80歳手前で名声を掴んだグランマ・モーゼス──6点の重要作から、その魅力に迫る

アメリカの大衆にこよなく愛された画家の1人、グランマ・モーゼスの回顧展がスミソニアン・アメリカ美術館で開催中だ。人生の大半を農家の主婦として過ごしたモーゼスが好んで描いたのは、心安らぐ田園風景とそこに生きる人々の飾らない姿。ここでは、展覧会出品作から6点厳選し、その魅力の源泉を考察する。

ニューヨーク州イーグルブリッジの農場で制作中のグランマ・モーゼス(アンナ・メアリー・ロバートソン)。1955年9月の撮影当時には95歳になっていた。Photo: Getty Images.
ニューヨーク州イーグルブリッジの農場で制作中のグランマ・モーゼス(アンナ・メアリー・ロバートソン)。1955年9月の撮影当時には95歳になっていた。Photo: Getty Images.

アメリカの国民的画家グランマ・モーゼス(本名:アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス)は、南北戦争からケネディ大統領の時代まで驚くほど長い人生を送った。その墓碑銘には、「彼女の素朴な絵は消えゆく田園の精神を捉え、その情景を後世に残した」と刻まれている。

70代後半になってから本格的に絵を始めた彼女は、独学のアーティストとして古き良きアメリカの情景を描き、大衆に愛された。しかし、アート界のエスタブリシュメントからは距離を置かれる存在でもあった。1930年代後半から1961年に死去するまで、1500点以上の作品を制作したモーゼスは、個人的な体験と国の歴史を融合させながら、穏やかなノスタルジーに溢れるアメリカの風景を絵に残している。

大衆からの支持の反面、業界内では賛否

第2次世界大戦や冷戦、公民権運動などが起きた激動の時代、地に足のついた老婦人らしい風格を備えたモーゼスに人々は安らぎを見出し、親しみを込めて「グランマ(おばあちゃん)」の愛称で呼んだ。農場で5人の子どもを育てあげ、バター製造事業を成功させた田舎での静かな生活から一転、グランマ・モーゼスはメディアの寵児となる。その一方で、彼女が同時代の女性作家たちを凌ぐ名声を得たことは賛否を呼んだ。

現在、ワシントンD.C.スミソニアン・アメリカ美術館では、アメリカ美術の中でモーゼスが占める特異な位置を再評価する大規模展、「Grandma Moses: A Good Day’s Work(グランマ・モーゼス:今日は良い仕事をした)」が開催中だ。レスリー・アンバーガーとランドール・R・グリフィーがキュレーションを担当し、1930年代後半からモーゼスが101歳で死去した1961年までの作品88点(うち33点は同美術館所蔵)が展示されている。7月中旬までワシントンD.C.で開かれた後、9月にアーカンソー州ベントンビルのクリスタル・ブリッジズ美術館へと巡回するこの回顧展から、重要作品6点を以下に紹介しよう。

1. 《Bringing in the Maple Sugar(メープルシュガーの収穫)》(1940年またはそれ以前)

グランマ・モーゼス《Bringing in the Maple Sugar》(1940年またはそれ以前) Photo: Smithsonian American Art Museum. Artwork copyright © Grandma Moses Properties Co., NY
グランマ・モーゼス《Bringing in the Maple Sugar》(1940年またはそれ以前) Photo: Smithsonian American Art Museum. Artwork copyright © Grandma Moses Properties Co., NY

グランマ・モーゼスが手がけた中で最も象徴的かつアメリカ的な絵の1つとされる《Bringing in the Maple Sugar(メープルシュガーの収穫)》は、彼女の作品に繰り返し登場するテーマを扱っている。それは、カエデの樹液を煮詰めてシロップや砂糖にする「シュガリング・オフ」と呼ばれる作業だ。農場でのさまざまな仕事はモーゼスのお気に入りの題材で、ここでは薪を運ぶ隣人や、雪の上に熱いシロップを流して固めるメープルキャンディができるのを待つ子どもたちなど、地域の老若男女が集まる冬の風物詩としてこの作業を描いている。

