AIアートをめぐる「アートか否か」論争が再燃──レフィク・アナドルは「人類未到の境地」と評価
CBS番組『60ミニッツ』を機に、AIアートをめぐる議論が再燃している。同番組に出演したレフィク・アナドルの作品を、かつて「巨大なラバランプ」と酷評した批評家は、AIアートを「無個性で平均的」と表現した。
2017年に発表された研究によれば、美術館で来館者がひとつの作品に費やす時間は、平均およそ27秒だという。せいぜい、目を細めて神妙そうにうなずき、立ち去るくらいの時間だ。だが、AIアーティストのレフィク・アナドルがニューヨーク近代美術館(MoMA)のために制作した《Unsupervised》では、人々は平均38分ほど立ち止まって鑑賞したようだ。少なくともアーティストは、そう言っている。
この作品を制作するにあたってアナドルは、MoMAが所蔵する13万8000点以上の作品のメタデータをAIに学習させ、美術館の歴史を絶えず形を変える抽象的な映像として表現した。ゴッホがモネへ、モネがデ・クーニングへと流動的に姿を変え、果てしなく連鎖していく。作品が混ざり合う光景は、どこか過剰さも感じさせる。
「新たな境地」か「巨大なラバランプ」か
「データを、乾かす必要のない絵の具として捉えることができます。あらゆる形や質感、色彩に姿を変えることができます」
CBSのドキュメンタリー番組『60ミニッツ』に出演したアナドルはそう語った。また、このような作品は「幻惑的」だと語り、アーティストは現実の彼方にあるものを常に問い続ける存在だと述べた。番組MCのシャリン・アルフォンシに、彼の作品は単なる見世物にすぎないのではないかと尋ねられると、アナドルは否定し、自身が手掛ける作品は、人類が足を踏み入れたことのない新たな境地なのだと主張した。
《Unsupervised》が展示された当時、MoMAの館長を務めていたグレン・ロウリーによれば、この作品は驚異的な反響を呼び、来場者はソファでくつろいだり、踊り出す人もいたという。また、多くの人々が映像を撮影し、SNSに投稿していた。
かくしてアナドルはテック業界の寵児となり、アート界の一部もそれに続いた。彼のAI作品のなかには、オークションで100万ドル(約1億5570万円)を超えて落札されたものもある。
だが、批評家のジェリー・サルツはこうした熱狂に冷ややかな視線を向けた。
ニューヨーク・マガジンに寄稿した2023年のレビューのなかでサルツは、《Unsupervised》を「技術力にものを言わせた巨大なラバランプ」「大金をかけて作ったスクリーンセーバー」と評した。一方でサルツは、同じ『60ミニッツ』の中で、「好きか嫌いか、良いか悪いかの前に、AIはまだ新しく若いもの」であり、AI作品がいつかアートになりうることもあると述べている。だが、現代アートとして発表されているAI作品の多くは「個性を削ぎ落とした平均的なもの」でしかないと一蹴し、多くの来場者が作品を観に訪れたからといっても、それが芸術的価値を保証するわけではないと述べた。
「史上最大の窃盗」
ニューヨークを拠点に置くアーティスト兼執筆家のモリー・クラブアップルは同番組内で、AIによるデータ学習プロセスを「史上最大の美術品窃盗」であると非難した。さらに彼女は、生成AIは無断でスクレイピングされた画像の上に成り立っていると批判し、こう続けた。
「美術品の窃盗というと、美術館からせいぜい1〜3点ほど作品が盗み出されるくらいです。しかし、AIは何十億もの画像を盗み出しています」
一方のアナドルは現在、「倫理的に調達したデータセット」と呼ぶものだけを使用していると語り、AIはあくまで共同制作者であると強調する。目指しているのは「人間と機械の均等な協働関係」だという。
こうした議論が突きつける問いは明快だ。人類が築いてきた視覚的記録が機械によって再構築されたとき、それはアートと呼べるのだろうか──。この問いをアナドルに向ければ、彼が『60ミニッツ』で語ったように、人類未到の新たな境地を発見しつつあるのだと答えるだろう。だがサルツに言わせれば、こうなるかもしれない。
「その境地に私たちはすでに足を踏み入れている。当時はただラバランプと呼ばれていただけだ」
(翻訳:編集部)
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