チリの建築家スミルハン・ラディックがプリツカー賞を受賞──根拠なき確実性より「脆さ」を追求
- TEXT BY ARTNEWS JAPAN
チリの建築家スミルハン・ラディック・クラークが2026年のプリツカー賞を受賞した。サーペンタイン・パビリオンなどで知られ、素材の実験と「脆さ」を受け入れる建築が評価された。

チリの建築家スミルハン・ラディック・クラーク(Smiljan Radić Clarke)が、2026年のプリツカー賞を受賞した。ラディックは、2014年のサーペンタイン・パビリオンをはじめ、住宅、ワイナリー、バス停など、幅広いスケールと用途の建築を手がけてきた。プリツカー賞を運営するハイット財団は、ラディック・クラークを次のように評している。
「不確実性と素材の実験、そして文化の記憶が交わる作品群を通じて、スミルハン・ラディック・クラークは根拠のない確実性よりも脆さを追い求めている。彼の建築は一時的かつ不安定で、意図的に未完成であるかのように見え、今にも消えてしまいそうに思える。それでもラディック・クラークが設計した建築には、秩序と屈託のなさがあり、静かな喜びに満ちた庇護の場がある。それはまるで、生きた経験に内在する条件として脆さを受け入れているようだ」
帰属と自由への意識
1965年にチリの首都サンティアゴで生まれたラディック・クラークは、父方にクロアチア、母方にイギリスのルーツを持つ移民家系に育った。そうした背景のなかで、彼は幼いころから「帰属」とは何かを意識し、人生は受け継ぐものというより「自ら組み立てていくもの」だという感覚を育んだという。のちに彼は、「自分のルーツは自ら作らなければならない。それによって自由を獲得できる」と語っている。
建築に関心を抱いたきっかけは14歳のとき、美術の授業で建物を設計する課題に取り組んだことだった。ポンティフィカ・カトリカ・デ・チレ大学で建築を学び、その後はヴェネチア建築大学(IUAV)で建築史を学ぶとともに、各地を旅しながら思考を深めていった。哲学や美術、神話、文学といった領域の参照は、彼の建築におけるイメージと形態の双方に色濃く刻まれている。












シンプリシティを支える精緻なエンジニアリング
ラディック・クラークの建築は、一見すると簡素かつ素朴に見えるが、その背後には、精緻なエンジニアリングと施工が隠されている。コンクリート、石、木材、ガラスといった素材は、重さ、光、音、囲いを形づくるために、意図的な関係のもとで組み合わされている。
例えば、2014年のサーペンタイン・パビリオンでは、半透明のファイバーグラスで作られた円筒体が巨大な石の上に載せられ、光は直接見せるのではなく、やわらかく濾過される。貝殻を思わせるこの構造物はあえて完結させず、公園との連続性を保ちながら、訪れる人に庇護の感覚をもたらす。チリ・ビオビオ州コンセプシオンに建設されたビオビオ州立劇場でも、半透明の外壁が光を抑制しながら取り込み、音響性能を支えている。ラディック・クラークの建築では、構法そのものが空間体験を語り、テクスチャーや質量は形態と同じだけの意味を担っている。
原点に立ち、未踏の地を目指す
審査委員長を務めた2016年受賞者のアレハンドロ・アラヴェナはラディック・クラークの建築を次のように評する。
「彼はあらゆる作品において、まったく独自のやり方で応え、これまで見過ごされてきた事柄を形に置き換えて提示する。建築の最も基本的な原点に立ち返りながら、いまだ誰も踏み込んでいない領域を探っているのだ。世界の果て、容赦のない状況の中で、ごく少数の協働者とともに実践を積み重ねながら、彼は私たちを建築と人間の本質へと導いてくれる」
ラディック・クラークの活動はチリにとどまらず、ヨーロッパ各地に広がっている。東京のギャラリー・間では2010年と2016年に個展が開催され、日本でも彼の活動が紹介されてきた。現在もアルバニア、スペイン、スイス、イギリスで建築プロジェクトが進行している。


ザハ・ハディドが設計した2000年のサーペンタイン・ギャラリー・パビリオン。鉄骨と布の屋根、角ばった構造が醸し出す無骨な佇まいとは裏腹に、600平方メートルの空間内に柱は一本もなく開放的だ。白から黒へとグラデーションするテーブルが並ぶ内部は、動きのある空間を生み出している。Photo:© 2000 Hélène Binet/Courtesy of Serpentine Galleries

白からグレー、そして黒へと色が変わるテーブルが設置された内部空間。Photo:© 2000 Hélène Binet/Courtesy of Serpentine Galleries

