発するよう、ザスタフカー教授とその学生たちに協力を要請した。

プロジェクトは、シェパードを先頭に大学構内を巡って既存のスロープを確認するところから始まった。その後、学生たちは大学のダンス部から木の床板を借りてきて、シェパードのために仮のダンススペースを作成。さまざまな寸法の木製スロープを試作して彼女に試してもらった。シェパードはまた、ヘンドレンが「Slope: Intercept」で開発したスロープのセット一式を使い、初めてスロープをデザインする学生たちのために、ターンなどのデモンストレーションを行った。

白い長方形の紙で作られた、縁がカーブしているダンス用スロープの模型。短冊状に切った紙を垂直に交差させてできていて、いくつかの傾斜面がある。この模型は、オーリン工科大学での大型木製ダンス用スロープの設計に使われた Photo courtesy of Alice Sheppard and Olin professor Sara Hendren
白い長方形の紙で作られた、縁がカーブしているダンス用スロープの模型。短冊状に切った紙を垂直に交差させてできていて、いくつかの傾斜面がある。この模型は、オーリン工科大学での大型木製ダンス用スロープの設計に使われた Photo courtesy of Alice Sheppard and Olin professor Sara Hendren

ステージを設計するにあたり、学生たちはCADプログラムと3Dプリンターを使って紙の模型を作成。シェパードとはスカイプで連絡を取り合い、本人も度々キャンパスを訪れた。教授の指導のもと何日も深夜作業を続けて、約2.2平方メートルの傾斜した木製の構造物を完成させた。

学生たちは製作現場で、それぞれ新たなことに挑戦した。初めて丸ノコを使う者もいれば、ショップボットというコンピューター制御された木材加工用ルーター(電動工具の一種)の使い方を覚えた学生もいた。この装置についてヘンドレンは、「デジタルプラットフォームで設計したデータを送り込めば、以前なら大規模な製造工場でしか出せなかった精度でカットしてくれます。アリス (・シェパード)の舞台を作るため、特に曲面を正確に仕上げるために学生たちが使いました」と説明する。

シェパードはダンスパートナーのローレル・ローソンと一緒に大学を訪れ、新たに設置された構造物の上でパフォーマンスを行った。テスト後にこのスロープは、ローソンとマイケル・マーグが参加し、シェパードが率いる障がい者ダンスグループ、キネティック・ライトの重要なダンス環境となり、グループ初のツアーで披露された演目「Descent(降下)」の舞台装置としても使われている。「ローソンと私は、スロープの曲面や勾配が示すものに耳を傾けながら、新しいパフォーマンステクニックや具体的な振付表現を増やしていきました」とシェパードは語る。

キネティック・ライトの演目「Under Momentum(アンダーモメンタム)」を踊るローレル・ローソンとアリス・シェパード。傾斜45度の木製スロープを、ローレル・ローソンが車椅子の車輪を手で回しながらを上っていき、アリス・シェパードと鼻を突き合わせている。シェパードは膝をつきながらローソンの方へとスロープを降りてきている場面 Photo by Hayim Heron at Jacob’s Pillow
キネティック・ライトの演目「Under Momentum(アンダーモメンタム)」を踊るローレル・ローソンとアリス・シェパード。傾斜45度の木製スロープを、ローレル・ローソンが車椅子の車輪を手で回しながらを上っていき、アリス・シェパードと鼻を突き合わせている。シェパードは膝をつきながらローソンの方へとスロープを降りてきている場面 Photo by Hayim Heron at Jacob’s Pillow

このオーリン工科大学のプロジェクトがきっかけで、ヘンドレンはシェパードのために小型で持ち運び可能なスロープキットを構想、デザインした。同大学出身のデザイナー、アディット・ダヌシュコディと協力して、小型スロープを二つ、中型と大型スロープを一つずつ、そしてそれらをつなぎ合わせるダンス用の床板を作った。ヘンドレンは「Slope: Intercept」プロジェクトを発表するために韓国の「Seoul Mediacity Biennale 2016(ソウル・メディアシティ・ビエンナーレ2016)に向かい、シェパードも合流。韓国を拠点とするデザイナー、ギホ・ヤンがソウルでポータブルダンスキットを製作し、シェパードはそれを使って「Under Momentum(アンダーモメンタム)」というソロ作品を上演した。

ソウルでのシェパードの公演には、車椅子の利用者が何人も来てくれたとヘンドレンは言う。「障がい者の活動家や支援者と交流する機会も何度かありました。こうした出会いこそ、私が作品作りで一番好きな点です。“物体”が、人と人を和やかな雰囲気で知り合うためのきっかけへと変化する瞬間ですね」

「Under Momentum」のデュエットバージョンは、ホイットニー美術館やオレゴン・シェイクスピア・フェスティバルなどで上演された。大型のスロープ、小型のスロープキットはどちらも、今もキネティック・ライトの演目に欠かせない装置となっている。

キネティック・ライトの演目「Descent(降下)」を踊るローレル・ローソンとアリス・シェパード。ローソンは、シェパードの車椅子のフットプレートに上体を預け、両手を大きく広げバランスをとっている。宙に浮いたローソンの車椅子の車輪は回転している。アリスは、ローソンを抱擁しようと両手を大きく広げている。背景には大きなスロープと星空が広がり、二人の車いすの車輪が光を受けて輝いている Photo by Jay Newman/ Britt Festival
キネティック・ライトの演目「Descent(降下)」を踊るローレル・ローソンとアリス・シェパード。ローソンは、シェパードの車椅子のフットプレートに上体を預け、両手を大きく広げバランスをとっている。宙に浮いたローソンの車椅子の車輪は回転している。アリスは、ローソンを抱擁しようと両手を大きく広げている。背景には大きなスロープと星空が広がり、二人の車いすの車輪が光を受けて輝いている Photo by Jay Newman/ Britt Festival

※本記事は、米国版ARTnewsに2021年11月24日に掲載されました。元記事はこちら

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