こうした昔ながらの農村の生活様式は、モーゼスがこの絵を描いた頃には急速に失われつつあった。そのため、彼女は伝統を視覚的に後世へと伝える回顧録作者のような存在と見なされていた。一方、メープルシュガーには政治的意味合いもある。独立戦争以前、北アメリカで採れるメープルシュガーは、イギリス政府が高い関税をかけていた白砂糖の代用品だった。また、南北戦争の頃には、北部州で作られる「自由な砂糖」であるメープルシュガーは、南部州で奴隷労働者が収穫したサトウキビから作る「奴隷の砂糖」の代替品とされた。

2. 《Grandma Moses Goes to the Big City(グランマ・モーゼス、大都会へ行く)》(1946)

《Grandma Moses Goes to the Big City》(1946) Photo: Smithsonian American Art Museum. Artwork copyright © Grandma Moses Properties Co., NY
《Grandma Moses Goes to the Big City》(1946) Photo: Smithsonian American Art Museum. Artwork copyright © Grandma Moses Properties Co., NY

ニューヨーク州イーグルブリッジにあるモーゼスの農場を楽しげに描いた風景画の中央に、黒い服を着た女性がいる。これはモーゼス自身の姿で、1940年11月に初めてニューヨーク市を訪れようとしている場面を描いたものだ。彼女は後に自伝で次のように回想している。

「私の絵が展示されているニューヨークのギンベルズ(有名デパート)で開かれる、感謝祭イベントへの出演依頼を受けました。旅の経験がほとんどない私にとって、それは楽しみであると同時に心配の種でもあり、ドタバタの末にやっとのことで出発したのです」

それから数年後に制作されたこの作品は、モーゼスが自らの姿を描いた数少ない絵で、長年農婦として生きてきた後に芸術家として脚光を浴びた彼女が人生の岐路に立つ瞬間を捉えたものだ。画面の中央には遊びまわる子どもたちや草を食む羊、畑を耕す農夫など、イーグルブリッジの日常の暮らしが描かれ、のどかな風景を横切るように描かれた田舎道が、未知の世界へ登るように続いている。

3. 《Out for Christmas Trees(クリスマスツリーを探しに)》(1946)

グランマ・モーゼス《Out for Christmas Trees》(1946) Photo: Smithsonian American Art Museum. Artwork copyright © Grandma Moses Properties Co., NY
グランマ・モーゼス《Out for Christmas Trees》(1946) Photo: Smithsonian American Art Museum. Artwork copyright © Grandma Moses Properties Co., NY

モーゼスのパノラマ的な作風が際立つこの白銀世界の絵は、クリスマスをテーマにしてはどうかという勧めに応じて描かれた。宗教的な題材を好まず、室内画もあまり描いていなかった彼女だが、あるときギャラリストから「クリスマスの準備は屋外で始まる」と指摘され、この時期の恒例行事となっているクリスマスツリーの伐採の様子を描こうと考えた。このほかにもモーゼスは、感謝祭やハロウィン、独立記念日などの祝日を題材にした絵を残している。

1951年に、この絵をあしらったグリーティングカードをホールマーク社が発売すると、それは瞬く間に大人気となった。クリスマスの宗教的意義を物質主義が覆い隠しつつあった時代に、この絵は家族の団らんや自然の恵みへの感謝、そして伝統行事を心待ちにする昔ながらの価値観を人々に思い出させたのだ。

4. 《The Thunderstorm(雷雨)》(1948)

グランマ・モーゼス《The Thunderstorm》(1948) Photo: Smithsonian American Art Museum. Artwork copyright © Grandma Moses Properties Co., NY
グランマ・モーゼス《The Thunderstorm》(1948) Photo: Smithsonian American Art Museum. Artwork copyright © Grandma Moses Properties Co., NY

母なる自然の美しさとその脅威は表裏一体だと考えたモーゼスは、嵐の前の不穏な様子を数多く描いている。そうした作品の中には雷雨や吹雪、森林火災、竜巻など、ニューヨーク州北東部の田舎暮らしでモーゼス自身が体験した自然災害を思わせるものも少なくない。

