伝統と革新、風刺とエレガンス──ローズウッド・ロンドンが体現する、イギリス文化芸術の多面性

ロンドン中心部ホルボーンに立つエドワード朝建築を改修したローズウッド・ロンドンは、「滞在するギャラリー」だ。重厚な歴史建築の意匠を残しつつ、現代的な感性と光のデザインで再生された空間には、過去と現在、伝統と遊び、静謐とユーモアをつなぐ数々のアート作品やオブジェが配され、アート好きたちに愛されている。

Photo: Courtesy Rosewood London

ロンドン中心部ホルボーンに立つ、20世紀初頭の金融都市ロンドンの威信を体現する巨大な大理石建築。ここに現在居を構えるのが、260以上の客室、40以上のスイートを擁するローズウッド・ロンドンだ。この1914年竣工のエドワード朝建築を手がけたのは、イギリスの建築家、H. パーシー・モンクトン(H. Percy Monckton)。竣工以降は、イギリスの保険会社であるパール・アシュアランスが1989年まで本社を置いていた。

その堂々たる正面玄関の鋳鉄の門をくぐり、馬車道のキャリッジウェイを抜けると、外界の喧騒が遠のいていくのがわかる。まるで、建設当時のロンドンにタイムスリップしたような感覚だ。

現在この建物は、イギリスの指定建造物「Grade II listed」に登録されており、特に7階まで吹き抜けの「パヴォナッツォ大理石(Pavonazzo marble)」を贅沢に用いた荘厳な階段は、ローズウッドの哲学「A Sense of Place ©︎」を象徴する存在だ。楕円形のドーム天井から降り注ぐ柔らかな光が、磨き込まれた美しい大理石を際立たせ、階段を上るという行為そのものが、まるで作品鑑賞のようでもある。

イギリスの指定建造物「Grade II listed」に名を連ねる建物に、ローズウッド・ロンドンはある。象徴的な鋳鉄の門をくぐり、馬車道を抜けると、エントランスにたどり着く。Photo: Courtesy Rosewood London
ローズウッド・ロンドンの外観。エドワーディアン期建築は、1912 年に設計が始まり、1914 年に第一期が竣工。その後何度か増築・改修を経て、現在の姿に。Photo: Courtesy Rosewood London
パヴォナッツォ(Pavonazzo)大理石で構成された、7階吹き抜けの大理石階段と、その上部の楕円ドーム。Photo: Courtesy Rosewood London

ローズウッドがこの建物をホテルへと転用したのは2013年のこと。リノベーションを手がけたのは、台北出身、ニューヨークを拠点に活動する建築家のトニー・チー(Tony Chi)。パークハイアット(上海、ワシントン)やアンダーズ(ニューヨーク、東京、深圳)などラグジュアリーホテルの実績も豊富な彼は、空間を「呼吸するような物語体験」として再構築し、ヘリテージ建築の骨格に現代的な素材と照明を織り込みながら、ローズウッドらしい美学を実現した。かつて書類と金庫が並んでいたオリジナルのバンキングホールは現在のバーやダイニングへと姿を変え、空間のそこここに、ホテルがそう表現するように「ロンドンらしい、quirky(風変わり、個性的)な」現代アートやオブジェが配されている。イギリスの伝統とウィット、そして現代性が共鳴し合うデザインと多様な作品により、この歴史的建造物は文化と感性のための空間へと転化しているのだ。そうした性質もあり、フリーズ・ロンドンなどの大型アートイベントが開催される際はローズウッド・ロンドンでも様々な集まりが開かれ、世界から集まったアート業界人たちのハブとして機能している。

空間を構成する“作品”たち

まずロビーで滞在者を出迎えるのは、ウィンストン・チャーチルへのオマージュと思われるブルドッグ像。よく見ると、その首元にはヴィヴィアン・ウエストウッドの首輪が付けられている。そして客室へ向かうエレベーターホールには、ローズウッド香港のためにもコミッションワークを手掛けたアルゼンチン出身の画家、エドゥアルド・ホフマンによる巨大な抽象画がここでの滞在に対する期待をさらに盛り上げる(イギリスを代表する世界的建築家のノーマン・フォスターは、ローズウッド・ロンドンでこの作品に触れ、その後、ホフマンと幾度となくコラボレーションを果たしている)。

