ART TAIPEI 2025レポート──多様性と開かれたアートで体現する、台湾の現在地
第32回ART TAIPEIが10月23日に台北世界貿易センターで開幕した。国内外から120ギャラリーが集結した今年は、単なるアートフェアの枠組みを超えた「多様で開かれたアートのためのプラットフォーム」であることが強調され、多彩な作品が会場を彩った。特に印象に残った5つのブースとあわせて紹介する。

今年で第32回を迎えるART TAIPEIが、台北世界貿易センターを舞台に10月23日のVIPデーから開幕した。ART TAIPEIは、「Intersect: Diversity Equals Togetherness」をテーマに、会期を前後して台北市内で開催されているTAIPEI ART WEEKとともに、台北の「多様で開かれた」アート・エコシステムを体現するプラットフォームとしての役割も担う。今回のフェアには6つの国と地域から、国内68軒、国外52軒、合計120のギャラリーが参加している。
午前11時から午後2時まではSVIPのための時間として設定されていたため、ドアオープン直後の広大な会場では、限られたゲストたちが先住民族の特別展から台湾の若手育成プログラムに選ばれた気鋭アーティストによる展示を含めた多彩なプログラムをゆったりと楽しんでいた。その後は、一部のブースに旺盛な若いコレクターが押し寄せ、夕方にもなると売約済を示す赤いドットがそこここでみられたものの、スピード感と熱気に溢れた世界の主要フェアに比べると、終始、穏やかな雰囲気が会場には満ちていた。
それは、ART TAIPEIが民間企業ではなく台湾画廊協会が主宰するイベントであることも影響しているかもしれない。つまり、このフェアはビジネスの場ではあるものの、全体として、文化事業としての性格が強い印象を受けた。午後2時からのプレスカンファレンスでは、協会理事のクラウディア・チェンに加え、文化部や教育部幹部、立法委員らが開幕を祝い、ART TAIPEIが「台湾における国際文化交流の重要なプラットフォーム」であり、「国力としての文化の発信の場」であることを強調していた。
チェンはプレスカンファレンスで、台北は「文化を通じて平等と開放性を重視する先進的なアジアの都市」であると語り、「年間平均7万人を超える来場者を迎えるART TAIPEIの多様なキュラトリアル・プログラムと温かな文化的雰囲気を通じて、アートが本当の意味で日常生活に溶け込むことを願っている」と述べた。さらにチェンはARTnews JAPANの取材に対し、ART TAIPEIは台湾政府からの助成を受けているものの、あくまでギャラリーが主体となって企画・運営されるパブリックイベントであり、多くの政府関係者をプレスカンファレンスに招いたのは「政府にアート業界のエコシステムを理解してもらうため」であると説明した。チェンはこう続ける。
「ART TAIPEIは、政府による若手作家育成プログラム『Made in Taiwan(MIT)』の発表の場でもあり、教育的な側面も強い。一方、わたしたち台湾画廊協会が果たすべきは、ローカルギャラリーと世界をつなぐプラットフォームを作ることであり、独自性の高い優良かつ多様なコンテンツを集めることです。そして何より、次世代のコレクターを育てることでギャラリーを支えること。コレクターなしにギャラリーは生き残れませんし、アート業界の持続可能性は向上しませんから」
今年は、KIAF(ソウル)やアート・ジャカルタ(インドネシア)とのコラボによるVIPツアーも企画されたが、「次世代のコレクター育成」の機会として、チェンは台北以外で開催される小規模なアートフェアの重要性を訴える。
「台湾では一年を通じて台北だけでなく台南、台中でも(規模はART TAIPEIに劣るものの)様々なフェアが開催されており、トークプログラムなども開催されています。地方在住の潜在的コレクターにアートへの学びを深め、購入の機会を開くことで、結果的に、若いアーティストたちの支援にも繋がっているのです」
台湾には強固な顧客基盤があると語ったのは、ART TAIPEIの常連である小山登美夫だ。小山は過去に台北當代(今年5月に開催された第6回を最後に休止が決定)への出展経験があるものの近年はART TAIPEIに注力しているといい、初日の夕方までに長井朋子や工藤麻紀子の大型絵画などが個人コレクターに売れたと明かす。出品作品の選定に「特に戦略はない」というが、今回は、すでにファンベースを築いている前述のアーティストに加え、Xu Ningや風能奈々など新しい作家の紹介にも挑戦した。
