《トランプ詐欺師》を通じて紐解く、カラヴァッジョ時代の服飾の社会的意味

カラヴァッジョや同時代の画家たちが描いた風俗画において、登場人物が身に着けている衣服には、複雑な社会的意味が込められている。ここでは、カラヴァッジョの《トランプ詐欺師》を中心に、服装が表す人物像を読み解き、当時の芸術が市井の人々の物語をどう捉えたかを考察する。

カラヴァッジョ《トランプ詐欺師》(1595) Photo: Kimbell Art Museum
カラヴァッジョ《トランプ詐欺師》(1595) Photo: Kimbell Art Museum

※ 本記事は、エリザベス・カリー著『Street Style: Art and Dress in the Time of Caravaggio(ストリート・スタイル:カラヴァッジョの時代の芸術と服飾)』(リアクション・ブックス刊)より許可を得て転載。同書は12月に刊行予定(Reaktion Books © 2025. All rights reserved)。

カラヴァッジョの作品の中で、《トランプ詐欺師》ほど衣服の素材やスタイルが緻密に描写されているものはない。しかもそれが、絵の中で繰り広げられる物語に欠かせない要素になっている。登場人物たちの衣服の違いは、彼らの関係性や、それぞれの人物像を類推するためのヒントなのだ。

《トランプ詐欺師》に登場する3人の服装

3人の中で最も上質で高級な素材を使った服を身につけているのは左側の純朴そうな若者で、彼だけが袖付きのダブレット(胴着)を着用している。暗い赤紫のサテン生地をたっぷりと使い、黒いベルベットのパイピングで装飾された配色は、上流階級の男性らしい落ち着いた色合いだ。また、巧みな刺繍が施されたリネンのシャツの襟や、しっかり糊付けされたフリルの袖口など、隅々まで洗練されている。とはいえ、ほかの2人の衣服にも注目すべき点は多い。

この絵は、ファッションが社会階層の複雑化を際立たせることを示している。売買やリサイクル、交換などさまざまな手段で衣服の流通が促され、人から人へと渡りやすくなったことで、かえって社会の周縁に置かれた人々の存在が目につきやすくなったのだ。

絵の中で最も派手な色使いの服を着ているのは、17世紀の美術史家、ジョヴァンニ・ピエトロ・ベッローリが「詐欺師の若者」と呼んだ後ろ向きの人物だ。ティツィアーノ・ヴェチェッリオの《刺客》(イタリア語でIl Bravo:イル・ブラボー)に描かれたヴェネチア男の服装との類似性から、彼はブラボー(刺客または用心棒として雇われていたならず者)だと解釈されることが多い。しかし、黄色を基調とした縞模様の胴着とズボンは、彼がお仕着せを着た使用人、それも下僕である可能性を示唆している。上唇の上に生えている髭の薄さから、彼はおそらく18歳前後で、上質な服をまとった対戦相手とさほど歳は離れていないだろう。

雇い主が移動する際に付き添い役を務める下僕は比較的若いことが多く、制服を着用していた。また、しばしば護衛役を兼ねていたことから、この絵の詐欺師のように武器を携行することが知られていた。一方、身分の低い使用人を信用していなかった裕福なローマ人の間では、使用人が制服を悪用したり、賭博で掛け金代わりにしたりするという噂が囁かれていた。そうした状況にあった当時、この絵を見た人々は、詐欺師の派手な服装にさまざまな思いを抱いたのではないだろうか。

宮廷における家政の手引書を残したチェーザレ・エヴィタスカンダロによれば、制服は雇用主の所有物ではあるものの、使用人にはそれを清潔に保ち、破れたり汚れたりしないよう管理する責任があった。しかし、傷んだ制服が払い下げになるのを見込んで、わざと汚して新しい制服をもらおうとする使用人もいたとエヴィタスカンダロは書いている。実際、フィレンツェの宮廷では、大公家の使用人になりすまそうと企む人物に制服を貸した使用人への罰則があった。また、ある物語では、賭博の借金の担保にした制服を失ってしまった登場人物が、職を追われる前にこう述懐する場面がある。

「賭け事にはまった使用人にパンを与える主人など、この世にいやしない。俺は一昼夜も賭け続け、有り金を全部失った後は衣類を賭け、それも全て失って、薄っぺらい胴着と白いリネンのズボン下のほかは裸同然となってしまった」

《トランプ詐欺師》の中で、最も身なりがルーズなのが真ん中の人物だ。カードについた印を感じ取るため、手袋の指先には穴が開いており、胴着のボタンは外れている。また、サイズが体に合っていないのか、袖ぐりには引っ張られたようなしわがある。この男はブラボーだ見なされることが多いが、ロマという説もある。ブラボーとロマはしばしば同じような外見的特徴で描かれていたが、どちらとも取れる曖昧な表現には、観る者に解釈を委ねる意図があったのかもしれない。

