クリスティーズ秋のイブニングセール、売上211億円で前年比33%増。「市場は死んでいない」と専門家
10月15日、クリスティーズ・ロンドンでイブニングセールが開催され、秋のオークションシーズンが本格的にスタートした。同セールでは61ロットの出品で総額1億4290万ドル(約211億円)を販売。前年比33%増となる好調な結果だった。

10月15日夜、クリスティーズ・ロンドンで「20世紀/21世紀イブニングセール」が開催され、61ロットが出品された。
この日最も注目されたのは、ピーター・ドイグの絵画《スキー・ジャケット》(1994)だ。競り合いは長時間続き、カナダ人コレクターのフランソワ・オデルマットによる1400万ポンド(約28億円)の入札でハンマーが打ち下ろされると、拍手喝采が起こった。この数字はドイグのオークション記録である4000万ドル(約59億円)には遠く及ばないものの、予想落札価格の600万ポンドから800万ポンド(約12億円~15億円)を大きく上回り、近年の不安定なアート市場における明るい材料となった。
だが、この夜の勝者はパウラ・レゴかもしれない。彼女が1995年に制作した三連画《ウォルト・ディズニーの『ファンタジア』より 踊るダチョウたち》は340万ポンド(約6億8000万円)で落札され、作家の最高額を更新した。以前の記録は2023年10月に売却された同シリーズの2連画で、374万ドル(約5億5000万円)だった。今回はアニー・モリスとエスベン・ヴァイレ・キアーも記録を更新した。
今回のオークションは、ドイグの競りの最中に、会場の後方でおならの音が出るおもちゃを作動させる悪戯があり、聴衆の笑いを誘ったものの、十分な勢いを保っていた。2番目に登場したルネ・マグリットの1947年の絵画《La voix du sang(血は語る)》では、そのエネルギーが最高潮に。複数の電話入札者と会場の入札者が競り合い、予想落札価格の35万ポンドから55万ポンド(約7000万円~1億円)を大きく上回る76万2000ポンド(約1億5000万円)で落札された。実は、この絵画が予想落札額を超えたのは初めてではない。今回の出品者は2010年のサザビーズのセールで、わずか2万5000ポンドから3万5000ポンド(約500万円~700万円)という予想落札額に対し16万3250ポンド(約3000万円)で購入した。だがこれは、かなり良い投資だったことが今回証明された。
そのほかに注目された作品は、ルシアン・フロイド初期の3点だ。そのうちの2点、《チューリップを持つ女性》(1944)《眠る頭部》(1961-71)は、いずれも数十年間、同一の個人(非公開)が所有していたことに加え、クリスティーズからの事前保証が付いていたこともあり、それぞれ429万ドル(約6億3400万円)、322万ドル(約4億7600万円)と、予想落札価格内で快調に落札された。また、今回のカタログの表紙を飾った《自画像断片》(1956頃)は、予想落札価格をわずかに下回る1020万ドル(約15億円)で売却された。
セールの終盤で、連続で出品された2作品の結果は、過去10年ほどでアート市場の傾向がどのように変化したかを浮き彫りにした。マーク・グロッチャンの2011年の絵画《無題(ドロッピング・オフ・アンド・フォーリング・アウェイ・レッド・アンド・Tフェイス43.22)》は、ほとんど関心を集めない中で辛うじて入札があり、予想落札価格内の215万ドル(約3億1800万円)で販売された。ジョー・ブラッドリーの2015年の無題の絵画も同様で、低額の予想落札額を下回る28万9000ドル(約4300万円)で落札された。これらは2点とも、母の名を冠したシルヴィ・フレミング・コレクションを設立した、イギリスの写真家兼アートパトロンであるヒューゴ・リットソン=トーマスが作品の完成時期に取得したものだ。ブラッドリーの作品は、2015年にクリスティーズで2011年の絵画が300万ドル(約4億4000万円)で、グロッチャンは2017年にクリスティーズで1700万ドル(約25億円)で落札され、ともに作家の最高額を記録。だが2人の市場はその後軟化している。
「20世紀/21世紀イブニングセール」の計61ロットの売り上げ総額は1億4290万ドル(約211億円)に達し、2018年以来フリーズ・ロンドンに合わせて行ってきた10月のセールとしては最高額となった。2024年のセールが52点で約1億700万ドル(現在の為替で約158億円)だったのに対し、33パーセント増額している。売却率で見ても、2024年の82パーセントから90パーセントに上昇した。因みに2024年の売り上げ自体が悪かった訳ではなく、2023年から83パーセント上昇していたことにも言及すべきだろう。
クリスティーズの元グローバル・プレジデントで、ロンドンを拠点とするアート・ピルカネン・アート・アドバイザリーの創設者であるユッシ・ピルカネンは、セール後にロンドンでUS版ARTnewsの取材に応じ、「この結果は、ニューヨークでのオークションが近づく中、オークション市場が立ち直っていることを示す最も明確な指標です。高価格帯の市場は非常に健全であり、この自信が今やオークションに出品される比較的低額の質の高い作品にも波及しているのです」と話した。
今回のオークションで撤回された作品は、前述のフレミング・コレクションの一部だったニコラス・パーティの《木の幹》(2015)1点のみであり、予想落札価格は80万ポンドから120万ポンド(約1億6000万円~約2億4000万円)だった。不落札作品は5点あり、その中には奈良美智の1998年の大作《ヘイズ・デイズ》が含まれていた。これは予想落札価格が650万ポンドから850万ポンド(約13億円~17億円)だったが、入札が始まると470万ポンド(約9400万円)の時点で停滞。オークショニアのエイドリアン・マイヤーは、クリスティーズ香港のエリック・チャンが仲介する電話入札者に十分な検討時間を与えたものの、「ラストチャンス」というフレーズを繰り返した後、ようやく作品が不落札となったことを認めた。
それでも、最近のアート市場のやや暗い状況からすれば、セールは全体的に成功だったと言える。オークションの最後に、セールを取材する報道陣の中に座っていたアドバイザー兼ニュースレター発行者のジョシュ・ベアは、「市場は死んでいない」と宣言した。(翻訳:編集部)
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