一方、1975年に台北で創業し、近年は上海や香港にも拠点を構えてきたLongmen Art ProjectsのJeffrey Leeは、「台湾では二代目コレクターの台頭が目覚ましい」と評価。アート市場の世界的な低迷を受け、現在、かれらの多くが「気鋭作家よりも国際市場で評価が確立しているモダンアーティスト」に高い関心を寄せていることから、今回のフェアでは、主にWalasse Ting(1928–2010)やHsiao Chin(1935-2023)など、欧米で活躍した中国人アーティストの作品を中心に構成したという。
ほかにも今年のART TAIPEIでは、ビデオアーティストに光を当てる「FOCUS | Film Sector」や台湾女性芸術協会による特別展、台湾の先住民アーティスト5名の作品を紹介するプログラムなど、全体テーマに齟齬なく作家・作品の両面から「多様性」が明確に打ち出されていた。クィアの作家が多くフィーチャーされていたことも特筆に値する(台湾は周知の通り、アジア全域で初めて同性婚が合法化された地域だ)。
こうした取り組みが「ART TAIPEI」、引いては台湾市場の発展に今後どのような果実をもたらすのか。チェンは、台湾市場は価格帯的に中間で発展途上だが、安定した経済と自由市場を背景に、「10年後には台湾がアジアを代表するアート市場になることを目指しています」と意欲を見せる。
ここからは、現地取材で印象に残った5つのブースを紹介する。(※ 作家名|ギャラリー名)
Walasse Ting & Hsiao Chin|Longmen Art Projects
Walasse Ting(ウォレス・ティン)は1928年上海生まれ。パリで学んだのち、ニューヨークで抽象表現主義・ポップアートの影響を受け、自身のスタイルを確立。大胆で鮮やかな色面と、女性や動植物をモチーフにした自由奔放な表現で知られる。
Hsiao Chin(シャオ・チン)は1935年上海生まれ、1949年に台湾に渡り美術教育を受けた後、スペインを経てイタリアで研鑽を積む。台湾に帰還後の1956年に、戦後アジアの抽象芸術運動、トンファン(東方画会)を設立。台湾を代表する抽象画家として活躍した。
Yih-Han WU|AKI GALLERY
1982年ドイツ・シュトゥットガルト生まれ、現在は台北を拠点に活動するYih-Han WU(呉逸寒)は、一貫して女性・身体・ジェンダーをめぐる規範に問いを投げかける作品で知られる。今回のART TAIPEIでは、「Motherhood(母性)」をテーマに、美しく繊細な中にも不安や畏れ、美醜のせめぎ合いなどを感じさせる水彩画を出品。
Steph huang|Perrotin

Steph huang(ステフ・ファン)は1990年台湾生まれ。台湾で初期の美術教育を受けたのち、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで彫刻を学ぶ。ガラス吹きや鋳造などの工芸技術を駆使しながら、ファウンドオブジェクトや音響なども取り入れた彫刻やインスタレーション作品で国際的な評価を得る気鋭アーティスト。10月25日まで、東京のペロタンで日本初個展を開催。
Wu Mali|台湾女性芸術協会
台湾女性芸術協会の創設メンバーでもあるWu Mali(ウー・マーリー)は、1957年台湾生まれ。台湾の大学を経て、ドイツ・デュッセルドルフ美術アカデミーで彫刻を学ぶ。その後、台湾に戻り、歴史や記憶、アイデンティティ、コミュニティをテーマに作品を制作。ART TAIPEIで発表した作品は、ヒトラーやマルコムX、サルトル、カフカ、ガンディ、フーコー、フリーダ・カーロ、アウンサンスーチーなど、歴史に名を刻む人物たちの無垢な幼児期の写真を用いたシリーズを通じて、作品と鑑賞者の対話を促しながらヒューマニティとは何かを問いかける。
Sin Wai Kin|FOCUS | Film Sector
Sin Wai Kin(シン・ワイ・キン)は1991年カナダ生まれ。ロンドンのキャンバーウェル・カレッジ・オブ・アーツを経てロイヤル・カレッジ・オブ・アートで修士号を取得。ドラァグパフォーマンス、映像作品、執筆、版画などを通じて、ジェンダーやセクシュアリティ、人種をめぐる規範を痛烈に風刺する作品で高く評価される。ART TAIPEIで発表した新作《Breaking Story》では、宇宙のニュースステーションに見立てた空間の中で強烈なキャラクターを演じ、社会に深く根を下ろす男女二元論の解体を試みた。
Photos: ARTnews JAPAN

