ならず者や異民族を示す記号としての衣服

演劇作品においても、ブラボーとロマは同一視されることがあった。フィレンツェの劇作家フランチェスコ・ダンブラの喜劇『盗み』(1544)に登場するスプレティーノという人物は、「ジンガーノ(ジプシー)と呼ばれるローマきってのトランプのいかさま師」だ。また、16世紀後半に出された布告文では、ロマはブラボーや放浪者と共にローマからの追放を宣告されている。さらに、周辺地域でロマの男性が盗賊団に加わっていたという記述が複数の裁判記録に残っている。

16世紀にフランソワ・デプレが著した衣類図鑑には、ブラボーの描写と似たロマの男性が描かれている。《トランプ詐欺師》では、中央にいる年長の男性だけがマントを羽織っているが、絵の舞台となっている室内でそれは不要なはずだ。そして、罪を犯すものが隠れ蓑に使えるマントは、この人物が醸し出す物騒な雰囲気を一層強めている。

ロンバルディア地方の画家、ジュリオ・カンピ作の《The Chess Game(チェスの対局)》(1530–32)は、《トランプ詐欺師》の先例とされることがあるが、この絵の後景で鑑賞者を見つめている男性もロマかもしれない。彼は、パルマ・イル・ヴェッキオの《寓意》(1510-15年頃)に登場するロマの兵士かブラボーらしき人物と同じ焦茶色の髪で、口髭を伸ばしている。ジャック・カロの版画シリーズ「ボヘミアン」に見られるように、濃い口髭はしばしばこうしたタイプの男性の特徴として描かれ、兵士や盗賊によくある特徴とされていた。実際、1600年にローマの警察は、「両耳まで届く前髪、あるいは盗賊のような鬚」など、長く伸びた男性の毛髪を切り落とすよう命じている。

また、年上のいかさま師の袖が黒い帯状の装飾が施された通常のデザインではなく、縞模様の布で仕立てられている点もこの解釈を裏付けている。使用人の多色使いの靴下や、兵隊の胴着やズボンに見られるように、縞模様は古くから下層階級と結びつけられてきた。イタリアの高級な服には滅多に使われなかった縞模様の生地は、外国人や異民族、有色人種、異教徒を示す記号としても用いられた。

カラヴァッジョの最初のパトロンであったデル・モンテ枢機卿が所蔵していた《トランプ詐欺師》と《女占い師》は、ほぼ同時期に描かれている。2つの絵は大きさも異なり、対として構想されたわけではないが、主題と構図において互いに補完し合うものだ。数十年にわたって枢機卿の宮殿に並んで飾られていた両作品に描かれたロマ風の人物は、そこを訪れる客人たちに会話のきっかけを提供したかもしれない。ロマは物語性があり、興味をそそる存在として当時の美術や文学作品に頻繁に登場していたからだ。

《トランプ詐欺師》の登場人物たちがそれぞれ被っている帽子と飾りの羽根も、丁寧に描き分けられている。2人の若者の帽子にはダチョウの羽根が挿してあるが、ダチョウの羽根は北アフリカからヨーロッパに輸入されたものが大半で、軽くてふわっとしたものほど高級品とされていた。騙されている方の若者は落ち着いた服装に合わせ、染めていない黒と白の羽根飾りを付けている。一方、背を向けたいかさま師の帽子には薄いピンク色と白の羽根が挿してある。こちらの方がふんわりとしていて動きがあり、より魅力的であるものの、この手のものは眉をひそめられることも多かった。

これみよがしの派手さで兵士やブラボーを連想させる羽根飾りは、当時の文筆家からしばしば揶揄の対象とされ、1532年にローマで発布された奢侈禁止法では、男性が羽根飾りを付けるのを戒めている。また、チェーザレ・リーパの図像学事典『Iconologia; or, Moral Emblems(イコノロジア、または道徳的象徴)』では、人間の五感が、帽子に羽根を挿して多色使いの服を着た軽薄な若者に例えられている。「ちょっとしたそよ風でも羽根が揺れるように、感覚はすぐに変化する」というのがその理由だ。つまり羽根飾りは、行動より外見を重視するブラボーの浅はかさの象徴だと考えてられいた。

ルネサンス時代の著述家トマゾ・ガルツォーはある文章で、「朝になると彼らはベッドから起き出して、ズボンをはく……そして黒であれ白であれ、羽根飾りをなびかせながら、この世で最も勇敢な剣士だと見られるようにそこらをのし歩く」と書いている。羽根は繊細で痛みやすく、特に染色されたものは慎重な取り扱いと手入れを要するものだ。《トランプ詐欺師》の若者2人の羽根飾りも専門の職人から購入された可能性が高く、特にいかさま師のピンクと白の羽根飾りは、この絵の構図の余白に描かれているのでよく目立つ。こうした羽根飾りから透けて見えるのは、自分を大きく見せようとする虚勢だ。

