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島を包むために必要な布の大きさは? クリストとジャンヌ=クロードの作品を素材の面積からランキング!

尽きることのない芸術的情熱を持ち続けたクリストは、2020年5月末に84歳で亡くなる直前まで、生涯で最も大胆なプロジェクトとも言える《L’Arc de Triomphe, Wrapped(包まれた凱旋門)》に取り組んでいた。クリストは、パートナーで共同制作者だったジャンヌ=クロードとともに途方もなく大きなものを布で包む作品を実現させているが、その中で最も多くの布を使ったものは何か、トップ10を紹介しよう。

ベルリンのライヒスターク(ドイツ連邦議会議事堂)前に立つクリストとジャンヌ=クロード。2人は1995年にこの建物を梱包した。Photo: Markus Waechter/AP/Shutterstock

クリストとジャンヌ=クロードが1961年に構想した巨大なパブリックアート作品《L’Arc de Triomphe, Wrapped(包まれた凱旋門)》(パリの凱旋門、シャルル・ド・ゴール広場のためのプロジェクト)は、クリストが84歳で他界してまもない2021年に完成し、約2週間限定で公開された。このプロジェクトは、フランスの歴史を象徴するモニュメントである凱旋門をポリプロピレンの布と赤いロープで包むという大胆なものだった。

しかし、重厚な政府庁舎や巨大な橋、風光明媚な湾やどこまでも広がる海岸線、大規模な桟橋や渓谷まで、実にさまざまなものを包んできたクリストとジャンヌ=クロードによる作品の中では、凱旋門は比較的小規模だと言える。いずれにしても、こうした作品の根本には1960年代のシチュアシオニスト運動(*1)から生まれた「転用(détournement)」という概念があり、彼らはこの概念を用いて、特定の空間とその文脈に対する既成の理解を変容させた。そしてそれは、政治的な意図を持つ批判の一形態であることも多かった。


*1 映像作家・思想家のギー・ドゥボールが提唱。人間の生がメディアや消費活動に支配される現代社会を「スペクタクルの社会」とし、それに対抗する状況(シチュアシオン)を構築しようとした。

クリストとジャンヌ=クロードの大規模プロジェクトの多くは、自治体との何年にもわたる交渉や建設計画を経て制作されるが、展示は一時的だ。この記事では、彼らが手がけた最もスケールの大きなプロジェクトを、使用された布の分量を基準にランキングで紹介する(*印はジャンヌ=クロードの死後、クリストが単独で制作した作品)。

10位:約1万8600平方メートル《Valley Curtain(ヴァレー・カーテン)》(1970-72)

クリストとジャンヌ=クロード《ヴァレー・カーテン》(1970-72) Photo: Everett/Shutterstock

コロラド州ライフルにある谷に、幅約400メートルの鮮やかなオレンジ色の壁を作るこのプロジェクトの展示期間は、わずか28時間。強風のため、制作チームは設置したばかりの作品の解体を余儀なくされたが、その短い展示の間には作品の下にある道路を車で走ることができた。

クリストとジャンヌ=クロードの評価を決定づける作品の1つとなった《ヴァレー・カーテン》の設置プロセスは、短編映画として残されている。著名なドキュメンタリー映画監督のアルバート&デイヴィッド・メイズルス兄弟が、名作『グレイ・ガーデンズ』の前年に制作したこの短編は、アカデミー賞の短編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。ニューヨーカー誌のカルバン・トムキンスは同ドキュメンタリーを、「アーティストとその作品を描いた映画としては、自分がこれまで見た中で断トツに素晴らしい」と称えている。

9位:約2万5000平方メートル《L’Arc de Triomphe, Wrapped(包まれた凱旋門)》(1961-2021)

クリスト《L’Arc de Triomphe, Wrapped (包まれた凱旋門)》(2019)のドローイング。Photo: ©2019 CHRISTO/ANDRÉ GROSSMAN

《L’Arc de Triomphe, Wrapped(包まれた凱旋門)》は、クリストとジャンヌ=クロードが最も長く温めてきたプロジェクトで、既に1961年には梱包された凱旋門のフォトモンタージュが作られていた。当初は2020年春に公開が予定されていたが、鳥類保護団体から凱旋門に巣を作るハヤブサを危険にさらす懸念が指摘されたことを受け、役所内で調整が必要になった。鳥たちの安全を守る方法を考えるため、クリストは制作の延期を決めたという。

2人にとって数十年来の夢だったこのプロジェクトは、この延期ののち、2020年9月19日から10月4日まで公開される予定だった。しかし、コロナ禍の影響で再度延期となり、最終的には2021年9月18日から10月3日まで公開された。

8位:約4万1800平方メートル《The Pont Neuf Wrapped(包まれたポン・ヌフ)》(1975-85)

クリストとジャンヌ=クロード《The Pont Neuf Wrapped(包まれたポン・ヌフ)》(1985)のドローイング。Photo: ©1985 Christo/Photo ©Centre Pompidou/Philippe Migeat

凱旋門の梱包以前に、クリストとジャンヌ=クロードがパリで手がけた最も有名な作品。彼らは、何世紀も前にセーヌ川に架けられたこの有名な橋を、ややオレンジがかった色の布で包んだ。クリストによると、これはパリの地下にある石灰岩と同じ色だという。橋だけでなく、周囲の歩道やシテ島の堤防の一部も梱包され、橋を彩る有名な街灯も風に揺れるナイロン製の布の下から光を放っていた。

7位:約5万5000平方メートル《Wrapped Trees(包まれた木立)》(1997-98)

