詩人・菅原敏が詩で拡張する名画の世界──木島櫻谷《寒月》【Poetry & Painting Vol. 3】
詩人・菅原敏が毎回異なる絵画を一点選び、その作品のために一編の詩を詠む「Poetry & Painting」。第3回は、京都画壇を代表する日本画家・木島櫻谷による《寒月》(京都市美術館所蔵)。菅原自身による朗読と合わせてお届けする。

雪に倒れ
開き続ける両目で
月の光を受け止めたことがあった
毛皮を脱いで
そのあと土になり
いくつもの葉になって
また土に落ちた
「雪の結晶、巻貝、シダ植物、血管、リアス式海岸、ロマネスコ、これら全ての共通点は」
真冬の夜
いつもの道を歩きながら
あなたはそういった
「雪の結晶をよく見て。これら全ては自己相似性を持っている。フラクタル構造と呼ばれるもの。細部を拡大すると全体と同じような模様や形があらわれる。顕微鏡をどんなに覗き込んでも」
「私たちの生きる姿もまた、それぞれ個別のように見えて、実は同じ構造を辿っている。羽を持つものが遠い空から気付くように」
雪に倒れ
開き続ける両目で
月の光を受け止めたことがあった
降り積もる重さを感じながら
ずっとずっと昔 それとも遠い未来に聞く
あなたの言葉を 雪の下で思い出す
木島櫻谷(このしま・おうこく、1877~1938)は京都生まれの日本画家。16歳で京都画壇の重鎮・今尾景年(いまお・けいねん)に入門し、円山・四条派の伝統を受け継ぎながら独自の写生表現により画境を切り開いた。若くして文部省美術展覧会(文展)で第1回から6回まで連続して上位入賞を果たし「文展の寵児」とも呼ばれた。その後、帝国美術院展(帝展)でも審査員を務め、京都絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)では教授として後進の指導にもあたり、画壇の中心人物として活躍したが、その急速な成功は多くの反発も招き、画風や人気には常に賛否両論が付きまとった。
本作《寒月》は、静謐な夜気と冴えわたる月光の下に置かれたモチーフを緊張感ある構図と澄んだ色調で描き、写実と象徴性が融合した桜谷芸術の到達点とも言われている。大正期以降は次第に表舞台から距離を取り、詩書に親しむ晴耕雨読の日々を過ごす。晩年には精神の不調も伝えられ、外界との関わりを断つような生活を送った。1938年11月3日、京阪電車との接触事故により非業の死を遂げる。享年62歳。近代京都画壇を代表する画家のひとりであり、京都市北区の彼の過ごしたアトリエ兼住居は櫻谷文庫(木島櫻谷旧邸)として定期的に公開されている。
菅原敏(すがわら・びん)
詩人。2011年、アメリカの出版社PRE/POSTより詩集『裸でベランダ/ウサギと女たち』 をリリース。執筆活動を軸に、毎夜一編の詩を街に注ぐラジオ番組「at home QUIET POETRY」(J-WAVE)、Superflyや合唱曲への歌詞提供、ボッテガ・ヴェネタやゲランなど国内外ブランドとのコラボレーション、欧米やロシアでの朗読公演など幅広く詩を表現。現代美術家との協業も多数。近著に『かのひと 超訳世界恋愛詩集』(東京新聞)、『季節を脱いで ふたりは潜る』(雷鳥社)、最新詩集『珈琲夜船』(雷鳥社)。東京藝術大学 非常勤講師
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