詩人・菅原敏が詩で拡張する名画の世界──ジャン=エティエンヌ・リオタール《ショコラを運ぶ娘》【Poetry & Painting Vol. 5】
詩人・菅原敏が毎回異なる絵画を一点選び、その作品のために一編の詩を詠む「Poetry & Painting」。第5回は、ジャン=エティエンヌ・リオタール《ショコラを運ぶ娘》(アルテ・マイスター絵画館蔵)。菅原自身による朗読と合わせてお届けする。

国として
軍隊を持つよりも
大切なものが
このカップに注がれている
とあなたはいった
ひとつ執着を覚えるたびに
私はひとつ奪われている
運んでいるのは何なのだろう
体の喜びは心の喜びなのか
逃げ去った盗賊たちは
触れることすらできなかった
私は体を私でいっぱいに満たして
一歩一歩 運んでいる
舌の上に思い出す傷も
この瞬間には遠く
どれほどの争いと長い旅路を経て
このカップに注がれたのだろうかと
果てしのない大陸を思う
私もまた長い長い歳月を経て
今の自分をこの体に注いできた
苦味や甘さもあるだろう
名も知らぬ感情さえ溶かして
湯を注ぐ
私は 飲み干すまでを見ている
私が 飲み干されるのを見ている
冷めきらぬ熱い心臓で
嘘のように熱い言葉で

ジャン=エティエンヌ・リオタール(1702–1789)は、ジュネーヴに生まれ、18世紀ヨーロッパを静かに横断した肖像画家。パリ、ロンドン、ウィーン、さらにはコンスタンティノープルへと旅しながら、宮廷人や知識人、市井の人々までを描いた。とりわけパステルの名手として知られ、肌に射す柔らかな光、シルクのひだ、ガラス器に映る透明な反射を、驚くほど克明にとらえた。その筆致はロココの華美な装飾性とは距離を取り、理想化を抑えた観察のまなざしによって、人物の内面にひそむ静けさを浮かび上がらせている。代表作とも言える本作《ショコラを運ぶ娘》に見られるのも、そうした誠実なリアリズムである。白いエプロン姿の若い給仕の女性が、こぼさぬよう慎重にカップを運ぶ。その一瞬の均衡が、ほとんど等身大のスケールで画面に留められる。モデルの身元は定かではないが、ウィーンの菓子店で働く娘が貴族に見初められたといった逸話や、銀行家の娘や伯爵夫人であるという説も残る。そんな後世の物語さえも包み込むように、リオタールの描線は静かで、透明だ。1789年、ジュネーヴにて86歳で死去。現在はドレスデンのアルテ・マイスター絵画館に所蔵されている。
菅原敏(すがわら・びん)
詩人。2011年、アメリカの出版社PRE/POSTより詩集『裸でベランダ/ウサギと女たち』 をリリース。執筆活動を軸に、毎夜一編の詩を街に注ぐラジオ番組「at home QUIET POETRY」(J-WAVE)、Superflyや合唱曲への歌詞提供、ボッテガ・ヴェネタやゲランなど国内外ブランドとのコラボレーション、欧米やロシアでの朗読公演など幅広く詩を表現。現代美術家との協業も多数。近著に『かのひと 超訳世界恋愛詩集』(東京新聞)、『季節を脱いで ふたりは潜る』(雷鳥社)、最新詩集『珈琲夜船』(雷鳥社)。東京藝術大学 非常勤講師
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