クリストとジャンヌ=クロード《Wrapped Trees(包まれた木立)》(1997-98) Photo: Winfried Rothermel/AP/Shutterstock

クリストとジャンヌ=クロードによる多くの梱包作品と同様、この作品も実現までには紆余曲折があった。最初はミズーリ州のセントルイス美術館の周囲、次にパリのシャンゼリゼ通り沿いの木々を包もうと試みたが、どちらも当局の許可が下りなかった。最終的にスイスのバイエラー財団美術館が興味を示したことで、《Wrapped Trees(包まれた木立)》は1990年代に実行に移された。

プロジェクトマネージャーや布の製造者、樹木剪定師、設置・建設作業員などで構成される大規模なチームの協力を得て、同美術館と隣接するベロワー公園の木々を包むプロジェクトはついに実現。他のプロジェクト同様、この作品も準備段階に描かれたドローイングや関連する写真作品の売り上げで制作資金が賄われている。

6位:約9万2900平方メートル《Wrapped Coast, One Million Square Feet, Little Bay, Sydney, Australia(包まれた海岸線、100万平方フィート、リトル・ベイ、シドニー、オーストラリア)》(1968-69)

梱包作業の指揮を取るクリストとジャンヌ=クロード。Photo: Markus Stuecklin/EPA/Shutterstock

オーストラリアのアートパトロン、ジョン・カルドーがコーディネーターを務めたこのプロジェクトは、どの場所からも全貌を見渡すことができないほど大規模なものだった。クリストとジャンヌ=クロードは、110人の作業員と15人のプロクライマーを含むチームとともに南太平洋に面した約2.4キロメートルにわたる海岸線を包み、ゴツゴツとした岸壁が風にはためく白い布で覆われた。

2人は制作にかかるコストに関する詳細なデータを常に公開しているが、このプロジェクトの参加者のうち、賃金が支払われたのは11人だけだった。作業員として参加した学生たちは、賃金の受け取りを断ったという。

5位:約9万9154平方メートル《The Gates(門)》(1979-2005)

クリストとジャンヌ=クロード《The Gates(門)》(1979-2005) Photo: John Chapple/Shutterstock

セントラルパークいっぱいに、7503個のゲート(門のような構造物から風に揺れるオレンジ色の布が吊り下げられていた)を並べたこの作品は、ニューヨークにこれまで設置されたパブリックアートの中で最も印象的な作品の1つだろう。

他の作品とは違い、この作品につけられたタイトルは意味深だ。しかし、これらの構造物に象徴的な意味が込められているわけではないとクリストは明言している。《The Gates(門)》は大人気となり、ニューヨーク市の推定によると、この作品を見に来た人々によって8000万ドル(現在の為替レートで約118億円)もの観光収入がもたらされたという。

4位タイ:約10万平方メートル《Wrapped Reichstag(包まれたライヒスターク)》(1971-95)、《The Floating Piers(浮桟橋)》(2014-16)*

クリスト《The Floating Piers(浮桟橋)》(2014-16) Laura Chiesa/Pacific Pres/Sipa/Shutterstock

この2つの作品(1つ目はベルリンにあるドイツ連邦議会議事堂を梱包したもの、2つ目はイタリアのイゼオ湖の上に設置された浮桟橋のような構造物)に使われた布の量はまったく同じで、さらに両作品とも、包まれた場所が持つ流動性を映し出している。《Wrapped Reichstag(包まれたライヒスターク)》の場合、作品のベースとなった建物の歴史的な変遷がこれに当たる。帝政時代に建てられた議事堂は、ヒトラーが首相になった1933年に火災に遭い、1999年に修復された。なお、火災後に臨時の議事堂とされた建物も、第2次世界大戦中に全壊している。

2位:約20万平方メートル《Running Fence(ランニング・フェンス)》(1972-76)

ポン・ヌフの梱包を指揮するクリスト。Photo: Lionel Cironneau/AP/Shutterstock

カリフォルニア州のソノマ郡とマリン郡にまたがって設置されたこの作品の長さは、海岸に最も近い国道である101号線の位置によって決まった。この国道の付近を起点とし、約39キロメートル離れた太平洋まで延々と伸びるこの壮大な構造物は、連なる丘やハイウェイ(州道1号線)をうねうねと横切り、最終的には岸壁を下って海へと入っていった。

画期的だったのは、この規模の作品として初めて、環境への影響に関する報告書が出されたことだ。なぜこのような報告書を発行したのかと2010年に質問されたクリストは、「当たり前のことだから」と答えている。

1位:60万3000平方メートル《Surrounded Islands(囲まれた島々)》(1980-83)

クリストとジャンヌ=クロード《囲まれた島々》(1980-83) Photo: Phil Sandlin/AP/Shutterstock

クリストとジャンヌ=クロードの最大の作品は、最も物議を醸した作品でもある。彼らがマイアミのビスケーン湾に約60万平方メートルの布を広げると、役人たちはその色に眉を吊り上げた。クロード・モネの睡蓮へのオマージュだとクリストは語っていたが、その鮮やかなピンク色は受けが良くなかったのだ。

地元住民からも、これは本当にアートなのか、奇抜さを好むマイアミに対する皮肉ではないのかとの声が上がり、この作品にかかる莫大な制作費と維持費について作者たちを攻撃する者も多かった。中には、「アンチクリスト伯」を名乗って反対運動を展開する者もいたが、クリストとジャンヌ=クロードはこうした批判を全て撥ねつけた。

1984年にUS版ARTnewsが掲載したプロフィールの中で、クリストはこう語っている。「作品は独自の次元を獲得します。それは常に私個人の想像力を超えるものなのです」(翻訳:野澤朋代)

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