立ち込める暗雲、風に揺れる木々、荒天への備えに追われる人々、落ち着きなく前脚を上げる馬(動物とその行動に対するモーゼスの深い理解を示す描写だ)など、嵐を題材にした絵の多くには、自然の猛威を前にした緊張感が漲っている。だが一方で、「これもまた過ぎ去るものだ」とでも言いたげに、悪天候の中で黙々と仕事を続ける人々が描かれることもある。《The Thunderstorm(雷雨)》ではその両方の要素が混在し、不安そうに空を見上げる人もいれば、淡々と働く人もいる。

5. 《Checkered House(市松模様の家)》(1955)

グランマ・モーゼス《Checkered House》(1955) Photo: Lucia RM Martino/Smithsonian American Art Museum. Artwork copyright © Grandma Moses Properties Co., NY.
グランマ・モーゼス《Checkered House》(1955) Photo: Lucia RM Martino/Smithsonian American Art Museum. Artwork copyright © Grandma Moses Properties Co., NY.

画家として活動し始めた初期の頃から、モーゼスはお気に入りのテーマを表現する独自の視覚言語を確立していた。ニューヨーク州に古くから根を下ろしてきた自分の一族の歴史もそうしたテーマの1つで、とりわけ父方の2人の先祖に関心を寄せていた。1人はケンブリッジ・ターンパイクという幹線道路を走る最初の馬車を製造し、もう1人は独立戦争で戦った人物だ。モーゼスは彼らが生きた時代を好んで描いたが、その1つが複数のバージョンがあるこの市松模様の家の絵だった。1765年に建てられたこの家は、独立戦争中にアメリカ軍が重要な勝利を収めた場所で、地元のランドマークとして知られていた。

庶民的な魅力がある独特な外観の建物と、市松模様の赤が目を引くこの絵は、1946年にデュバリー・リップスティックの「プリミティブ・レッド」という口紅の広告に使われている。モーゼスの絵の人気が急拡大したのは、商品化に向いていたことも理由の1つだろう。当時はまだアート作品の複製を使った商品は一般的ではなかったが、彼女の絵はホールマーク社のグリーティングカードをはじめ、カーテン生地や陶器、皿、子供用ティーセット、鍋敷き、ショートニングの缶など、さまざまな製品にあしらわれている。

その中で1つの転機になったのが口紅の広告で、以降、モーゼスの絵を扱っていたギャラリストのオットー・カリルは、モーゼスとその生活様式のイメージから大きく外れない製品にのみライセンスを与えるよう厳しく審査をするようになったという。

6. 《The Rainbow(虹)》(1961)

グランマ・モーゼス《The Rainbow》(1961) Photo: Lee Stalsworth, Fine Art through Photography, LLC. Collection of Robert Pender. Artwork copyright © Grandma Moses Properties Co., NY
グランマ・モーゼス《The Rainbow》(1961) Photo: Lee Stalsworth, Fine Art through Photography, LLC. Collection of Robert Pender. Artwork copyright © Grandma Moses Properties Co., NY

101歳を目前にしたモーゼス最後の完成作となった《The Rainbow(虹)》には、彼女が愛した数々のテーマが凝縮されている。農場の暮らしを活写したこの絵の中には、収穫に勤しみ、自然のリズムに則った生を謳歌している大人や子ども、そして動物たちがいる。七色に輝きながら次第に薄れゆく虹が霊的なエネルギーのように画面を横断し、中央には生命の樹がしっかりと根を下ろしている。

《The Rainbow(虹)》を完成させた後、モーゼスは絵が描けなくなった。何度か倒れた後、1961年7月に医療施設に運ばれ、同年の12月に逝去するまでそこで寝たきりで過ごしている。その死が報じられると国中が悲しみに包まれ、当時大統領だったジョン・F・ケネディは「全てのアメリカ人が彼女の死を悼んでいる」と追悼の言葉を述べている。(翻訳:野澤朋代)

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