「裸体の皇帝」像など数十点が祖国へ──米地区検事局による執念の捜査で略奪文化財が大規模返還
マンハッタン地区検事局が3年にわたる捜査で押収した、個人蔵の「裸体の皇帝」像やメトロポリタン美術館所蔵のデモステネス頭部を含む、トルコの遺跡から略奪されたことが判明した数十点の古代美術品が、12月8日、マンハッタンで行われた式典でトルコ政府に返還された。

ニューヨーク州・マンハッタン地区検事局が3年かけて捜査・押収した、トルコの遺跡から略奪された数十点の古美術品が、12月8日にマンハッタンで行われた式典でトルコ政府に返却された。
中でも大きなものは、サンタモニカ在住の慈善家で、かつて医療技術分野で活躍したベンチャーキャピタリスト、アーロン・メンデルソーン(74歳)が所有していた、約2000年前のローマ皇帝像の頭部を欠いた大型青銅像だ。「裸体の皇帝(The Emperor as a Nude)」として知られるこの像を、メンデルソーンは2007年、現在は閉店したニューヨークのロイヤル・アテナ・ギャラリーから133万ドル(約2億円相当)で購入した。しかし、それは盗掘の産物だった。
物語は1960年にさかのぼる。トルコ南部、現在はブボンと呼ばれる古代都市リュキアの村人たちが、ローマ皇帝を称える彫像群で満たされた聖域を偶然発見。その後、トルコ法で国家の許可が必要だったにもかかわらず、村人たちは利益を求め、皇帝像を含む13点の彫像を運び出してアメリカ人収集家に売却した。

「裸体の皇帝(The Emperor as a Nude)」像。Photo: via Aaron Mendelsohn
2023年、マンハッタン地区検事アルビン・ブラッグは、ブボンから流出した彫像群の本格的な捜査を始動。密輸ネットワークはアメリカ全土に及んでおり、同年3月にはフォーダム大学のギリシャ・ローマ・エトルリア美術館とウースター美術館で疑わしい出自を持つ作品を押収した。続く9月には、クリーブランド美術館から、正体不明の「哲学者像」を押収した。
そして同年12月28日、マンハッタン地区検事局はメンデルソーンに対し、所有する「裸体の皇帝」がブボンからの略奪品であるとの疑いを通知。翌年1月には召喚状を送付した。メンデルソーンは弁護士を通じ、来歴が違法であると証明されれば返還すると表明する一方、2024年9月には逆に地区検事局を訴え、同局が伝統的な民事手続きを経ずに刑事手続きを用いたことで「適正手続きの権利を侵害した」と主張した。
メンデルソーン側はまた、検事局が略奪の証拠を欠いているうえ、作品が長年保管されていたカリフォルニア州で捜査を行う権限もないと主張した。クリーブランド美術館も2023年10月に同様の主張を展開している。
しかし地区検事局は、密輸組織の起点がニューヨークにあったことを理由に、押収は正当であると反論。クリーブランド美術館は、彫像が実際に略奪品であることを示す新たな証拠が示された2024年2月に訴訟を取り下げた。3月には、カリフォルニア地区判事がメンデルソーンの訴えを棄却。メンデルソーンはその後も訴状を修正して争いを続けたが、9月、地区検事局は彼が購入過程で不正を働いた可能性を示す証拠を新たに発見したとして逮捕状を発行した。最終的にメンデルソーンは作品の所有権を放棄し、ニューヨークへの輸送費用も負担。その見返りとして、全ての刑事責任を免除されることになった。
12月8日にマンハッタンで行われた返還式典では、「裸体の皇帝」を含む数十点の文化財に加え、2025年9月にメトロポリタン美術館から押収されたデモステネスの頭部大理石像もトルコ政府に引き渡された。同館によれば、この像の来歴は1973年以前を遡れず、2012年にコレクターから寄贈されるまでに複数の所有者を経ていたという。評価額は80万ドル(約1億2000万円)に達する。
地区検事局は今回の捜査で、ニューヨークの2つのギャラリーが、略奪の経緯を隠すため来歴文書を偽造していたと指摘。そのうちの1つ、フォルトゥナ・ファイン・アーツは連邦詐欺罪で起訴されている。US版ARTnewsが同ギャラリーにコメントを求めたが、回答は得られていない。
メトロポリタン美術館は、世界的な来歴見直しの流れの中で調査チームを拡充しており、今回の返還もその取り組みが大きく寄与したという。声明では「(調査チームによって)新たな情報が明らかになり、作品がトルコに所属すべきものであることが確認されました」と述べている。(翻訳:編集部)
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