経済低迷が続く中国、富裕層は「投資価値より質を重視」。上海のアートフェアから探る市場の現在地

景気の減速が色濃くなっている中国で、アート市場はどのような状況にあるのか。11月中旬に上海で行われた2つのアートフェアで報告された売り上げや、興味深いサテライトイベントの様子を関係者に取材した。

今年、ウェストバンド・アート&デザインの会場となったコンベンションセンター。Photo: Courtesy West Bund Art & Design Fair
今年、ウェストバンド・アート&デザインの会場となったコンベンションセンター。Photo: Courtesy West Bund Art & Design Fair

11月中旬、上海で2つのアートフェアウェストバンド・アート&デザインART021が開催された。双方とも開幕直後から熱気にあふれ、経済の低迷や他地域のフェアとの競争などの逆風がありながらも、多くのギャラリーが初日から好調な売り上げを報告している。ウェストバンド・アート&デザインの開幕日、上海のカプセル・ギャラリー創設者、エンリコ・ポラートはこう語った。

「年末を前に、市場の反発を感じさせる活気がここにはあります。私たちの展示企画に関心を寄せてくれた新しいコレクターとのコネクションができて嬉しく思っています」

しかし、こうした楽観的な見方がある一方で、経済の見通しは厳しく、ギャラリー業界の様相も変化している。両フェアが開幕する数日前に北京で開かれたビジネスカンファレンスでは、元財政相の楼継偉が「不動産不況はまだ底を打っておらず、今後も経済成長の重しとなるだろう」と警鐘を鳴らした。また、フェアの前にUS版ARTnewsが取材したギャラリーやコレクターの多くも、低調な1年に終わるだろうと話していた。

経済面での不安要素に加え、他のフェア、とくに関係者の多くが「世界中のコレクターや出展者の関心を分散させた」と指摘する「Art Collaboration Kyoto」(11月13日~16日)との重複も、上海の2つのフェアに対する国際的なギャラリーの懸念につながったと言える。

ウェストバンド・アート&デザイン・フェアの初日の様子。Photo: JEREMY
ウェストバンド・アート&デザイン・フェアの初日の様子。Photo: JEREMY

これまで長く両フェアの常連だった大手ギャラリーのガゴシアンペースは、今回は参加を完全に見送っている。ペースに関しては、つい1カ月前に香港の展示スペース閉鎖を発表したばかりだ。アルミン・レッシュホワイトキューブデイヴィッド・ツヴィルナーなどのギャラリーは参加したものの規模を縮小し、これまでのように両フェアへ同時出展するのではなく、ART021かウェストバンドのいずれかに的を絞っていた。

会場移転効果で手堅く売上を伸ばした大手ギャラリー

しかし、そうした状況で11月13日に開幕した両フェアは初日から予想外の活況で、新会場に移転したウェストバンド・アート&デザインでは特にそれが顕著だった。同フェアはこれまで使っていたブルータリズム様式の巨大な工場から、スキッドモア・オーウィングス・アンド・メリルが設計した宝石のような形のコンベンションセンターへとメイン会場を移している。洗練された新スペースについては、「アート・バーゼル香港の会場を少し小さくした感じだ」と言う参加者が多かった。

しかし、数百万から数千万ドル(数億〜数十億円)の高価格帯作品が開幕から数時間で売り切れる時代が終わったのは明らかで、多くの中国人コレクターは、「作品を投資対象として見ずに、純粋に気に入ったものだけを購入する」と語っていた。これを裏付けるように、最近のマッキンゼーの調査では、中国の富裕層の7割以上が「分かりやすい高級志向より文化的遺産に感銘を受ける」と回答している。

ただし、特筆すべき売上実績も出ている。ウェストバンド・アート&デザインでは、タデウス・ロパックが初日に50万ユーロ(最近の為替レートで約9000万円、以下同)のマーサ・ユングヴィルトの絵画や、28万ドル(約4400万円)のアレックス・カッツ作品を含む5点を販売。ハウザー&ワースでは、エイヴリー・シンガーとニコラ・パーティの作品が、それぞれ57万5000ドル(約9000万円)と52万ドル(約8100万円)でオーストラリアのコレクション入りを果たした。

また、ホワイトキューブは初日に25万~50万ポンド(約5100万〜1億円)のアントニー・ゴームリーの彫刻2点を含む複数の作品を売り上げ、3日目にはゲルハルト・リヒターの水彩画に32万5000ユーロ(約5900万円)で買い手が付いている。同ギャラリーのアジア地域マネージングディレクター、ウェンディ・シューは今年のフェアについてこう語る。

「新会場に移転したことで、ウェストバンド・アート&デザインで体験できるフェアの質は明らかに向上しています。まとまりのあるレイアウトによって一貫性と快適さが増し、それがギャラリーとコレクター双方にとってプラスに働きました」

ART021で展示されたフェリックス・ゴンザレス=トレスの《Untitled (Loverboy)》(1989) Photo: Courtesy Art021
ART021で展示されたフェリックス・ゴンザレス=トレスの《Untitled (Loverboy)》(1989) Photo: Courtesy Art021