朝食から名物の「アート・アフタヌーンティー」(ピカソダリバスキア葛飾北斎といった美術史上の巨匠たちや、現代アーティストのジョン・ブース(John Booth)など、年ごとにテーマを変えたアートの世界を翻訳したスイーツが楽しめる)、そしてディナーまでが供されるホテルのメインダイニング「ミラー・ルーム」には、アーティストのサイモン・ビングル(Simon Bingle)による3D作品が都市の地図を立体的に再構成し、隣接するプライベート・サロン「ザ・リビング」の壁面では、ピーター・オズボーン(Peter Osborne)によるユーモラスな動物彫刻が訪れる人々が交わす会話に耳を傾ける。さらに、会議室「サー・ジェイムズ」には、18〜19世紀の風刺画家ジェイムズ・ギルレイ(James Gillray)の版画が飾られ、「ザ・グランド・ボールルーム」に向かう廊下には、20世紀を代表するイギリスの写真家であり、舞台美術や衣装デザインの分野でも才能を開花したセシル・ビートンによる肖像作品が並ぶ。

外界とホテル内部をつなぐブロンズで構成されたエントランス・ギャラリー。Photo: Courtesy Rosewood London
ロビーのエレベーターホールに掲げられた、エドゥアルド・ホフマンによる巨大な抽象画。Photo: Courtesy Rosewood London
アート・アフタヌーンティーが楽しめる「ミラー・ルーム」。写真右側の壁面にあるのが、サイモン・ビングルによる作品。Photo: Courtesy Rosewood London
「ミラー・ルーム」の一角にあるバースペース。Photo: Courtesy Rosewood London
会議室「サー・ジェイムズ」に飾られたジェイムズ・ギルレイの版画。Photo: Courtesy Rosewood London
「Scarfes Bar」内観。空間の随所に、ジェラルド・スカーフによるイラストが展示されている。Photo: Courtesy Rosewood London
「Scarfes Bar」は座席数も多いが、常にほぼ満席のため予約必須。Photo: Courtesy Rosewood London
ジェラルド・スカーフが「私の人生がこの壁にある」と語る、「Scarfes Bar」内観。Photo: Courtesy Rosewood London
「Scarfes Bar」のカウンター席。一人での滞在でも気兼ねなく立ち寄れるのが魅力だ。Photo: Courtesy Rosewood London

しかし何よりローズウッド・ロンドンのアート性を象徴しているのが、バー「Scarfes Bar」だ。イギリスを代表する風刺画家・イラストレーターであり、ピンク・フロイドのアルバムジャケットやニューヨーカー誌、ディズニーアニメ『ヘラクレス』などの仕事で世界的に知られるジェラルド・スカーフ(Gerald Scarfe)の名を冠したこのバーは、「私の人生がこの壁にある」と本人が語る通り、その壁面一面に彼の原画が飾られている。チャーチル、マーガレット・サッチャー、エリザベス女王など、皮肉と愛情を込めて描かれたイギリスの歴史を彩る人物たちを眺めながら、スカーフ作品に着想を得たカクテルメニューを楽しむことができるほか、ジャズバンドによるライブ演奏(ちなみにリクエストも可能だが、著者がお願いした「エイミー・ワインハウス」は丁寧にお断りされた)に身を委ねることもできる。この社交と芸術が交差する空間は、ヴァージニア・ウルフら文学者、芸術家、思想家が集い、議論と創作が生まれた20世紀初頭のブルームズベリー・グループによるサロン文化を彷彿させる。

最後に、ホテルの立地にも触れておきたい。ホルボーンは、金融街シティと文化の中心ウェストエンドをつなぐ中間地帯だ。徒歩圏内には、サー・ジョン・ソーンズ美術館(Sir John Soane’s Museum)や、コートールド・ギャラリーを擁するサマセット・ハウス、そして大英博物館が点在する。「街そのものがアート体験の延長線上にある」と言えるロンドンの多様な文化芸術シーンを思い切り探求する上でも絶好のロケーションであり、貴族的伝統とストリートカルチャー、風刺とエレガンス、その全てが共存するローズウッド・ロンドンは、単なる宿泊施設ではなく、この街の多面性を雄弁に物語る装置でもあるのだ。

ローズウッド・ロンドンには、合計41室のスイートおよび特別スイートが用意されている。写真は「デラックス・スイート」。Photo: Courtesy Rosewood London
特別スイートのひとつ「Lincoln House」。Photo: Courtesy Rosewood London
ローズウッド・ロンドンの特別スイートのひとつ「Lincoln House」。Photo: Courtesy Rosewood London
特別スイートのひとつ「Chancery House Suite」。Photo: Courtesy Rosewood London
特別スイートのひとつ「Chancery House Suite」。Photo: Courtesy Rosewood London
特別スイートのひとつ「Chancery House Suite」。Photo: Courtesy Rosewood London
ローズウッド・ロンドン最大の特別スイート「Manor House」へと続く専用ロビー。Photo: Courtesy Rosewood London
特別スイート「Manor House」。Photo: Courtesy Rosewood London
特別スイート「Manor House」。Photo: Courtesy Rosewood London
特別スイート「Manor House」。Photo: Courtesy Rosewood London
特別スイート「Manor House」。Photo: Courtesy Rosewood London

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