2人の帽子を飾る高級でファッショナブルな丸みを帯びた羽根とは対照的に、年長のいかさま師の羽根は細く尖っている。おそらく生垣の側や裏道で拾ったカラスか雄鶏の黒い尾羽で、職人が加工していない価値のないものだろう。これと似たような描写は、ジャック・カロのグロテスクな人物像や、彼の「ボヘミアン」シリーズにも見られる。

こうした人物たちが、果たしてこの絵に描かれたような衣服を自分で買うことができたのかは疑問だとされてきた。この絵ではいかさま師たちの服が盗品である可能性が仄めかされており、それによって彼らが下層階級に属することが強調されている。当時、衣服の盗難はめずらしいことではなく、1596年には古物商が不審な売り手から品物を購入するのを禁じる御触れが出ており、娼婦が服を盗まれる事例も数多く記録されている。

人物像を示唆するカラヴァッジョの緻密な衣服描写

1644年に歴史家のジャチント・ジッリは、ローマで兵士たちが騒ぎを起こして窃盗を働いているため、「夜間の外出は危険だった。彼らはフェッライオーリ(品物や武器を隠せるマント)をまとって盗みを働いており、下着まで剥がされそうになった被害者もいた」と書いている。罪を犯した兵士たちは絞首刑に処されたが、「4カ月も給料が支払われず餓死寸前に追い込まれたせい」で盗みを働かざるを得なかったと、兵士を擁護する市民がいたことにもジッリは触れている。

その一方、裕福でなくても中古品なら比較的安い価格で入手できたので、自由に使える金を全て衣服に注ぎ込む人々もいた。日々の生活費にも苦労し、理髪師に7スクーディの借金をして逮捕されたこともあるバルトロメオ・マンフレディ(カラヴァッジョ派の画家)でさえ、必要とあらば見栄を張ることができたようで、彼は「非常に立派な服」を着ていたと書き残した伝記作家もいる。

カラヴァッジョ自身は、安い服を何着も買うより、1着の上等な服を絹で仕立てることを良しとしたという。当時、転売や交換、質入れで、ほかの品物や金銭、サービスと交換できる衣服は投資対象として理にかなったものだったからだ。彫刻家のダヴィッド・ド・ラ・リシュが殺害された際、同居人のヴァランタン・ド・ブローニュは友人の遺品を売却して葬儀費用を賄っているが、その中には彼が殺された時に着ていた服も含まれていた。また、1623年にニコラ・レニエ(カラヴァッジョ派の画家)は、4人の伝道者の絵を制作した対価として31スクーディ相当の絹の反物20メートルを受け取っている。

裕福な家に仕える使用人の制服も古着として入手可能で、それによって特定の家と関係があることを示す制服本来の意図が損ねられていた。たとえば、1604年にトスカーナのピティリアーノでアレッサンドロ・オルシーニという人物が莫大な負債を残して死去したとき、ローマで葬儀が執り行われた後、彼の親族は借金を返済するために遺品の多くを競売にかけた。そのうち、使用人たちが使っていた黒とターコイズの家紋入りの制服には、ほかの衣類よりはるかに高い値が付いている。売却品にはターコイズと黒のレースで装飾された黒い外套13着(同色のズボンとローブ付き)のほか、売りに出されなかった制服をほどいたベルベット生地56点や、リボンでできた靴飾り、レース、帽子の紐などの小物類が含まれていた。

当時の使用人の中には退職後も制服を返却しない者がおり、1557年にフィレンツェで指名手配されたフランドル人の男は、紫色のベルベットのベルトなどの服装から身元が特定された。その男が、ロンバルディアとピエモンテに駐留していたシシリア人のスペイン軍司令官、ペスカーラ侯爵に仕えていた頃の制服の一部だったからだ。

《トランプ詐欺師》の登場人物の衣服は、その材質や値打ちが分かるよう緻密に描写されている。カラヴァッジョは写実性を極めつつ、鑑賞者がいかさま師たちの衣服について、どのように入手されたのか、彼らはその正当な持ち主なのかと疑問を持つように描いたのだろう。一方、こうした風俗画に登場するならず者たちの服装は華やかで魅力的なものなので、彼らよりはるかに社会的地位が高い男性たちがそのスタイルを模倣したのも不思議ではない。だが、そうしたスタイルはしばしば批判を呼び、ならず者が芸術作品で「一時の流行りや虚栄心の愚かさ」を体現する存在として描かれることも多かった。

この時代に人気を集めた表現の1つに、古代ローマ時代の遺跡を背景に小さな人物たちを配置するという描き方があるが、遺跡のある景観の対極にあるのは酒宴の賑わいだろう。こうした絵では、古代都市の壮麗な景観よりも日常的なローマの喧騒が前面に押し出され、古代の石板の周りに群がる人々が、その上にカードやサイコロ、酒杯を並べて楽しんでいる場面も多い。そして、遠い過去を偲ばせる遺跡と現在の束の間の賑わいのドラマティックな対比は、遊びに興じる人々が身につけている鮮やかな絹の服やレース、ひらひらと揺れる羽根によっていっそう印象的なものになっている。(翻訳:野澤朋代)

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