ポロック画風は本当に「子どもでも描ける」のか? 最新研究が「再現可能性」を科学的に検証

「子どもでも描ける」は現代美術に対する最も陳腐な批判だ。しかし、カンバス一面に絵の具が飛び散ったような画風で美術史に名を残したジャクソン・ポロックの場合、この皮肉が当てはまるという研究結果が発表された。

ニューヨーク近代美術館に展示されたジャクソン・ポロックの《One: Number 31》(1950)。 Photo: Robert Nickelsberg/Getty Images

アメリカの抽象表現主義を代表する画家、ジャクソン・ポロックは、床に置いたカンバスに絵の具を垂らしたり投げたりする「ドリップ・ペインティング」を生み出し、一躍時代の寵児となった。この手法に関する新たな研究で、ポロックの画風は大人にとっては再現が難しいが、子どもたちには朝飯前の容易いことだという結果が出たという。

大人と子ども、どちらが描いたかを見分けられるか?

この11月、学術誌のフロンティアーズ・イン・フィジクス(Frontiers in Physics)で、ポロックの手法に関する研究成果が発表された。この研究は、ポロックの作品を見て、作者が大人なのか子どもなのかを間違いなく判断できるだろうか、という問いから始まったものだ。一般的にポロックに対する懐疑論では、その絵は才能が感じられない無秩序なものだと切り捨てられる。しかし彼の意図は、絵の具を垂らす際の身体の動きを意識的にコントロールし、その制御された動作をカンバスに反映させることにあった。

物理学者でありアーティストでもあるリチャード・テイラーが率いる研究チームは、上記の問いを検証するため、4歳から6歳までの子ども18人と、18歳から25歳までの成人34人に、床に置いた紙の上に薄めた絵の具を飛び散らせて、ポロック風の作品を作ってもらった。その後、研究チームが「pour painting(注ぐ絵)」と呼ぶこれらの作品について、慎重な数学的分析が行われた。

「注ぐ絵」の実験における制作例。右は子ども、左は大人が描いたもの。Photo: Fairbanks et al., 2025.

研究者たちが分析したのは、絵の中のフラクタル(fractal)な要素とそのラキュナリティ(lacunarity)だ。フラクタルとは、木の枝分かれや山々、雲、雪の結晶など、一部分を抜き出しても全体と似た形になる「自己相似性」。また、ラキュナリティは「空隙性」と訳されるフラクタル解析に用いられる専門用語で、空間における隙間の度合いのこと。この研究では絵の具のクラスター間の隙間に注目し、描かれた模様の複雑さと空白部分の多さがスコア化された。

その結果、大人の絵はパターンの密度がより高いのに加え、絵の具の軌跡がより広い範囲にわたり、線が複数の方向へ向かっていることが分かった。一方、子どもたちの絵は、より小さいスケールのパターンが特徴で、絵の具のクラスターとクラスターの間の隙間が多い。また、よりシンプルな一次元的な軌跡を示し、線の向きを変える頻度は低かった。ここには、大人との身体運動の違いが反映されている。

子どもの絵のほうが「よりポロック作品に近い」

研究者らはこの実験から、ポロックの抽象表現主義絵画により近いのは、子どもの描いたものだという結果を導き出した。テイラーは、「驚くべきことに、我われの調査結果は、子どもの絵が大人の絵よりもポロックの作品に似ていることを示している」と述べている。

この研究が提起しているのは、ポロックの生体力学的バランスの特性が、子どもがその作品をより正確に再現できる理由となっている可能性だ。ポロックは、出生時に自分のへその緒が首に巻き付いて窒息しかけた。そのために平衡感覚が損なわれ、絵画制作における身体の動きがより単純で子どものようになった可能性がある。それについてテイラーはこう語っている。

クロード・モネの白内障、フィンセント・ファン・ゴッホの精神的な問題、ウィレム・デ・クーニングのアルツハイマー病と同様、ポロックの生体力学的バランスに支障があったことは、日常生活に困難をもたらす心身の状態が美術史上の偉大な芸術作品につながった多くの事例を思い起こさせます」

子どものような「注ぐ絵」は視覚的により心地よい

この研究では、成人ボランティアの描いた絵が第三者にどう受け止められたかについても調査され、対象者には絵画の複雑さ、視覚的な魅力、そして見た目の心地よさについてどう思うかを尋ねている。その結果、隙間が多く複雑なフラクタルパターンが少ない絵ほど、より心地よいと認識されることが示された。子どもの絵についての分析は行われていないが、その絵にはこうした特徴が見られる。テイラーは、心地よさが親しみやすさに関係する可能性を指摘し、次のように説明している。

「これまでの研究から、私たちの視覚は、自然景観の中にあるフラクタルを何百万年にもわたって目にしてきたことで、その視覚原語を『流暢に』理解できるようになったことが示唆されています。視覚情報を処理するこの能力は、美的反応を引き起こします。そして興味深いことに、それは子どもたちの『注ぐ絵』が大人の絵よりも魅力的であることを意味します」

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