フランク・ロイド・ライトは吸血性ヒル瀉血を受けていた──研究者が明かす巨匠建築家の奇妙な選択

健康維持は今も昔も変わらない人間の願いだが、医療の歴史の中では、今から考えると異様に思える療法が用いられることもあった。ここでは、20世紀の巨匠建築家の1人、フランク・ロイド・ライトの例を、現在のアメリカにおける疾病対策政策への懸念とともに紹介する。

77歳のフランク・ロイド・ライト。Photo: Bettmann Archive
77歳のフランク・ロイド・ライト。Photo: Bettmann Archive

芸術的才能を称えられる人物にも、モラル上の問題や一風変わった性癖が発覚することがある。後者の例に挙げられるのが、20世紀に最も崇敬された建築家の1人、フランク・ロイド・ライトだ。ライトが時代遅れの奇妙な医療を受けていたとは意外だが、そのきっかけを与えたのがニューヨークのソロモン・R・グッゲンハイム美術館の設計をライトに依頼したヒラ・レベイだったことにはさらに驚かされる。

1943年、アーティストでキュレーターのレベイは、彼女のパトロンであるグッゲンハイムのために美術館を設計してほしいとライトに依頼。それを伝える書簡にこう記している。

「私に必要なのは、闘士、宇宙を愛する者、創造者、実験者、そして賢者です。魂の神殿、モニュメントを建立したいのです! そして、それを実現するためにはあなたの助けが必要です」

フランク・ロイド・ライト財団で文書管理に携わっていたブルース・ファイファーは、著書の『Frank Lloyd Wright: The Guggenheim Correspondence(フランク・ロイド・ライト:グッゲンハイム書簡集)』で、レベイとライトがニューヨークで初めて会ったときのことを「即座に意気投合し……間もなくファーストネームで呼び合う仲になった」と書いている。

レベイの手紙からわずか2週間後、美術館建設に関する契約書が締結された。自分が設計する前衛的な建築に比べたら、「メトロポリタン美術館はプロテスタントの質素な納屋のように見えるでしょう」とライトはグッゲンハイムに宣言している。こうして、らせん状のスロープが特徴的な逆円錐型の建物が1959年に誕生し、世界で最も有名な建築の1つとは言えないまでも、美術館建築としては世界有数の知名度を誇るまでになった。

フランク・ロイド・ライトが受けた奇妙な療法

レベイは1890年に、プロイセン軍将校である男爵の娘としてストラスブールで生まれた。本名はヒルデガルト・アンナ・アウグスタ・エリザベート・フライイン・レベイ・フォン・エーレンヴィーゼンで、女性男爵のヒラ・フォン・レベイ、あるいはヒラ・レベイとして知られる。画家として活動していた彼女は、1928年にグッゲンハイムの肖像画を制作した機会を捉え、ワシリー・カンディンスキーらによる「非具象的」(*1)な芸術のことを彼の前で熱弁した。その後すぐ、レベイはグッゲンハイムのアドバイザー兼キュレーターになっている。

*1 レベイは、「自然から『抽象化された』抽象芸術」は、非具象的な芸術とは異なるものとしていた。

ファイファーの著書によれば、「彼女の快活な性格に魅了され、ライト氏のみならずライト夫人までもが医療に関する彼女の特異な考え方を支持するようになった」という。しかし、その異常さは只事ではなかった。1987年にニューヨーカー誌のブレンダン・ギルは、レベイを「悪魔的な素人医師」と強い言葉で表現している。

まず、レベイはヒルを用いた瀉血療法の信奉者だった。古代から伝わる吸血性ヒル療法は衰退しつつあったものの、レベイがライトに最初の書簡を送るわずか1世紀前までは一般的な医療行為とされていた。医療の歴史上、瀉血は人間の健康を司るとされた4種の体液のバランスを整える主要な治療法だったのだ。

ブレンダン・ギルの記事によれば、ライト夫妻は「毒性のある『古い』血液を体内から排出し、純粋な『新しい』血液の生成を促すため」に、ヒルを喉に「貼り付ける」処置を複数回にわたって受けたという。

ソロモン・R・グッゲンハイム美術館の外観。Photo: Getty Images
ソロモン・R・グッゲンハイム美術館の外観。Photo: Getty Images

さらに異様なのは、ライトがレベイの勧めで全ての歯を抜き、入れ歯を用いるようになったことだ。ファイファーの記述によれば、それは「知り合ってからわずか6週間以内」の出来事だった。グッゲンハイム美術館が所蔵するヒラ・レベイ関連の文書には彼女の関心の対象についての情報が含まれているが、同館を運営する財団は「歯や頭蓋骨のX線透視といった新しい代替医療」と、控えめな言葉遣いでそれを伝えている。

しかし、ライト夫妻もレベイを信じ続けたわけではなかった。「ある日、レベイが娘イオヴァンナの健康な歯を治療対象として観察している様子に気づいたライト夫妻は、彼女の医療アドバイスを真に受けるのをやめた」とギルは書いている。

「アメリカを再び健康にする」政策への連想

こうした異様な医療行為については、80年も前の考え方だと受け流すこともできるだろう。現代とは異なり、1940年代当時の医学は、扁平足や歯並びの悪さ、心雑音など、今では致命的とはされない症状を、重大な問題だとして深刻視していた。抗生物質はまだ普及し始めたばかりで、ヒスタミンが発見されてアレルギー治療ができるようになったのは1946年のことだ。

しかし、レベイのような奇妙な療法は、過去の遺物だという一言で片付けられなくなっている。ドナルド・トランプ大統領や、「Make America Healthy Again(アメリカを再び健康にする)」をスローガンに掲げるロバート・ケネディ・ジュニア保健福祉長官が、医療に関する危険な誤情報を頻繁に流しているからだ。

トランプ大統領はコロナ禍の最中に、消毒剤を注射したり、強い光(紫外線)を照射したりする治療法に言及していた。さらに最近では、解熱鎮痛剤のタイレノールを妊婦が使用することが自閉症リスクにつながると、直接的な因果関係が証明されていない主張をしている。

ケネディもまた、彼の上司であるトランプの第一次政権時に開発された新型コロナウイルスワクチンが無数の人命を救った事実があるにも関わらず、「安全で効果的なワクチンは存在しない」と不可解な主張をしている。そのためにワクチンに対する根拠のない恐怖が広がり、麻疹などほぼ根絶されていた予防可能な感染症の感染者が急増している。

もちろん、レベイは大統領でもなければ、保健福祉長官でもなかった(そもそも保健福祉省という名の省庁は当時存在していない)。つまり、レベイの考え方への賛同が数百万人規模に膨らむ可能性は低く、公衆衛生にとって大きな脅威にはならなかったのだ。

だが、もしもライトが現代に生きていたら、「アメリカを再び健康にする」と謳うロバート・ケネディ・ジュニアを全面的に支持しただろうか? そんなことを考えずにはいられない。(翻訳:清水玲奈)

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