2001年のサーペンタイン・ギャラリー・パビリオンはダニエル・リベスキンドが設計。さまざまな角度が付いたこの構造物は、ケンジントン・ガーデンの芝生やロンドンの空模様を映し出し、多種多様な表情を見せた。Photo:© 2001 Hélène Binet/Courtesy of Serpentine Galleries

2002年には、伊東豊雄とセシル・バルモンドによって設計されたパビリオンが登場。複雑で謎めいた鉄骨構造を持つこの建築は、ランダムに配置された交差する線によって構成されているように見える。しかし、実際には数学的な規則に基づいており、立方体が回転・拡大する軌跡を数学的に計算して生成されたパターンだった。Photo:© 2002 Sylvain Deleu/Courtesy of Serpentine Galleries

オスカー・ニーマイヤーが手がけた2003年のパビリオン。赤いスロープと半地下のオーディトリウムが公園の風景に鮮烈な対比を生み出し、簡潔なスケッチに凝縮された造形美が巨匠の建築思想を体現した。Photo:© 2003 Sylvain Deleu/Courtesy of Serpentine Galleries

2004年のパビリオンは実現されないまま終わってしまった。MVRDVは、ギャラリーの延長線としてパビリオンの設計を試みたが、予算や工期の折り合いがつかなかったという。Photo:© MVRDV/Courtesy of Serpentine Galleries

ポルトガル建築界を代表するアルヴァロ・シザと、エドゥアルド・ソウト・デ・モウラが設計した2005年のパビリオン。シンプルな長方形がグリッド状に連なるデザインを歪めることで、ダイナミックな曲線状のフォルムに仕上がった。。Photo:© Sylvain Deleu/Courtesy of Serpentine Galleries

2006年は建築事務所OMAを主催するレム・コールハースが設計。気球のような見た目をしているこのパビリオンでは、映画上映やテレビの公開収録など、さまざまなイベントが開催された。 Photo: © 2006 John Offenbach/Courtesy of Serpentine Galleries

オラファー・エリアソンによる2007年のパビリオン。コマのようにも見える木材で覆われたこの構造物は、毎週金曜日の夜に「実験室」として機能し、アーティストや建築家、学者が公開実験を披露した。Photograph © Iwan Baan./Courtesy of Serpentine Galleries

2008年は巨匠フランク・ゲーリーがパビリオンの設計を手がけた。4本の巨大な金属の柱で支えられたこのパビリオンは、劇場としても使われ、昼は憩いの場に、夜はパフォーマンスが披露される場へと姿を変えた。 © 2008 Frank Gehry, Photograph © 2008 John Offenbach/Courtesy of Serpentine Galleries

瀬島和世と西沢立衛による建築家ユニットSANAAが手がけた2009年のパビリオンは、まるで空中に浮かぶ水面のよう。2人は自身が設計した構造物についてこう語る。「パビリオンは浮遊するアルミニウムであり、煙のように木々の間を自由に漂う。壁のない活動の場として機能し、あらゆる方向から空間内に入り込むことができる」Photo: /Courtesy of Serpentine Galleries

ジャン・ヌーベルが設計した2010年のパビリオンは、軽量な素材と劇的な金属のカンチレバー構造を対比させ、公園の緑と対照をなす鮮やかな赤で彩られた。彼がイギリスで初めて手がけたこの建築物は、ケンジントン・ガーデンズで一般公開され、カフェとしても機能した。 © Ateliers Jean Nouvel Photo: © 2010 John Offenbach/Courtesy of Serpentine Galleries

ピーター・ズントーが2011年に手がけたパビリオンのコンセプトは「ホルトゥス・コンクルーズス(囲われた庭園)」だった。来場者は芝生の上を歩いて建物に入り、中央の庭園へと導かれる。ロンドンの喧騒から切り離された瞑想的な空間の中央には、オランダ人デザイナー、ピート・アウドルフが特別に設計した庭園が広がっていた。© Peter Zumthor, Photo: © 2011 John Offenbach/Courtesy of Serpentine Galleries

ヘルツォーク&ド・ムーロンとアイ・ウェイウェイによる2012年のパビリオンは、来場者をサーペンタインの芝生の下へと誘い、パビリオンの隠された歴史を探求させた。歴代のパビリオンを表す11本の柱と、この構造物を表す12本目の柱が、地上1.5メートルに浮かぶ屋根を支え、内部はコルクで覆われていた。 © Herzog & de Meuron and Ai Weiwei, Photo: © 2012 Iwan Baan.Baan/Courtesy of Serpentine Galleries