片やART021では、デイヴィッド・ツヴィルナーが同フェア創設者の1人であるデイヴィッド・チャウと共同企画した2つの展示プログラムの恩恵を受ける結果となった。それは、チャウが設立したCC財団の展示スペースで開かれているフーマ・ババの個展(2026年4月5日まで)と、ART021の特別企画として展示されたフェリックス・ゴンザレス=トレスのインスタレーション《Untitled (Loverboy)(無題 [ラバーボーイ] )》(1989)だ。

デイヴィッド・ツヴィルナーのシニアパートナー、クリストファー・ダメリオは、「フーマ・ババの個展が、既存顧客や新しいコレクターたちとの実のある会話につながったのは確かです」と明かし、個展を見た来場者は、彼女の作品の背景にある文脈をより深く理解できたはずだと指摘する。

同ギャラリーでは、フーマ・ババ、ママ・アンダーソン、キャサリン・バーンハート、スコット・カーン、ダナ・シュッツ、ウォルター・プライスの作品が売れたほか、フェリックス・ゴンザレス=トレスの《Untitled (Last Light)(無題 [ラスト・ライト] )》(1993)を中国の主要なコレクションが取得したことを発表したが、価格は開示していない。

このように、大手ギャラリーは他のフェアと同様、上海でも手堅い成果を得た。しかし、市場の勢いを正確に推し量るには、中小規模のギャラリーがどれほどの成果を上げたかを見る必要がある。

2つのフェアに出展した上海や周辺地域のギャラリーに聞くと、その多くは大きな売り上げは得られなかったと答えている。さらには匿名を条件に、VIPプレビューの2日間では出展コストに見合うだけの作品数が売れなかったと話すギャラリストもいた。

異業種コラボで工夫を凝らしたサテライトフェア

しかし上海では、アートとライフスタイルブランド、不動産デベロッパーなどの異業種間コラボが根付いているため、ギャラリーがフェアより少ない予算でアートウィークに参加できる代替手段がいくつも存在する。たとえば、旧フランス租界にあるレストラン「1929バイ・ギヨーム・ガリオ」で開催された「Hang Over Shanghai(ハング・オーバー上海)」や、蘇州河沿いで開かれた「Collector's Residence(コレクターズ・レジデンス)」などの一風変わったサテライトフェアだ。

リンシード・ギャラリーのズァン・リンシーと、上海のファッションブティック、LMDSの共同創業者オウ・リンテンが企画した「Hang Over Shanghai」は、1929年に建てられたアールデコ様式の建物にあるレストランで1週間のポップアップ・イベントとして開催された。

このイベントには、ウィーンのライヤ・ギャラリーやワルシャワのトゥルナス・ギャラリーなど、5カ国から9軒のギャラリーが参加。作品がルイ・ヴィトンのトランクに収められていたり、天井の梁の上に置かれていたり、内装の一部のように飾られていたりと、まるで宝探しをしているような感覚が味わえた。

ズァンによると、リラックスしてアートを楽しめる環境をディーラーやコレクターに提供しながら、小規模ギャラリーが参加しやすいようにコストを抑えたいという思いから生まれた企画だという。同時期に京都で行われたArt Collaboration Kyotoに参加していたMISAKO & ROSEN小山登美夫ギャラリーは作品をズァン宛に発送し、彼女が代理で販売を担当している。

一方の「Collector’s Residence」は、ラリーズリスト(香港に拠点を置くアート情報プラットフォーム)の中国におけるパートナー、ワン・タイラが創設した13日間のイベントだ。会場は蘇州河沿いにある改装されたばかりの工場の1フロアで、周辺にはフォトグラフィスカ上海や蘇河皓司(スへ・ハウシー)など上海の最新アートスポットが点在する。11のギャラリーと文化施設が集結したこのフェアでは、絵画やインスタレーションのほか、オートクチュールや古代の遺物、デザイン家具などが出品された。

「Hang Over Shanghai 2025」の会場となった旧フランス租界のレストラン。Photo: Ling Weizheng
「Hang Over Shanghai 2025」の会場となった旧フランス租界のレストラン。Photo: Ling Weizheng

このほか、ライフスタイルを軸としたコレクター主導の展覧会も存在感を放っていた。中でも、ヘンシャン・ハウスで開催されたグループ展「Transmatter(トランスマター)」や、インテリア・ブランドWHYGARDENのショールームで開かれたワンビン・フアンの個展は、上海でアートとラグジュアリー業界が形成するエコシステムの成熟ぶりを示すものだ。

「アート界の人々は新しいものを好みます」と語るロンドン在住のインフルエンサーでアートディーラーのワン・ルーニンは、上海に所有しているプライベートスペースで2人の近代アートの巨匠、朱德群とジョルジュ・マチューの個展を同時開催した。

「人々の注目を集めるには新しさが必要」と言うワンが、昨年展示したのは現代アーティストだった。今年、近代の巨匠を選んだ理由について彼女は、上海で数多く開かれている現代アートの展覧会とは一線を画したかったと述べている。

会場は20世紀初頭に活躍した著名実業家の榮德生が所有していた建物で、同じ時期に作られた展示作品とよくマッチしていた(榮德生の兄弟の邸宅は現在プラダが運営するイベントスペースPrada Rong Zhaiとなっている)。しかも近代アート作品への投資は、現代アートより高いリターンを得られる傾向がある。ワンはこう言った。

「コレクターは依然として質の高い作品を求めています」

(翻訳:野澤朋代)

from ARTnews

あわせて読みたい