藤本壮介が手がけた2013年のパビリオンは、20ミリの白い鋼鉄製ポールを複雑な格子状に組み上げ、地面から立ち上がる煌めくマトリックスのような構造がケンジントン・ガーデンズに広がっていた。軽量で半透明な外観は雲のように風景に溶け込み、「透明な地形」と建築家が呼ぶ、自由に流れる社交空間を生み出した。来場者はさまざまな方法でパビリオンに入り、関わることを促された。© 藤本壮介建築設計事務所、Photo: © 2013 Iwan Baan/Courtesy of Serpentine Galleries

チリの建築家、スミルハン・ラディックによる2014年のパビリオンは、ファイバーグラス製の円筒体が巨大の上に設置されたもの。オスカー・ワイルドの短編『わがままな大男』から着想を得たという。Photo: © Iwan Baan./Courtesy of Serpentine Galleries

スペインの建築家ユニット、セルガスカーノが設計した2015年のパビリオンは、半透明でマルチカラーのフッ素系ポリマー(ETFE)パネルで構成された、非定型の二重膜構造。来場者は外層と内層の間の「秘密の廊下」を通って、ステンドグラスのような効果を持つ鮮やかな内部空間へと導かれた。Photo: © Iwan Baan./Courtesy of Serpentine Galleries

ビャルケ・インゲルス率いる建築集団BIGによる2016年のパビリオンは、直線から三次元空間へと変化する「ジッパーを開けた壁」。昼間はカフェや家族向けのアクティビティの場となり、夜にはパーク・ナイツのパフォーマンスの舞台となった。BIG Bjarke Ingels Group が設計。Photo: © Iwan Baan./Courtesy of Serpentine Galleries

ブルキナファソ出身の建築家、フランシス・ケレが設計した2017年のパビリオンは、故郷ガンドの集会の場となる木からインスピレーションを得たもの。昼間は木漏れ日のような影を落とし、夜には小さな穿孔が内側の動きに合わせてきらめいた。雨が降ると、屋根中央のオキュラスが集めた雨水が滝のように流れ落ちる仕掛けが施されていた。Photo: © Kéré Architecture, Photograph © 2017 Iwan Baan./Courtesy of Serpentine Galleries

メキシコ出身の建築家フリーダ・エスコベドによる2018年のパヴィリオンは、メキシコの中庭建築とイギリス文化に着想を得たもの。光と水、反射素材が時間の移ろいを静かに浮かび上がらせる。Photo: © Frida Escobedo, Taller de Arquitectura Photography © 2018 Iwan Baan./Courtesy of Serpentine Galleries

日本の建築家・石上純也が手がけた2019年のパビリオンは、屋根という普遍的な建築要素に着想を得たもの。大きな屋根が地面から立ち上がり、内部には洞窟のような静かな空間が広がる。自然と建築の境界を曖昧にする試みが感じられる。© Junya Ishigami + Associates, Photo: © 2019 Norbert Tukaj./Courtesy of Serpentine Galleries

ヨハネスブルグを拠点とするカウンタースペース主宰、スマヤ・ヴァリーによる2021年のパビリオン。ロンドン各地のディアスポラ・コミュニティの集会所に着想を得て、記憶と現在を重ね合わせ、新たな集いの場をかたちづくった。Photo: © Iwan Baan./Courtesy of Serpentine Galleries

シカゴを拠点とするアーティスト、シアスター・ゲイツが手がけた2022年のパビリオン「ブラック・チャペル」。多様な宗教建築やアフリカン・ディアスポラの儀礼空間に着想を得て、光が差し込む円形の構造が静かな祈りと集いの場を生み出した。Photo: © Theaster Gates Studio. Photo: Iwan Baan. Courtesy: Serpentine./Courtesy of Serpentine Galleries

建築家リナ・ゴットメが設計した2023年のパビリオン「À table」。地中海文化と食卓での対話に着想を得て、円形のテーブルを巡る空間が人々の集いと対話を促す。自然素材を用い、環境との共生を静かに示した。Photo: © Lina Ghotmeh — Architecture. Photo: Iwan Baan, Courtesy: Serpentine./Courtesy of Serpentine Galleries

チョ・ミンスクによる2024年のパビリオン「Archipelagic Void」。中央の空白を囲む5つの小さな建築が点在し、韓国住宅の中庭〈マダン〉を参照しながら、集いと多様な活動を受け止める場を生み出した。Photo: © Mass Studies. Photo: Iwan Baan. Courtesy: Serpentine./Courtesy of Serpentine Galleries

マリーナ・タバスムによる2025年のパビリオン「A Capsule in Time」。半透明の構造体が光をやわらかく拡散し、可動する要素が空間を変化させる。南アジアの仮設建築に着想を得て、集いと対話を包み込む場を生み出した。。外観。Photo: © Marina Tabassum Architects (MTA)./Iwan Baan./Courtesy of Serpentine Galleries